恋文大混乱!? フェアリー便と誤配ラブレター事件!
王都の城下町は、朝からやけにざわついていた。
市場の八百屋は野菜を投げ捨てる勢いで怒鳴り、洗濯物を干す奥さんは涙目で旦那をにらみつけ、若い兵士たちは互いに顔を赤らめて言い争っている。
「……なんだ、この修羅場の見本市は」
俺は伝票を確認した。
【依頼内容:誤配調査】
【クレーム:恋文が違う相手に届いている】
「……恋文の誤配? そんなのあるか?」
歩を進めると、道の真ん中で壮年の旦那が叫んでいた。
「なんだこれは! うちの奥さん宛てに隣町の若造からの“好きです♡”って手紙が届いたんだぞ!」
奥さんも負けじと叫ぶ。
「違うのよ! 本当に違うのよ! だって私が書いたのはあなた宛ての……!」
さらに別の家からも怒号。
「婚約破棄だ!」「浮気だ!」と町中が大騒ぎになっている。
「これは……ただ事じゃねぇな」
俺が額を押さえたその瞬間――
ひらひらと光の粉が舞い降り、ちいさな羽音が近づいてきた。
「はーいっ☆ お手紙ならフェアリー便にお任せあれ♪」
現れたのは手のひらサイズの妖精。
薄い羽をきらめかせ、手に大量の封筒を抱えている。
「お前がフェアリー便か……!」
俺は睨みつけた。
フェアリー便はくすくす笑いながら、手紙を次々とばら撒く。
「だってぇ、“似てる名前”とか“雰囲気”で届ける方がロマンチックでしょ? ね? 絶対盛り上がるじゃん!」
「盛り上がってるのは修羅場だ!」
俺が叫ぶと、住人たちの怒号がさらにヒートアップ。
「俺のラブレターが隣のオッサンに!?」
「うちの娘に届いた手紙が、どう見ても人妻宛てだ!」
「町が壊れるわ!」
……なるほど、こりゃ依頼になるわけだ。
俺は深く息を吸い込み、冷たい声で告げた。
「フェアリー便。今回の件、配達員として見過ごせねぇ。誤配は最悪のクレームだ」
羽音を震わせ、フェアリー便は小さな舌を出して笑った。
「やだなぁ、そんな固いこと言わないでよ。“ラブ”は自由に飛ぶものでしょ?」
「いや、“ラブ”だろうが“荷物”だろうが、届け先は絶対守る。それが配達員だ!」
町中がざわめく。
俺とフェアリー便の視線が空中でぶつかり合った。
恋文をめぐる前代未聞の誤配バトル――ここに開幕だ。
城下町は、まるで恋愛劇場の暴走回のような混沌に包まれていた。
「お前……俺に“愛してる”なんて書いてたのか!?」
「ち、違う! それは隣の奥様宛てで……!」
「浮気だぁぁぁ!」
「婚約破棄よ! こんな手紙が届くなんて!」
「おい待て! それ俺が書いたやつじゃねぇ!」
あっちでもこっちでも涙と怒号と投げられる鍋。
フェアリー便は腹を抱えて空中で転げ回り笑っていた。
「ひゃーっはっは! 人間って面白すぎ! ラブレター一枚でこんな修羅場になるんだもん!」
「笑ってる場合か!」
俺は怒鳴った。
「お前のせいで町全体がラブコメどころかバトルロワイヤルだぞ!」
そのとき――
「待てい!」
またしても聞き覚えのある声。
勇者アルト=ブレイヴが、聖女・騎士・魔導士を引き連れて堂々と登場した。
「これは魔王の陰謀に違いない! 恋文を操り、人々の心を乱す卑劣な策だ!」
「陰謀でもなんでもねぇよ!」
俺が即座に突っ込む。
だが次の瞬間、アルトの足元にひらりと一通の封筒が舞い落ちた。
「……ん? これは……」
彼は堂々と封を切り、中身を読み上げた。
「勇者様……あなたの勇姿に憧れております。どうか一度、お会いして……」
顔がみるみる真っ赤になるアルト。
「こ、これは……こ、恋文……!?」
「えっ!? 勇者様に!?」
聖女が思わず顔を赤らめる。
騎士は肩を震わせ、魔導士は堪えきれず吹き出した。
