第8話:裏都の裁定――《自由》を持つ者の罪と罰
メフィストの最奥、《裏都裁定所》。
それはかつて神に抗った民が、自らを律するために設けた“異端の裁判所”だった。
「被告、アルド・ヴィスカリオ。前世において多数の殺人、裏切り、違法武器取引の容疑――」
金属音のような声が響く。
裁定官は、人ならざる存在だった。
その額には“神の契約紋”と、逆十字を重ねた印。
「この裁定所は、“神に代わって人を裁く”場ではない。
ここは、“神さえ裁けぬ者”を、“人間自身が問う”場所」
「つまり、俺が“人間として”裁かれるってことか」
「否。お前は既に“人間”ではない」
裁定官は、黒い巻物を広げる。
「貴様は既に“二度目の命”を生きている。
この世界では、“転生者”は人としての資格を一部剥奪される存在とされている」
「……面白え。じゃあ、“人じゃない”俺を裁いて何になる」
「それを決めるのは、我らではない。
裁定に必要なのは、“証言者”の記憶」
扉が開く。
現れたのは――“前世の俺”に殺された者たちだった。
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「お前のせいで、息子は巻き添えで死んだ……」
「兄貴は、あんたに“裏切られて”撃たれたんだ……!」
「私たちは、あなたを“家族”だと信じていた」
怒り、憎しみ、哀しみ。
証言者たちは幽霊などではなかった。
“観測者の記録”から再構成された意識の残滓。
つまり、これは――
「お前、自分の罪を“観測されてた”ってことだな」
ルチアーナが震える声で言った。
「観測されていた記録は、“再生”されうる。つまり……神じゃない“誰か”が、お前の人生を見ていたってことだ」
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裁定官が言う。
「アルド・ヴィスカリオ。
あなたが“マフィアの誇り”の名のもとに選んできた殺し、裏切り、そして信頼――
それは《世界に何をもたらしたか》を、我々は問う」
「……何をもたらしたか、だと?」
俺は《リベルタ》を取り出す。
「なら、答えはこうだ」
銃口を、己の胸に向ける。
「世界を“観測”するだけの奴に、俺の生き様は語らせねえ」
引き金を引く――寸前で、止まった。
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「……ドン!」
ルチアーナが飛び込む。
「死なないで!これは“罪を消すため”の裁判じゃない。
“自分の選択を肯定できるか”の裁判なんだよ!」
裁定官の瞳が静かに光る。
「確かに。最終判決は、“自己による肯定”でのみ下される。
問う。お前は、自分を許せるか?」
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沈黙。
俺は……すべての記憶を思い返す。
裏切られた弟分。銃弾を受けて死んだ親父。
笑って死んでいった、血に染まった“家族”。
「……許せねえよ。
けど、それでも、もう一度やり直すって決めた。
魂に銃を突きつけても、なお進むって決めたんだ」
裁定官は頷く。
「それが《自由》だ。お前に《転生》が許されたのも、その覚悟があったからだ」
裁定の刻印が、俺の胸に刻まれる。
《第8番転生者:選定完了》
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「“8番目”……?」
「お前は“この世界で8人目の転生者”だ」
裁定官は告げた。
「そして――“9番目”がもう、この都市に入っている」
「……は?」
「お前を“殺す”ために、な」
《次の転生者》
《神の計画の監視者》
《ドンの否定者》
すべてが繋がる気がした。
俺はもう、“ただのマフィアのドン”じゃない。
この世界の“理”に楔を打つ、唯一の《自由人》なのだ。