砂丘の三本目のサボテン左!? 重量便とサガワ便の逆襲
転移陣を抜けた瞬間、全身を襲ったのは容赦ない熱気だった。
「……っ、こりゃあオーブンに放り込まれた気分だな」
目の前にはどこまでも続く砂の海。照りつける太陽が砂丘を金色に染め、景色はどこを見てもほぼ同じ。
端末を確認すると、今回の依頼が浮かんでいた。
【お届け品:冷蔵便アイスクリーム】
【宛先:砂丘の三本目のサボテン左】
【時間指定:昼間】
「……住所が雑すぎるだろ」
俺は額の汗を拭いながら、背中のカプセルを気にした。
中の冷蔵パックがジワリと熱に押されている。
「やばいな、これ。溶ける前に届けないと」
そう呟いた矢先だった。
ドドドド……!
地面が揺れ、砂煙を割って巨体が現れた。
全身が筋肉の塊のような男が、肩に巨大な木箱を担いでこちらへ歩いてくる。
「おおおっしゃぁぁ! 重量物なら任せろォォォ!」
砂を蹴り飛ばして現れたのは――サガワ便の佐河マサトだった。
真っ黒に日焼けした腕は丸太のように太く、担いでいる荷物はどう見ても一トン超え。
それを涼しい顔でぶん回している。
「……お前、どうやってここまで歩いてきたんだよ」
俺が呆れると、マサトは白い歯をキラリと輝かせて答えた。
「配達に必要なのは筋肉だ! 重さ? 距離? 関係ねぇ! すべてはパワーで解決するッ!」
「いや、アイスは筋トレ道具じゃないからな?」
俺は思わず冷蔵パックを抱え直した。
だがマサトはニヤリと笑い、俺の荷物を見つけるなりゴツい指で指差した。
「そっちは軽そうだな! ……よし、それもオレのスクワットメニューにしてやる!」
「やめろぉぉ! 溶けるだろうが!」
真っ赤な太陽の下、砂漠のオアシスに向かう前から、筋肉バカとの戦いが幕を開けた。
「ふははは! ここで魔王領へ抜ける道を越えるのは、この勇者アルト様だ!」
灼熱の砂漠に、場違いなほど元気な声が響いた。
振り返れば、勇者一行が砂丘をよろよろと歩いてくる。
……いや、よく見たら全員顔が真っ赤で、今にも倒れそうだ。
「おいアルト、水筒どこだ?」
騎士が息も絶え絶えに問う。
「……忘れた」
勇者が即答。
「し、死ぬ気かぁぁ!」
聖女と魔導士が同時に突っ込みを入れる。
俺はため息をつき、冷蔵パックを抱え直した。
「……勇者より先にアイスが死ぬぞ」
そんな中、サガワ便のマサトは筋肉をギラつかせて仁王立ち。
「ハッハァ! 勇者なんぞ関係ねぇ! 筋肉こそが世界を救う! 見ろ、この荷物を!」
彼は担いでいた一トン級の木箱を地面にドンと落とした。
砂が舞い上がり、勇者一行が咳き込む。
「ぐはっ……な、何をしているんだ!?」
アルトが剣を抜こうとするが、体がふらついて空振り。
マサトは気にも留めず、俺の冷蔵便を指差した。
「そのアイスの箱、貸せ! ダンベルフライに使ってやる!」
「だからやめろっつってんだろ! 溶けるだろうが!」
俺は慌てて箱を抱き締める。
マサトは鼻息を荒くし、胸筋をピクピクさせて笑った。
「心配すんな! 俺の筋肉で陰を作って守ってやる!」
「いや日傘代わりの筋肉って何だよ!?」
そのやり取りの間にも、冷蔵パックの表面がじわじわと曇っていく。
アイスが本気で危ない。
俺は端末を操作し、冷却魔法の補助フィールドを展開した。
「……よし、これで少しは持つ」
だが勇者アルトが吠える。
「待てぇい! その冷却魔法とやらは、勇者である俺の力でなければならん!」
「いや、まず水分取れよ!」
俺とマサトと聖女が同時に突っ込み、アルトは砂に崩れ落ちた。
砂漠の太陽がギラギラと照りつける中、アイスを守る戦いが過酷さを増していくのだった。
ゴォォォォ――!
