炎で焦げる!? ドラゴン便の空輸バトル!
見上げると、そこには雲を突き抜けてそびえ立つ「天空の大樹」があった。
幹は山より太く、枝葉は空を覆い隠すほど広がっている。
伝票にはしっかりと記されていた。
【お届け先:天空の大樹・巨人族の集落】
【商品:冷蔵便】
【時間指定:真昼】
「……なんでよりによって“真昼”なんだよ」
俺はため息をついた。
直射日光が容赦なく降り注ぎ、荷物の箱からは早くも冷気が漏れ出している。
このままじゃ、依頼品がドロドロに溶けちまう。
「急いで登るしかねぇな」
俺が準備を整えようとした、そのとき――
ゴオオオオッ!
熱風とともに、巨大な影が空を覆った。
赤銅色の鱗を持つドラゴンが翼を広げ、空から舞い降りてくる。
その背に積まれた配送用の木箱には、でかでかと刻まれていた。
――ドラゴン便。
「空輸専門、最速無双! 俺の配達に勝てると思うなよ!」
ドラゴンは誇らしげに咆哮し、炎を漏らす口元で豪快に笑った。
「おいおい、ちょっと待て」
俺は慌てて叫んだ。
「今回の荷物は冷蔵便だぞ!? お前の炎で溶けたらどうすんだ!」
「はっ! 速さがあれば問題ない!」
ドラゴン便は鼻息荒く胸を張る。
「たとえ炎で焦げようとも、届け先に最速で運び込めば立派な配達完了だ!」
「いやいや、それクレーム一直線だから!」
俺は額を押さえた。
住人たちが見上げてざわめく。
「ドラゴン便だ!」「炎で荷物を焦がすって噂は本当だったのか!?」
「前に注文した洗濯物、半分焼けて戻ってきたんだよな……」
俺は冷気の漏れる荷物を抱え直し、真剣な顔でドラゴン便を睨んだ。
「この依頼は俺が責任持って届ける」
ドラゴンはにやりと牙を剥き、翼をはためかせる。
「ほう……挑むか、異世界配達員! ならば勝負だ。誰が先に巨人族の集落へ辿り着くか!」
炎と冷気。
真昼の天空の大樹を舞台に、空の配達勝負が今、幕を開けようとしていた。
天空の大樹の根元で、俺とドラゴン便がにらみ合っていると――
「待てい!」
お約束の声が響いた。
振り返れば、勇者アルト=ブレイヴとその一行が息を切らして現れる。
聖女はローブを翻し、騎士は汗だく、魔導士は杖を抱えてふらふら。
……おいおい、どうやってここまで登ってきたんだ。
「その荷物、もしや……天空の神々への供物ではないか!」
アルトがキリッと指差した。
「いやいやいや、これはただの冷蔵便! アイスクリームだっての!」
俺が即答するが、勇者は耳を貸さない。
「違う! それは天空の神に捧げる聖なる氷菓! 俺が勇者として献上する!」
「勇者様、落ち着いて!」
聖女が慌てて袖を引くが、アルトは聞く耳を持たない。
「我が使命に比べれば、配達員の任務など児戯に等しい!」
「児戯って言うな!」
俺は即座に突っ込む。
そこへドラゴン便が火を噴きながら割って入った。
「貴様らまとめて邪魔だ! この空輸は俺が頂く!」
ゴオオオオッ!
