番外編:アルド・ランツァ編 『かつて、光の名を背負った』
“異世界”。
剣と魔法と王政と、ドラゴンや魔族が跋扈するこの世界に、彼は「勇者」として召喚された。
名をアルド・ランツァ。
17歳。学生服を着たまま、教室ごと召喚された彼は、クラスメイトが混乱する中で唯一、落ち着いていた。
周囲に剣が突きつけられても、彼は動じなかった。
「この世界に“必要”とされた理由があるなら、それを見つけてから死ぬよ」
そう言って、王に向かって微笑んだ。
彼には――“何も持たざる者”としての覚悟が、すでにあった。
聖剣【クラウ・エテルナ】を引き抜いたのは、召喚から5日後だった。
魔力適性は全属性。戦闘適応能力は最上級。
政治的にも、カリスマ性にも恵まれていた。
だが彼は、“俺TUEEEE”に溺れることはなかった。
むしろ彼は、味方の死に誰よりも敏感だった。
「一人死んだら、それは千の死と同じだろう?」
アルドはそう言って、死者の名前をすべて記録し、日々、祈っていた。
「死ぬほど優しかったよ、あの人」
と、かつての仲間は語る。
「でも……その分、世界に耐えられなかったのかもしれないな」
王国と魔王軍の戦争が泥沼化する中、アルドは和平交渉を主張した。
理由はただ一つ。
「どんな戦争にも、戦わなくていい子どもたちがいるからだ」
だが、その言葉は通じなかった。
王は彼に【禁呪】の使用を命じた。街ごと魔族を焼き払えと。
拒否すれば「裏切り者」とされ、勇者の地位は剥奪される。
仲間たちは、アルドに従うか、王に従うかの二択を迫られた。
そして――
「俺はやらない」
そう言って、アルドは聖剣を投げ捨て、仲間に背を向けた。
「それで世界が終わるなら、そんな世界を救う価値はねぇよ」
逃亡。
追撃。
裏切り。
仲間だった者が敵に回り、信じていた正義が、踏みにじられていく。
やがて彼は、ある廃村にたどり着いた。
そこには、魔族と人間が共に生きていた。
互いに傷を癒し、互いを恐れず、共に畑を耕す人々。
その中に、一人の少女がいた。
名は【セリナ】。
盲目の魔族の子。
彼女はアルドの手を握って言った。
「勇者さまって、きっと“強い”んじゃなくて、“傷つくことを選べる人”だと思うの」
その言葉が、彼の心に一筋の光を落とした。
彼はその村で、生き直そうとした。
剣を捨て、名を捨て、人としての暮らしを。
――だが、その幸せは、長くは続かなかった。
ある日。
“勇者を殺すため”に、王国軍と魔王軍の特務部隊が、同時に村を襲った。
「どちらに加担しても、正義は敵に回る」
アルドはそう言って、再び剣を取った。
たった一人で、三百を斬り伏せ、村を守ろうとした。
だが、セリナはその中で矢に射られ、彼の腕の中で息を引き取った。
「……わたし、生きてるうちに、あなたを“本当に”救いたかった……」
その言葉を最後に、彼女は笑った。
優しくて、もう、泣きそうな笑顔だった。
アルドは“世界に裏切られた勇者”として、歴史から抹消された。
召喚された元の世界へと、強制的に転送されるその瞬間、彼は願った。
「今度生まれるなら……世界を救うんじゃなく、“仲間”だけを救える人間になりたい」
それが、マフィアのボスとして再び歩き始めた男――アルド・ランツァの原点だった。