「ちょ、ちょっと待て! これは罠だ! 魔王の策略に決まっている!」
アルトは必死に否定するが、すでに耳まで真っ赤。
フェアリー便は空中でひらひらと回転しながら笑った。
「キャー! 勇者様モテモテ〜! さすが町の人気者♡」
「だまれぇぇぇ!」
アルトが剣を振り上げるが、完全に説得力を失っていた。
俺は額を押さえ、ため息をついた。
「……勇者、お前が一番恥ずかしい立場になってんぞ」
町の笑い声と修羅場の叫びが入り混じる中、事態はさらに混沌を深めていった。
「フェアリー便!」
俺は飛び回る小さな妖精を指差して怒鳴った。
「お前が誤配したせいで、町全体が修羅場だ! 責任取れ!」
フェアリー便はくすくす笑い、羽を震わせて反論する。
「だって〜、名前が似てるし、雰囲気も合ってるし……その方がドラマチックでしょ? 恋文って、ドキドキするイベントなんだから!」
「イベントじゃなくて現実だ! 人の人生かかってんだぞ!」
俺が吠えると、周囲からも「そうだ!」「責任を取れ!」と怒号が飛ぶ。
だがフェアリー便は一歩も引かない。
「ロマンにルールはいらないの! 気持ちは風に乗って飛ぶもの! 私の配達は“自由”で“愛”なんだから!」
「……ふざけんな」
俺は端末を構えた。
「配達は“届け先”を守ってこそ意味があるんだ!」
ピコン、と端末が鳴る。
【シンクロ対象:“恋文”】
「《荷物シンクロ》!」
恋文の束に手をかけた瞬間、胸の奥に熱が流れ込んできた。
――切ない想い、淡い期待、震える筆跡。
差し出した者の心が、まるで直接触れてくるように伝わってくる。
「……これは……」
視界が光に包まれ、手紙一通一通が淡く輝き始めた。
そして宛名の上に、新たな“光の名前”が浮かび上がる。
「これが……本当の届け先か!」
住人たちが息を呑む。
「おお……!」「間違いなく俺の娘宛だ……!」
フェアリー便は呆然と口を開けた。
「そ、そんな……ロマンより正確に……?」
俺は冷たい声で告げる。
「ロマンは大事だ。けどな、間違えたらただの迷惑だ。届け先を守ってこそ、本当の愛なんだよ」
フェアリー便の瞳が揺れた。
「……っ!」
町中の修羅場が、いままさに解決への一歩を踏み出そうとしていた。
光り輝く宛名を頼りに、俺は次々と恋文を手渡していった。
「これ、本当は君に宛てられたんだ」
「えっ……わ、私に……?」
受け取った娘の目に涙があふれ、駆け寄った若者と抱き合う。
「誤解だったのね!」
「疑って悪かった……」
夫婦は手を取り合い、町角に安堵の笑いが広がる。
――ピコン。
端末に次々と【誤配修正完了】の表示が並ぶ。
「ふぅ……ようやく終わったな」
俺が息をつくと、フェアリー便がしゅんと肩を落として近づいてきた。
「……あたし、ロマン優先で舞い上がってた。ちゃんと届ける方が、みんな幸せになるんだね」
「そうだ。お前の羽も、ちゃんと届けるためにあるんだ」
俺がそう言うと、フェアリー便は小さく笑った。
「ロマンは負けちゃったけど……配達員としては、あんたの方がずっとかっこいいや。次は一緒にやらせてよ」
「へへ、仲間になってくれるなら心強いな」
町中に感動と笑いが満ちる中――
「ま、待て! 俺のラブレターは!?」
勇者アルトが真っ赤な顔で叫んだ。
「さっきの“勇者様が好きです♡”って手紙、あれは誰のだ!?」
聖女が慌てて首を振る。
「わ、私じゃありません!」
騎士と魔導士も「違う違う!」と即答。
「な、なら誰だ!? どこの乙女がこの俺を――」
……シーン。
誰も名乗らず、風だけが吹き抜けた。
「ちょ、ちょっと待て! 俺だけオチ担当かぁぁぁ!!」
アルトの絶叫が虚しく城下町に響き渡った。
次回、「在庫爆撃再び!? アマゾーネス便リベンジ」