誤配で修羅場!? フェアリー便との手紙バトル
王都の学園街に転移した瞬間、俺はすぐに異様な空気を感じ取った。
いつもなら学生たちの賑やかな笑い声が響く通りが――今日は怒号と悲鳴で満ちていたのだ。
「返してよ、その恋文は私宛でしょう!」
「いやいや! これは俺に宛てられたはずだ!」
「嘘つけ! なんでお前に!?」
……街角ごとに痴話げんかが勃発している。
カップルが泣き叫び、友人同士が殴り合い、果ては教師まで巻き込まれていた。
俺は端末を確認する。
【お届け品:恋文】
【宛先:王都学園・レティシア嬢】
【時間指定:本日夕刻】
「……なるほど。これは完全に、配達事故だな」
そう呟いた矢先、頭上をキラキラと舞う影が横切った。
小さな羽を持つ妖精たち――フェアリー便の配達員だ。
彼らは花粉のような光を撒き散らしながら、手に抱えた恋文を街にばらまいていた。
「届け届け〜♪ 恋の手紙はみんなのもの〜♪」
「演出が華やかなら、それでハッピーエンド〜♪」
「おい待てぇぇぇ!」
思わず叫んだ俺に、通りすがりの学生が叫び返す。
「配達員さん! あの妖精たちがラブレターをめちゃくちゃにしてるんだ! おかげで街中が修羅場だよ!」
見渡せば、恋文を拾った学生たちが次々と誤解し、告白・絶叫・ビンタの連鎖。
すでに学園街は恋愛バトルロワイヤルの様相を呈していた。
「なるほど……これがフェアリー便のやり口か」
俺は額を押さえ、深いため息をつく。
その時、ふいに視線を感じた。
上空で羽を広げる一人のフェアリーが、悪戯っぽく笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
「さあ、あなたはこの想いを届けられるかな? 演出なしで、ただ“時間指定”なんて味気ない方法でさ」
……挑発してやがる。
俺は抱えたラブレターを確認し、にっこり笑った。
「安心しろ。俺は必ず届ける。時間通りにな」
街角の混乱の中、フェアリー便との配達勝負が始まろうとしていた。
「さあさあ、恋文は自由に舞うもの〜♪」
フェアリーたちが歌いながら、宛名不明のラブレターを街角にばらまいていく。
手紙を受け取った学生や住人は次々と誤解し、街中のあちこちで修羅場が展開されていた。
「……お前、私に気があったの!?」
「ち、違う! それは誤配だ!」
「嘘つき! 昨日までアイツと仲良くしてたくせに!」
ビンタ! ドカッ! キャーッ!
──完全に昼ドラ。いや、修羅場フェスティバルだ。
俺は頭を抱えながら端末を確認した。
「やれやれ、これじゃあ俺の依頼分が埋もれてしまう」
すると、ひときわ大きな悲鳴が響いた。
「ぎゃぁぁぁ! 勇者様に恋文が届いてるぅぅ!」
振り向けば――勇者アルト=ブレイヴが顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
手にはピンク色の便箋。封を開ける間もなく、周囲の女性陣が一斉に色めき立つ。
「えっ!? 勇者様に恋文!?」
「やっぱり勇者ってモテるのね!」
「ちょっと、私の分は!?」
アルトは慌てて叫ぶ。
「ま、待て! これは俺宛じゃない! 誤配だ! ワナだ! 魔王の陰謀だぁぁぁ!」
「勇者様、ひどい!」
「そんな扱いするなんて最低!」
女性陣からの冷たい視線が集中し、アルトはますます追い込まれる。
「ぐぬぬ……俺は……ストーカー勇者じゃなぁぁい!」
地面に突っ伏して絶叫する勇者。
その様子を見ていたフェアリー便の妖精たちは、けらけら笑いながら花粉を撒き散らした。
「ほら見て、みんな感情が爆発してる! これが恋文の魔法なのさ!」
俺は深いため息をつき、手にした本来のラブレターを強く握りしめた。
「違うだろ。感情を混乱させるのは魔法じゃない。届けたい想いを、確かに相手に届けるのが本当の配達だ」
──次の瞬間、俺とフェアリー便の視線が交錯した。
街を舞台にした“恋文配達バトル”の幕が上がろうとしていた。
「勝負だ、配達員!」
フェアリー便の代表格、羽飾りを揺らす小さな妖精が、俺の前でくるりと宙返りした。
「どっちが先に本来の宛先へ恋文を届けられるか! それが真の配達員の証!」
「……いや、俺はただの配達員で」
