在庫無限!? アマゾーネス便の誤配送1000連発!
魔王城の外れ、岩山に囲まれた一角に「謎の倉庫街」が広がっていた。
整然と並ぶ巨大な倉庫群。だが、どこか異様な気配が漂っている。
「ふむ……今回の依頼は……」
俺は端末を開いた。
【お届け品:大量の在庫(生活用品一式)】
【宛先:魔王城・居住区】
【指定:いつでも】
「……“いつでも”って依頼が一番危ないんだよな」
時間指定がないと、だいたいトラブルになるのは経験上分かっている。
そんなことを考えていると、ガラガラガラ……と巨大な扉が開いた。
倉庫の中から現れたのは、整列した馬車隊。
その荷台には山ほどの荷物が積まれている。
「はっ!」
「せーの!」
掛け声とともに荷を降ろすのは――金髪の女戦士たち。
鎧を身にまとい、鍛え上げられた体で規則正しく動くその姿は、まるで軍隊。
彼女たちの背中には、揃いのロゴ。
――アマゾーネス便。
俺は思わず口を引きつらせた。
「……噂は聞いてたけど、ほんとにあったんだな。無限在庫システムを持つ“アマゾーネス便”」
隊長らしき大柄な女戦士が、俺を見下ろして高らかに叫んだ。
「汝が異世界配達員か! 我らが在庫の前にひれ伏すがいい!」
その背後の馬車がバサッと揺れ、中から次々と荷物が吐き出される。
「トイレットペーパー千個! 鍋五百個! 王家の肖像画三十枚!」
「いやいやいや! 誰がそんなもん頼んだんだ!?」
俺は頭を抱えた。
住人たちは荷物の山に押しつぶされそうになり、広場は早くもパニック状態。
「やめろぉぉ! うちの庭が便座だらけになってるぅ!」
「誰だ! こんなに枕を注文したのは!」
アマゾーネス便の隊長は胸を張り、拳を突き上げる。
「数こそ正義! 在庫無限こそ我らの誇り!」
……やべぇ、本気でやばい。
今回もまた、大混乱の配達戦争が始まりそうだ。
「在庫解放――!」
アマゾーネス便の隊長が高らかに叫ぶと、倉庫の中から次々と荷物が吐き出されていった。
ガラガラッ! ドサァァァ!
出てくる、出てくる。
布袋いっぱいの野菜、使い道のない巨大なダンベル、金ぴかの王冠、さらにはトイレットペーパーの山。
城下町の広場はあっという間に、荷物の海に飲み込まれていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺が頼んだのは石板の次に必要な“生活用品一式”だけだぞ!?」
「それも含まれる! 在庫は正義! 在庫は浪漫!」
隊長は筋肉で胸当てを鳴らし、得意げに笑う。
「いや、浪漫と誤配は違うだろ!」
荷物の山が、どんどん積み上がっていく。
鍋を抱えたおばちゃんが叫んだ。
「誰がこんなに鉄鍋頼んだんだい! うちのかまどは一個で十分だよ!」
「枕が三十個も来ちゃったわ! どうすんのこれ!?」
「トイレットペーパー千個!? 倉庫が紙で埋まるぅぅ!」
子どもたちは大喜びでトイレットペーパーの山を滑り台にして遊び始め、住人はパニック。
俺は端末を握りしめて青ざめた。
「……完全に在庫爆撃だな」
そんな中、聞き覚えのある声がまたしても響く。
「ふふふ……やはり俺の出番か!」
勇者アルト=ブレイヴ。
さっき腰をやられたはずの男が、まだ腰を押さえながら広場へ現れた。
「この状況、どう見ても魔王の陰謀だ! 荷物をばら撒いて民を混乱させるとは卑劣千万!」
「いや違ぇよ、ただの誤配送だって!」
しかしアルトの耳には届かない。
彼は山積みのトイレットペーパーを剣で突き刺し、誇らしげに掲げた。
「見よ! 俺がこの呪われし白き巻物を封印する!」
「勇者様ぁぁ、トイレットペーパーに謝って!」
聖女が涙目で叫ぶ。
その間にも、アマゾーネス便の隊員たちは声を揃える。
「在庫を! 在庫を! 在庫を!」
まるで戦歌のように叫びながら、次々と荷物を召喚し続ける。
広場はもう足の踏み場もなく、俺の端末のタイマーは刻一刻と進んでいく。
「クソッ……このままじゃ時間指定を守れねぇ!」
俺は覚悟を決め、腕に抱えた依頼品を見つめた。
――ここからが本当の勝負だ。
「異世界配達員よ!」
アマゾーネス便の隊長が、槍を掲げて声を張り上げた。
「数こそ力! 在庫こそ正義! 貴様ごときが、この物流の奔流を止められると思うな!」
その宣言と同時に、倉庫の奥からさらなる荷物が吐き出された。
ドシャアアアアッ!