突然、視界を覆い尽くす砂嵐が巻き起こった。
空が茶色に染まり、砂粒が顔を叩きつける。
「うわっ、目が開けられねぇ!」
勇者アルトが叫び、剣を盾代わりに振る。だが風圧にあおられて、そのまま砂丘を転げ落ちていく。
「勇者様ぁぁ!」
聖女たちが慌てて追いかけるが、彼らも砂に飲まれて消えかけていた。
俺は冷蔵パックを抱え、咄嗟に端末を確認する。
【お届け先:砂丘の三本目のサボテン左】
しかし目印のサボテンは、砂嵐で完全に埋もれてしまっている。
「住所不明って……再配達フラグじゃねぇか!」
その横で、サガワ便のマサトが豪快に叫んだ。
「フハハァ! 砂なんぞ筋肉でどければいい!」
彼は拳で砂丘を掘り始め、スコップ代わりにしてどんどん地面をえぐっていく。
「お前、力技にもほどがあるだろ!」
俺が突っ込むが、マサトは止まらない。
「砂の一粒一粒、全部トレーニングだぁぁぁ!」
……いや、たしかに掘れてはいるが、効率が悪すぎる。
しかも彼の周囲の熱気で、俺の冷蔵パックがさらに溶けかけていた。
「ちょっ……待て……これ以上は――」
ピコン、と端末が震える。
【《ルート開拓》使用可能:通過済みルートを転移ポイントとして再構築しますか?】
「……それだ!」
俺はすぐに操作し、砂嵐に飲まれる直前の足跡を呼び出した。
すると、光の筋が道しるべのように空間へと浮かび上がる。
「おい見ろ! 光のルートだ!」
村人や局員が歓声を上げる。
俺はにっこり笑い、冷蔵パックをしっかり抱えて叫んだ。
「《ルート開拓》! 砂嵐だろうが何だろうが、俺の配達道は消えない!」
足元の光が転移陣となり、砂の中を切り裂くように道が開く。
俺は一歩を踏み出し、アイスを溶かさずに前進した。
背後ではマサトが拳を振り上げていた。
「待てタクトォォ! 筋肉こそ最短ルートだぁぁぁ!」
砂と汗と熱気の中、筋肉バカとの競争は続いていく。
砂嵐を抜けると、目の前に広がったのは涼やかな緑のオアシスだった。
ヤシの木が風に揺れ、泉が太陽を反射してきらめいている。
その岸辺には、小さな集落があり、子供たちが心配そうにこちらを見ていた。
「お兄ちゃん! アイスは……?」
その一言で、俺の胸に緊張が走る。
「安心しろ。ちゃんと冷えてる」
俺は冷蔵パックを開け、ひんやりとした白い煙を見せる。
子供たちは一斉に歓声を上げた。
「アイスだー!」「わーい!」
村の長老が杖をつきながら出てきて、震える手で伝票にサインを書き込む。
ピコン――《配達完了》の文字が端末に浮かんだ瞬間、俺はようやく肩の力を抜いた。
「任務完了……だな」
その時だった。
「ぬおおおお! 俺が、俺こそがアイスを守った勇者だ!」
勇者アルトがふらふらと現れた。
全身砂まみれ、目は充血、唇はカラカラ。
次の瞬間、バタンと倒れ込み、村人たちに引きずられていった。
「俺は……干からび勇者じゃなぁぁい……」
彼の声はオアシスに虚しく響くだけだった。
一方のサガワ便マサトは、胸を張って筋肉を誇示していた。
「フハハァ! 今回の勝利は筋肉の賜物だ! 俺の力を見たか!」
だがその瞬間、自分の水筒を掴んだ手がギュッと力み――
「バキィィィッ!」
中身ごと握り潰してしまった。
「……水分が……ない……」
マサトはその場に崩れ落ち、筋肉ポーズのまま意識を失った。
俺はため息をつき、子供たちにアイスを配りながら呟く。
「やれやれ……筋肉も勇者も砂漠には勝てないな」
子供たちはアイスを頬張りながら笑顔で叫んだ。
「勇者より配達員だー!」
俺は空を見上げ、端末の新しい依頼を確認する。
【お届け先:王都・学園街】
【商品:恋文】
【指定:夕方】
「……ラブレター配達か。次は面倒な匂いしかしないな」
転移陣が輝き、俺の体を包み込む。
次の戦場は、甘酸っぱくも波乱含みの街角だ。
次回、「誤配で修羅場!? フェアリー便との手紙バトル」