第2話「いらっしゃいませ、調査員さま」
この世界では「リル(ℓ)」という通貨が使われており、
10小リル=1中リル、10中リル=1大リルという階層式の硬貨制度。
王国圏では主に中リルと大リルが流通し、魔族圏では“黒リル”という別通貨も存在。
コンビニのレジは全通貨を自動換算して対応し、要の“レジスキル”で偽金も即座に判別可能。
サブ通貨単位「ペク(pec)」
「ペク(pec)」は、この世界における 小額補助通貨。
日本円で言う「銭」や、米ドルで言う「セント」にあたる存在。
あの人は、「ラズロ・ヘルト」と名乗った。
堅い口調で、背筋を伸ばして、少し古風な喋り方をする人。
馬のような、けれど角の生えた大きな生き物──「グレンホーン」というらしい──に乗ってやってきて、
店の前で足を止めたかと思えば、静かに店内を見回した。
「ふむ……この中へ入っても問題ないか?」
「……あ、はい。いらっしゃいませ」
身体が勝手に反応していた。
気づけば要は、レジ横でお辞儀をしていた。
いつも聞き慣れてる来店音もないけれど。
それでも、ここはコンビニだ。きっと。
ラズロは、棚に並んだ“唯一の商品”を見つめた。
「水……これは、飲用可能なものか?」
「はい。冷えてます。たぶん、ここの冷蔵機能がまだ生きてるみたいで」
「ふむ……そうか。ひとつ、頂こう」
彼は腰の袋から、銀色の硬貨を数枚取り出した。
異国風の模様が刻まれたそれは、日本のレジではもちろん読み取れない。
でも──
ピッ
要が硬貨を受け取り、レジに軽くかざすと、
どこからともなく光が立ち上がり、「水/100」 という表示が浮かんだ。
「……おお……!」
ラズロが、わずかに目を見開いた。
要は、思わず笑ってしまう。
自分にとっては見慣れた操作だけど、相手からすれば魔法みたいなもんだ。
「100……ええと、この貨幣の単位でちょうどのようです。ありがとうございました」
水を手渡しながら、やっぱりいつものように言っていた。
「またのご来店を、お待ちしております」
ラズロは、その言葉に軽く眉を上げると──
やがて、ふっと笑った。
「……ふむ。では、また来よう」
彼は水を懐にしまい、グレンホーンの背に乗って森へと戻っていった。
その姿は、どこか凛としていて、少しだけ頼もしく見えた。
──ポロン。
レジの画面に、見慣れぬ通知が表示されている。
【接客スキル:1 → 2 に上昇しました】
【商品カテゴリ:飲料】が更新されました。
【新商品:麦茶(常温)】が入荷されました。
「え……マジで?」
棚の隅に、見覚えのないパックが一つ増えている。
要は呆然としながらも、その麦茶をそっと持ち上げた。
ぬるい。重みがある。本物だ。
異世界のコンビニは、接客でレベルが上がるらしい。
「……やるしか、ないのか。品出しとレジ打ちで……」
そう呟いて、棚にそっと麦茶を並べる。
商品は、少しずつ増えていく。
この世界の誰かのために。
そして、たぶん、自分のためにも。
(つづく)
【おまけエピソード】「コンビニの外には魔物がいます(植物系)」
「……さすがに、ずっとコンビニの中ってわけにもいかないよな……」
翌朝。
一晩かけてレジ周りを片づけ、品出しを終えた要は、店の前に立っていた。
森は静かだ。鳥の声、風の音。
グレンホーンの足音も、ラズロの姿も、もう見えない。
「ちょっとくらい、周囲の様子見ておくか……」
スマホは相変わらず圏外。地図アプリも使えない。
だが、少し歩けば道があるかもしれないと思い、彼は店を出た。
5分経過。
道らしきもの、なし。
10分経過。
ただの木。あと草。
「……コンビニ、森のど真ん中じゃね?」
そう思った瞬間だった。
「ガァアァア……」
地面から、**ヌルッ……と触手のようなツタが現れた。
見上げれば、巨大な赤い花が──牙のような花弁を開いている。
「うわ、え、え!? 何あれ!?食べる!?俺!?店員だよ!?食品じゃないよ!!」
バチンッ!
ツタが振り下ろされる!
慌てて転がりながら逃げ、ズボンのすそを軽くかすめた。
「いってぇ!あっぶな……!え、あの花、マジで喰うやつ!?てか食欲あんの!?」
必死で逃げる。
全力でダッシュ。
そして──
「ただいまァァァッ!!」
自動ドアが開くと同時に、店内へダイブ!!
ピッ と、謎の入店音が鳴る。
花は店の前でピタリと止まり、うねうねとツタを揺らしただけで、やがて地中へと引っ込んでいった。
……しばらく、店内の床にへたり込む。
「……これ、もう外出禁止じゃん……」
その後、店のレジ画面にひとこと通知が出た。
【注意:この地域の外周には中級クラスの捕食植物が生息しています】
【対策:商品「虫よけスプレー」「火炎系アイテム」などの品出しを推奨します】
「……品出しすれば、なんでも解決すんのかよ……」
それでも、彼は棚を見た。
いつかこの店から、もう一歩踏み出せる日が来るように。
今日も、できることをひとつずつ。
レジ打ちと品出しだけで。
(おわり)