力業配達!? ゴーレム便との合同任務
王都の郊外、建築現場は慌ただしく人の声で満ちていた。
組み上げられた足場の上で大工たちが汗を流し、石切り職人たちが大理石の破片を削っている。
その中心に、ぽつんと鎮座する一本の巨大な大理石の柱。
「……これ、どうやって運ぶんだ?」
俺は思わず呟いた。
高さ五メートル、重さ数トン。
人間が触れただけで腰をいわすレベルの重量物だ。
端末に依頼内容が表示されている。
【お届け品:大理石の柱】
【宛先:王都大広間建設現場】
【時間指定:夕刻まで】
「……マジか。これ、下手したら勇者の剣より重いぞ」
現場監督らしき親方が駆け寄ってきた。
「配達員さん! 柱の到着が遅れたら式典に間に合わねぇ! だが、この重量じゃ馬車も壊れるし、人手でも無理だ……」
そのときだった。
地面がぐらりと揺れ、影がのしかかった。
「……合同任務」
無骨な声とともに、巨体が現れる。
全身が岩石でできた巨人――ゴーレム便だ。
両腕を組んだまま、無表情で柱を見下ろしている。
「お、おお……ゴーレム便だ!」
職人たちがどよめいた。
俺は額を押さえた。
「いや、確かに力仕事にはうってつけだけど……」
脳裏に過去の記憶が蘇る。
――“壁ごと突入するのが最短ルート”
――“橋を壊しても通れば任務完了”
「お前……前回、王都の通りを半壊させただろ……」
「……合理的ルートだった」
ゴーレム便は無表情のまま答える。
「合理的じゃねぇよ! あれ修理代で住人泣いてたからな!」
だが現場の親方は必死に訴えた。
「とにかく時間がねぇんだ! 頼む、合同でやってくれ! このままじゃ王都の面子に関わる!」
俺は頭をかきながら、柱を見上げた。
「……しゃあねぇな。けど今回は壊させねぇ。俺がルート管理する」
「……承知」
ゴーレム便がゆっくりと柱へ歩み寄り、無言で肩に担ぎ上げる。
周囲がどよめいた。
「うおおお……片手で持ち上げたぞ!」
「やっぱりゴーレム便は力業だ!」
俺は深いため息をつき、端末を操作する。
《ルート開拓》の光が、街道の先へと走った。
「よし……合同任務開始だ!」
大理石の柱を肩に担いだゴーレム便が、ゴトン、ゴトンと地響きを立てながら街道を進む。
その後ろを、俺が汗を拭いつつついていく。
「……やっぱ迫力あるな」
周囲の村人たちも道端で見物しながらざわついていた。
「でけぇ……」「さすがゴーレム便だ……」
だが次の瞬間、前方に不穏な光景が現れた。
「……あれは」
街道にかかる古びた石橋。
中央部がすでにひび割れ、表面が崩れ落ちかけている。
柱を抱えたまま渡れば、間違いなく落ちる。
「ちょっと待て! あの橋は危ねぇ!」
俺は慌てて叫んだ。
しかしゴーレム便は足を止めない。
「……最短ルート。問題ない」
「いや問題しかねぇだろ!」
俺は飛び出してその巨体の前に立ちはだかった。
「お前が渡ったら橋ごと崩れる! 下は谷だぞ!」
「……重量、支えられる」
無表情のまま柱を担ぎ直し、一歩踏み出そうとする。
「支えられねぇって! 住人たち見ろよ!」
橋のそばで待機していた職人や村人たちが、青ざめた顔で叫んでいた。
「壊すな!」「橋まで持っていかないでくれ!」
「ここが落ちたら村への道が断たれる!」
それでもゴーレム便は無感情に言い放つ。
「……合理的。壊れても後で修理可能」
「そういう問題じゃねぇ!」
俺は端末を操作し、《ルート開拓》を発動。
