第7話「境界の店、継ぎ目の人」
「いやぁ〜……今日も静かだなぁ〜……」
午前の店内。
要は、棚にタオルを並べながら、しみじみとつぶやいた。
ピナはレジ横の椅子で、お客用に余ったスティックパンをもぐもぐしている。
しっぽをぴこぴこ揺らしながら、「お仕事が暇なときはこういう時間も大事なんですぅ〜」と堂々と座っている。
「……働いてから言おうね、それ」
──そのときだった。
カラン。
ドアが開き、見慣れたシルエットが店内に入ってくる。
「……ラズロさん!」
グレンホーンに乗って現れたのは、初めてこの店に来た調査官、ラズロ・ヘルトだった。
だが今回は少し様子が違う。
肩の荷物が増え、手には巻物と測定器らしきものを持っている。
「失礼。少し……測りたいことがあってな」
「測る?」
「この建物とその“周囲”に関して、どうにも奇妙な反応が出ていてな……この場が“ただの土地”ではない可能性がある」
要は、ぽかんとしながらラズロの言葉に耳を傾けた。
「まず一つ。ここは、王国の地図に記録されていない“空白域”にある。
本来、人が足を踏み入れない理由は明確だった。“境界”に近いからだ」
「境界……?」
「この世界には、いくつかの“ひずみ”が存在している。
魔力の流れが不安定な場所、空間がねじれてしまう穴のような箇所だ。
通常は閉じている。だが、そこに……“異なる力”が干渉した場合、開くことがある」
ラズロは要をまっすぐに見た。
「そして今、その“継ぎ目”に固定されているのが――おそらく、この建物だ」
「……じゃあ、俺がここにいるのって……」
「偶然か必然かはわからん。だが、建物そのものが魔力の流れを安定させている。
いや……もっと正確に言えば、“お前の行動”が、この地を安定させているように見える」
「……レジ打ちと品出しで、魔力を……安定……?」
要は棚のパンを見た。
ピナがスティックパンを手に、まんまるの目でこっちを見ていた。
「……もしかして……俺が、帰れない理由も……」
「それは、まだ断言できない。だが一つだけはっきりしていることがある」
ラズロは少し静かに言った。
「この建物は、異界の力に耐えうる“バッファ”だ。
ここにある限り、この森は暴走しない。
だが、もしお前がいなくなれば――この地は、境界ごと崩壊するだろう」
要はゆっくりと息を吐いた。
重くもなく、軽くもなく。
ただ、少しだけ、自分の居場所が明確になった気がした。
(……やっぱり、なんか変なとこに来ちゃったな)
(でも――)
「とりあえず、“棚が崩壊する”のは勘弁してほしいな……ピナ」
「はわっ!? し、しし尻尾が!また棚にっっっ!!」
──ドサァ!
パンが散乱する音。
そして、笑いがこぼれた。
ラズロはそれを見て、ふっと微笑みを浮かべた。
「……悪くない空気だな、ここは」
店の外では、今日も森の風が吹いている。
だがこの小さな店だけは、ほんの少しだけ、
別の世界と地続きの、静かな“継ぎ目”として、ここに在り続けていた。
《オマケ:ピナ、夢のどんぐりコーナーを作る》
午後のコンビニ。
お客のいない静かな時間に、要は在庫棚の整理をしていた。
「ん……? ピナ、何してるの?」
レジ横にしゃがみ込んでいたピナが、びくっ!と肩を跳ねさせた。
その手には、小さな籠。そして中には……
「……どんぐり?」
「えへ……ちょ、ちょっとだけ置いてみてもいいかなって……!」
ピナは、しっぽを膨らませながら笑う。
「この世界の人って、どんぐり知らないし……!
どんぐりって、見た目もカワイイし! しかも……めちゃくちゃ美味しいんですよ!?」
「……食べるのか、それ……」
「焼くとほくほく! 煮るとトロトロ! たまに苦いやつもあるけど、それもまた“味”なんですっ!」
完全に語り始めた。
「で、置いてみたんですぅ。ほらっ、これが“素焼きどんぐり”、これは“干しどんぐり”、これは“帽子だけどんぐり”ですっ!」
棚の一角には、いつの間にかミニコーナーが。
【ピナセレクト:どんぐり特集!】
・素焼きどんぐり:3個で1ペク
・干しどんぐり:水に漬けてふやかしてね!
・観賞用どんぐり:目玉シール付き。
「目玉シール……」
「えへへ、カワイイでしょっ! 名前もつけたんです。“ドングリ丸”“ドングリ助”“ドングリーヌ”!」
「……まぁ……いいか。見た目、結構いいし……」
「やったぁあああっっ! 初めての、私だけの売り場っ!」
その夜。
店に入ってきた旅人の少年が、
そのどんぐり棚の前でじっと立ち尽くし──
「……これは……お供え物か……?」
翌朝、棚にお辞儀して帰ったという。
(おわり)