「言い訳無用っ! ロマンと演出こそが命! 受取人をドキドキさせなきゃ意味がないの!」
その言葉と同時に、妖精が手にした小瓶を振る。
キラキラとした花粉が舞い散り、通り全体が光の粒子で満たされた。
「わぁ〜綺麗!」
「えっ……これ、誰からの手紙? 私に!?」
学生たちが目をうるませ、見境なく互いに抱きつき始める。
恋文が違う相手の手に渡り、友情も恋も大炎上。
「くそっ、完全にラブレターが大規模兵器になってるじゃねぇか!」
俺は端末を確認した。宛先は間違いなく「レティシア嬢」。
なのに、当の彼女は校庭の向こうで取り巻きに囲まれて、まだ何も受け取っていない。
そのとき、勇者アルトが再登場した。
「このラブレター……俺宛ではなかったのか……?」
手にした便箋を握りしめ、涙目でつぶやく。
「勇者様ぁ……私の気持ちを踏みにじったんですね!」
別の女子生徒が走り寄り、アルトの頬をパァンと叩いた。
「ぐあっ! ち、違うんだぁぁぁ!」
アルトは完全に修羅場の中心に飲み込まれていった。
俺は深呼吸し、カプセルからラブレターを取り出す。
淡い香りが漂い、文字からは強い想いの波動が伝わってきた。
「……これは本気だな」
手紙の震えが俺の心臓と同調する。
「よし――《荷物シンクロ》!」
途端に、胸の奥から熱が溢れ出した。
視界に、真っ赤なハートの光が浮かび上がる。
人々の怒号や泣き声が遠ざかり、俺の耳にはただ一つ、送り主の心の声だけが響いていた。
『どうか、この想いが届きますように』
俺は息を吸い込み、真っ直ぐ校庭へ駆け出した。
幻惑の花粉が視界を覆っても、光の矢印が宛先を示す。
フェアリー便の妖精が「こっちだよ〜!」と囁いて惑わそうとするが、俺の足は止まらない。
「配達はロマンじゃない。時間と想いを守ることだ!」
俺はラブレターを胸に抱き、全速力で校庭を駆け抜けた。
光の矢印を追いかけて校庭の奥へ飛び込むと、そこには一人の令嬢がいた。
白いドレスに身を包み、緊張で頬を赤らめている。
――依頼主が想いを託した、レティシア嬢だ。
「お届け物でーす! ラブレター一通!」
俺は胸を張って差し出す。
レティシアは驚いたように目を見開き、そっと封を受け取った。
「……これは……あの方から?」
震える指で封を開け、手紙を読む。
やがて彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ありがとうございます……。本当に、届けてくれて……!」
ピコン、と端末が鳴る。
【配達完了】
俺は深く頭を下げる。
「お客様の想い、確かにお届けしました」
その瞬間、周囲の生徒たちがざわめきを止め、静まり返った。
やがて誰からともなく拍手が起こり、やがてそれは大きな歓声へと変わった。
「すごい……!」
「勇者より配達員が頼りになるなんて!」
「配達員様、万歳!」
フェアリー便の代表が、ぷくーっと頬をふくらませた。
「むー……。演出は完璧だったのに、なんでみんな感動してるの!?」
俺は笑って答える。
「本気の想いは、紙切れ一枚でも充分強い。余計な演出はいらないんだよ」
フェアリーはぶつぶつ言いながらも、やがて羽をしゅんとさせて肩を落とした。
「……くやしいけど、あなたの勝ちよ。配達員さん」
その時、校庭の隅からうめき声が上がった。
「お、俺は……ちがう……ラブレターを盗んだんじゃない……!」
勇者アルトが、顔中に赤い手形をつけ、膝を抱えて震えていた。
「ストーカー勇者!」「最低!」「出禁にして!」
女生徒たちが石を投げ、アルトは必死に盾で防ぐ。
「やめろぉぉ! 俺は愛を盗んでない! 俺は……清らかな勇者なんだぁぁ!」
だが誰も信じていない。
俺は肩をすくめ、端末に表示された次の依頼を確認した。
【お届け先:魔王城・城下町】
【商品:特大荷物】
【指定:明朝】
「……次は大口か。こりゃまた骨が折れそうだな」
空を見上げれば、遠くから重低音が響く。
ドシン、ドシンと砂漠の彼方から迫る影――岩のような巨体。
「ゴーレム便……? いや、筋肉バカが増える予感しかしねぇ」
転移陣が再び光を放ち、俺は新たな配達へと飛び込んでいった。
次回、「特大荷物は誰の腕に!? ゴーレム便VS配達員の怪力対決!」