第五話 買い出し
寮を出て転移して初めについた学生領の中心の噴水前へ行き来る前と同じように転移の機能を発動させて帝都ダマスクスへ戻る。
帝都の城の近くに転移した僕は走って通ってきた道を通り市場街へ向かう。
「お気を付けてくださいませ」
検問を顔パスで通過した僕はお菓子など甘いものが売ってある場所を求めて道を走る。
20分後服などの日用品しか売っていなかったのでとにかく探し回って更に20分、怪しげな市場に出た。
「もしかすると道に迷ってしまったかもしれない」
僕みたいに健康的でイケメンで貴族それも大貴族……(省略)な子がこんなところをふらついていると襲われてしまいそうだと判断し、急いできた道を引き返そうとした。
「これこれ坊ちゃんせっかくこんなところまで来たのだから何か買って行ってはどうだい?」
いきなり僕に向かって話しかけてきたのは推定60歳くらいの白髪交じりのお爺さんで一見痩せているかのように見えるがそれは服がぶかぶかなだけで体を見ると鍛え抜かれそして古傷だらけの腕が見える。
そんなお爺さんは世間話をするかのように気軽に話しかけてきた。
その話しかけ方はあまりにも自然で懐かしさを感じ、つい警戒心が解けてしまい話しぐらいなら聞いてもいいかなっと思ってしまった。
「具体的には何を売ってるのですか?」
するとお爺さんはおもむろに何か小さな装飾品のついた箱を取り出した。
「これなんてどうだい?」
箱をパカッと開けながらお爺さんは言う。
「これは一体なんですか?」
僕はおずおずと聞く。
箱の中に入っていたのは長さ2~3センチぐらいの球体のもので妙に気になってしまう。
「これはなあ、わしの一族が代々宝物として受け継いできたものでの、誰にも使うことが出来ずに只々装飾品として置かれていて、どんな能力か分からないが、おそらく『創設期』の品物で、普通の『創設期』の品物はすぐの売れてしまったのだがこれだけは客の視界になぜか入らなくて売れなかったところお前さんには見えているのじゃろ?これも何かの縁じゃ買って行ってはどうだい?」
そういわれてもう一度見てみる。
一族で代々受け継いできたものを売りに出したりするなよと思ってしまったが、これは美しい。
なぜこんなところに売りに出しているのか理解できない。
そこには中心に美しい幾何学的な模様があり、周りは禍々しい模様が浮かんでいる。
僕にはよく理解することが出来ないが、これまで数多くの業物を見てきた中でも格別な凄みを感じる。
こんなものを見せられてしまってはとてもじゃないが、買わずに素通りすることなんてできない。
「なんだか忘れられないものですね。いくらなんですか?」
「こういったものは金額を具体的にはつけがたいからなぁ……おぬしの手持ちのお金すべてでいいぞ」
うーん。
このじじい、僕をただの一般人と勘違いしてるんじゃないか?
僕の手持ちは金貨が百枚を超えてるんだぞ。
金貨1枚でもなかなかいい武器を買えるほどの値段であるし、用途不明のものにここまでお金を払ってしまったら父上にぶん殴られてしまう。
「おい、爺!僕を一般人の尺度で測るんじゃねぇ」
「む?生意気な小僧じゃな。この武器は持っているだけで恋愛成就の効果があるといわれているありがたいものだというのに……物の価値を測れない愚かな奴じゃ――」
「――買います」
お爺さんがすべて言い切る前に腰にぶら下げていた財布を差し出す。
恋愛成就という言葉を聞いて、僕が黙っていられるわけもない。
「はい」
「毎度あり」
気軽に財布を受け取ろうとしたお爺さんは財布の中にギチギチに詰まった金の重みに財布を落としかける。
僕の手持ちの想像以上の多さに頬を引き攣らせたお爺さんはゆっくりと受け取りおずおずと枚数を数え、しっかりあったのか僕のほうに笑顔を向けた。
お爺さんから箱を受け取った。
箱には妙な重みがあり、何に使うものなのかは分からないがしっくりくる。
箱を懐にしまうと僕は通ってきた道を引き返した。
あまりにもお菓子の店がなさすぎると不思議に思った僕は、遠くで僕の様子をうかがっていた20歳くらいの男の人に話しかけた。
「なあ、あんたなんでさっきからこっちの方向ばかり見てんの?怪しい人がいるって見回りの人に突きつけるよ」
その男の人に詰めかけるとその人は盛大にびくついたようでお菓子屋を見つけられない鬱憤が少し晴らせた気がする。
そのまま会話の主導権を握ったままお菓子屋の場所を聞き出した僕は、ミライムさんに渡すためのお菓子を買うのに現在いる市場街の反対側近くにお菓子の商店街があったことに愕然としながら、足を運んで行った。
***
その会話の少しあと。
「どうしてだ、どうして俺が追跡していたことがばれた?顔がばれてしまったよな。急いで仕事を終わらせなければ」
さっき話しかけた男がそんなことを言って僕を鋭い視線で追っていたことを僕は知らなかった。
***
30分後ミライムさんのためのお菓子を買うことに成功した僕はホクホク顔であの男の人に脅さなくてもよかったなと後悔していた。
お菓子は手持ちのお金はすべてお爺さんに渡したので津美に身に着けていた宝石と物々交換で取引をした。大損だ。
「僕もしかするとひどいことをしてしまったかもな。………まあ、ずっと僕のようすを伺っていたあの人も悪いし気にすること無いか」
10秒くらいで男の人のことを頭の隅へ追いやった僕はなんてミライムさんへお菓子を渡すか検討していた。
「なんて言おうか…これからしばらくよろしくお願いします。……普通過ぎるな……こ、これは仲良くなりましょうって意味で、べ、別に特別な意味なんてないんだからね!………これは前レイヴンにやったとき不評だったからやめておこう。………お久しぶりですねミライムさん、初めて会った時からあなたの顔をひと時も忘れることが出来ません。不束者ですが、今後とも仲良くしていただけると嬉しいです。……………これは完璧だ、これがいい!」
挨拶の言葉まで決め、意気揚々と僕は寮へと向かって行った。
そして僕が現在いるのがミライムさんの部屋に一歩手前。
僕は緊張しすぎて最後の一歩がどうしても踏み出せない。
明けていた空が沈みかかったそのころ。
「あらフリードじゃない。そこはあなたの部屋じゃないでしょ、…何をしているの?」
母上の声のトーンがだんだん低くなっていくのを感じる。
「ち、違いますよ母上。ただミライムさんに挨拶がてらお菓子を私に行こうと思ったのですが、なかなか入る勇気が出なくて…」
すると今度は母上の声のトーンが跳ね上がった。
「え、そうだったの!ちゃんと毒見した?毒見をしてないものを貴族の人に渡すことは、絶対にいけないことなのよ」
え、そうなの!
「本当ですか!危なかったです。何もしてないまま渡すところでした」
「もうフリードったら暗黙の了解もちゃんと学ばないとこの貴族社会生きていけないのですからね。精進しなさい」
僕と母上は朗らかにミライムさんの部屋の前で笑いあった。
「じゃあ毒見させてきますね!ついでに母上もどうですか?」
「ええ、いただくわ」
……食べるんだ。
「そういえばどうしてビカリアさんはいないのですか?」
「ビカリアはね、いまなんだか重要そうな話があるからってまだ城にいるわよ」
そんなことを言いながら僕と母上は部屋の中へ戻っていく。
「キャッ!」
そして扉を開けたときかわいらしい声を聞きながら僕の意識は闇にのまれたのであった。