「ぎゃあぁぁ!」
「助けてぇぇぇ!」
トイレットペーパー、ティーカップ、バスタブ、果ては巨大なシャンデリアまで、雨のように降ってくる。
荷物は積み重なり、広場はほとんど見渡す限りの“在庫の山”に変わった。
俺は歯を食いしばりながら跳ねのける。
「くそっ……! これじゃ進めねぇ……!」
そのとき、端末がピコンと鳴った。
【シンクロ可能:対象“トイレットペーパー”】
「……なるほど」
俺はにやりと笑い、トイレットペーパーの山に手を置いた。
「《荷物シンクロ》!」
瞬間、俺の全身がふわりと軽くなる。
身体中が紙のように軽快に、そして転がりやすくなった。
「いくぞ!」
俺は山の斜面を駆け上がり、そのままトイレットペーパーを抱えて滑り降りる。
在庫の山をスキー場のゲレンデのように利用し、一直線に駆け抜けた。
「な、何だあれは!?」
「配達員が……滑ってる!?」
住人たちが唖然とする中、俺は加速する。
アマゾーネス便の隊員たちが慌てて荷物を追加するが、それがむしろ俺の加速レーンになる。
「ありがとな! お前らのおかげで最短ルート完成だ!」
風を切り、紙の雪崩を滑り抜けながら、俺は依頼品の箱を高く掲げた。
「届け先がある限り、俺は突っ走る!」
隊長の顔色が変わる。
「ば、馬鹿な……在庫が……逆に利用されている……!?」
俺はにっこり笑って、さらにスピードを上げた。
「数より大事なのは、誰に届けるかだ!」
依頼主の家が、目前に迫っていた。
荷物の山をスキーのように駆け抜け、俺はゴール地点の民家に飛び込んだ。
玄関の前には、小柄なメイドが待っていた。
「ア、アマゾーネス便じゃない……配達員様?」
「はい! ご注文の品、お届けに参りました!」
俺は巨大な箱をそっと床に下ろし、伝票を差し出す。
メイドは震える手でサインし、中身を確認した。
「こ、これです! 本当に欲しかったのは、この“調味料セット”だけなのに……!」
その瞬間――ピコン、と端末が光る。
【配達完了】
俺は胸をなで下ろす。
「助かりました……他の業者が持ってきた千個のトイレットペーパーで、玄関が塞がってしまって……」
メイドは泣き笑いしながら礼を言った。
背後で、アマゾーネス便の隊員たちが必死に荷物を片付けている。
「え、これ誰も頼んでない?」「在庫が……在庫が止まらない!?」
倉庫からはまだ鍋や布団や意味不明な品々があふれ出していた。
隊長は額に汗を浮かべながら叫ぶ。
「なぜだ! 我らが在庫無限システムが……エラーを起こしている!?」
俺は肩をすくめて言った。
「お客様が望んだのは“確かな一品”だ。在庫じゃなくて、想いを届けるのが配達だろ」
その言葉に、隊長は悔しそうに拳を震わせ――やがて観念したように槍を下ろした。
「……認めよう。配達員よ、貴様のやり方、確かに正しい」
「へへ、分かってくれりゃいい」
そのとき、瓦礫の山からヨロヨロと立ち上がる影があった。
勇者アルト=ブレイヴだ。
だが彼の両腕には、なぜか山盛りのベビーおむつの束。
「み、見ろ! 俺は子供たちを思う心優しき勇者だ!」
……と叫んだ瞬間。
「きゃー! 勇者様、赤ちゃんプレイ!?」
「やだ……そっちの趣味だったの!?」
「ストーカー勇者からベビー勇者に昇格だ!」
観衆は大爆笑。
アルトは顔を真っ赤にしておむつを投げ捨て、震える声で叫んだ。
「俺は赤ん坊じゃなぁぁい!!」
広場は笑いに包まれたまま幕を下ろす。
俺は端末を確認する。
【次の依頼:天空の大樹 巨人族へ冷蔵便】
【時間指定:真昼】
「……空の配達か。こりゃ、ドラゴン便が出てくる予感しかしないな」
転移陣が光を放ち、俺は再び次の配達先へ飛び込んだ。
次回、「炎で焦げる!? ドラゴン便の空輸バトル!」