翼の炎が周囲を焼き、アイスの入った箱からはさらに冷気が漏れる。
「やばっ……もう半分溶けかけてんじゃねぇか!」
「ならば俺が運ぶ!」
アルトが剣を構える。
「神の供物を勇者が運ぶ、それが世界の秩序だ!」
「だからアイスだって言ってんだろ!」
聖女と騎士と魔導士が慌ててフォローするが、状況はカオス。
太陽の熱、ドラゴンの炎、勇者の勘違い――三重苦でアイスの寿命は刻一刻と削られていく。
「チッ……悠長にしてる暇はねぇ」
俺は端末を握り直し、決意を固めた。
「時間指定は真昼! 配達員の俺が、必ず間に合わせてみせる!」
ドラゴン便は翼を広げ、空へ舞い上がった。
「速さこそ力! この俺に勝てるものか!」
熱風が吹き荒れ、炎が漏れ出す。
そのたびに俺の腕に抱えた箱から冷気が漏れ、氷がきしむ音がした。
「くそっ……!」
端末がピコンと鳴り、シンクロ可能な対象が表示される。
【シンクロ対象:“アイスクリーム”】
「よし、来い!」
俺は叫び、箱に手を添える。
「《荷物シンクロ》!」
瞬間、体中を冷たい波が駆け抜けた。
皮膚から白い霧が立ち上り、息を吐けば冷気が渦を巻く。
「おお……体が冷凍庫になったみてぇだ!」
「馬鹿な……炎に抗う冷気を纏うだと!?」
ドラゴン便が目を見開く。
「これが配達員だ! 冷蔵便は絶対に守り抜く!」
俺は枝から枝へ飛び移り、大樹を駆け上がる。
炎の翼と冷気の疾走――二つの影が空で交錯した。
だが、その場の空気を読まないのが一人。
「俺も飛ぶぞぉぉぉ!」
勇者アルトが高枝からジャンプした。
「え、おい待っ――」
ズドーン!
アルトは見事に空中で手足をバタつかせ、そのまま真下へ落下。
「ぎゃああああああああ!!」
「勇者様ぁぁ!」
聖女が慌てて回復魔法を飛ばし、騎士と魔導士が網のようにロープを張って受け止める。
「……だ、大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょ……ブキッ! あああ腰がぁ!」
俺は冷気を纏ったままため息をついた。
「また腰かよ……ギックリ勇者が今度は落下勇者に進化したな」
だが油断している暇はない。
太陽は容赦なく照りつけ、ドラゴン便の炎も迫る。
アイスクリームが完全に溶けるまで、あとわずか。
「ここで決める!」
俺は光るルートを描き、枝の上で助走をつけた。
「《ルート開拓》!」
俺が端末を操作すると、空中に光のラインが走った。
それは大樹の枝から枝へ、天空を縫うように延びる一本の滑空ルート。
冷気を纏った俺は、アイスの箱を抱えたまま一気に飛び出した。
「おおおおおっ!」
枝を蹴り、光の道を駆け抜ける。
冷気が炎を打ち消し、太陽の熱をも凍らせる。
目指すは巨人族の住まう天空の集落――。
「馬鹿な……俺より速いだと!?」
炎をまき散らしながらドラゴン便が追いすがる。
だが、氷気を纏った俺は一歩も引かない。
「速さだけじゃダメだ! 荷物を守り、指定時間を守ってこそ配達だ!」
ゴオオオッ!
ドラゴン便が炎を吐き、光の道を焼こうとする。
だが俺は冷気を爆発させ、道を氷で覆い尽くした。
「……冷気ルート!?」
「そうだ。冷蔵便は冷やしてナンボなんだよ!」
最後の枝を蹴り、俺は巨人族の集落の玄関前に着地した。
ドンッ、と膝をついて荷物を下ろす。
「お届け物でーす! 時間指定、真昼のお届け!」
巨人族の村長が驚きの表情で箱を受け取った。
「こ、これは……冷たい! こんな食べ物、生まれて初めてだ!」
端末がピコンと鳴る。
【配達完了】
俺は大きく息をつき、空を見上げた。
そこではドラゴン便が翼をたたみ、悔しそうに、しかしどこか楽しげに笑っていた。
「……速さだけじゃ足りぬか。だが、認めよう。お前の配達、見事だった」
「へへ、ありがとよ」
「次は……共に運ぶのも悪くない」
そう言って翼を翻す姿は、まさに空の覇者だった。
――ドラゴン便、仲間フラグ成立だな。
その頃。
「……ぅ、うぅ……俺は……」
勇者アルトが木の枝からロープにぶら下がったまま、顔を真っ赤にしていた。
「勇者様、大丈夫ですか!?」
「俺は……落下勇者じゃなぁぁい!」
結局そのまま腰を再びやられて、聖女たちに担がれていった。
次回、「力業配達!? ゴーレム便との合同任務」