光の道が、橋を避ける迂回ルートを示す。
「見ろ! こっちなら崩さずに済む!」
だがゴーレム便は首をかしげただけだった。
「……時間、延びる」
「延びてもいい! 壊すよりマシだ!」
俺とゴーレム便のにらみ合いに、住人たちは息を呑む。
大理石の柱が夕陽に照らされ、刻一刻と時間指定のリミットが迫っていた。
「時間が延びるのは承知だ……けど壊すわけにはいかねぇ!」
俺は大理石の柱に手を添え、深呼吸した。
ピコン。
端末がシンクロ対象を表示する。
【シンクロ対象:“大理石の柱”】
「《荷物シンクロ》!」
光が弾け、全身に重厚な感覚がのしかかる。
皮膚が硬質化し、筋肉が鉛のようにずっしりと重みを帯びた。
「うお……! 体が石みたいに重てぇ……でも、これなら!」
「……シンクロ、確認」
ゴーレム便がわずかに首を傾げ、無表情のまま俺を見た。
「お前のやり方に合わせる。慎重に行くぞ!」
俺は光の迂回ルートを指差した。
「ここを通れば橋を壊さずに済む! 協力だ!」
「……承知」
ゴーレム便は柱を肩に担いだまま、俺の示す光の道をゆっくりと進み始めた。
俺も隣で歩幅を合わせ、重厚化した体で支える。
「ぐっ……! やっぱ重いな……!」
大理石の重量が容赦なく腕に食い込む。
だがシンクロしたおかげで、俺の体もまるで柱の一部のように馴染んでいる。
「……支え、安定」
ゴーレム便が短く告げる。
「そうだ、ただ力任せに突っ込むんじゃねぇ! 重さを分散して支えるんだ!」
住人たちが固唾を飲んで見守る中、俺たちは一歩、また一歩と進んだ。
崖沿いの狭い迂回路を抜け、足元の石がカランと転がるたびに心臓が跳ねる。
「……時間、迫る」
ゴーレム便が低く呟く。
「分かってる! でも壊すより届ける方が大事なんだ!」
額から汗が流れ落ち、夕陽がじわじわと傾いていく。
俺とゴーレム便の息が、いつしか完全に揃っていた。
夕陽が傾き、王都の影が長く伸び始めた頃。
俺とゴーレム便はようやく建設現場の中央へ辿り着いた。
「よしっ……ここだ!」
俺は声を張り上げ、柱をそっと地面へ降ろした。
ゴン……!
重々しい音が響き、職人たちが歓声を上げる。
「間に合った!」「これで大広間が完成するぞ!」
端末がピコンと鳴り、表示が切り替わる。
【配達完了】
「ふぅ……ギリギリだな」
俺は息をつき、ゴーレム便を見上げた。
無表情の巨体が、しばし俺を見下ろす。
そして、低く一言。
「……お前、合理的」
その短い言葉に、俺は思わず笑った。
「へへ……ありがとな。次は壁を壊さずに行こうな」
ゴーレム便は微動だにせず、だが確かにうなずいた。
そのとき。
「ふ、ふふふ……俺の出番だ!」
瓦礫の影から、勇者アルト=ブレイヴが姿を現した。
腰に包帯を巻いたまま、剣を高々と掲げる。
「俺こそがこの柱を建てる! 王都の英雄は勇者様である俺だぁぁ!」
「お、おい待て、それもう設置済み――」
ズキッ。
「ぎゃああああああああ! 腰がああああああ!」
案の定、全身が崩れ落ち、再び地面に沈む勇者。
「勇者様ぁぁ!」
聖女と騎士と魔導士が駆け寄るが、現場はもう大爆笑だった。
「……また腰か」
俺は呆れつつ、端末を閉じる。
【次の依頼:城下町・誤配調査】
【依頼内容:“恋文が違う相手に届いている”】
「……恋文の誤配か。こりゃまた、めんどくさそうだな」
次回、「恋文大混乱!? フェアリー便と誤配ラブレター事件!」