リアム・クロス編『誓いの向こうで』
夕暮れの空は、どこまでも赤く染まっていた。
崩れかけたビルの屋上で、リアム・クロスは独り、旧式のスナイパーライフルを手入れしていた。
風が強く、埃が舞い上がる。けれど彼の表情に、焦りはない。ただ、静かだった。
「……あの人がいなくなっても、世界は止まらねえのか」
口に出すたび、喉が焼けるようだった。
アルド・ランツァ。
かつて彼を「兄貴」と呼び、命令よりも信頼を選んだ唯一の男。
“その人”はもう、この世界にいない。砕けた時計と血塗れのジャケットだけを残して。
だがリアムは、捨てなかった。
その時計をポケットにしまい、毎晩、夜空のどこかに向かって話しかける。
まるで、届かない電波を求める無線機のように。
「リアム……って、なんでそんなに強いの?」
かつて、リアムがまだスラムの喧嘩屋だった頃。
彼には一人の弟分がいた。
名はルイス。笑うのが下手で、すぐ泣くくせに、人の痛みにはよく気づく奴だった。
「別に、強かねえよ。ただ、負けると“あいつら”が喜ぶから、死ぬわけにはいかねぇだけさ」
“あいつら”とは、大人たちだ。
組織に利用され、裏切られ、捨てられる。それがスラムの少年兵の常だ。
「でもさ、リアムが言ってたじゃん。人は、誰かの盾になって初めて“人”になれるんだって」
ルイスはそう言って笑って――
その三日後、任務で人質になり、射殺された。
上からの命令だった。
「取り返すな、情報は抜き終わった」
リアムは命令に背いた。そして、間に合わなかった。
「俺は……人なんかじゃねえ。ただの、遅れた刃物だよ」
現在。
リアムは、今や“亡霊”と噂される存在になっている。
アルド亡き後、地下抗争を次々と潰し、敵味方を問わず「罪の連鎖」を切断するように殺していた。
彼の背中には、ルイスの形見の銀のペンダント。
そして胸ポケットには、アルドの懐中時計がある。
時刻は、止まっている。
最後にアルドと会話した時間で、針が壊れていた。
「おい、リアム。次の仕事はどうする?」
背後から声をかけてきたのは、かつてアルドが拾ったジュードだった。
「……殺しは、もう終わりだ」
「え?」
「これからは、“誓い”を守るだけの仕事をする」
「……どんな誓いさ?」
リアムは空を見上げ、静かに言った。
「“あの人”が生きてた証を、この腐った街に刻む。……それが、俺にできる、唯一の償いだ」
夜が更ける。
リアムは、子供たちが集まる孤児院の壁を、銃弾から守るために補強していた。
建設資材を盗み、罵声を浴び、警察に追われながらも――彼は笑っていた。
一瞬だけ、時計の針が動いた気がした。
“もう一度、守るために戦え”
そんな声が、聞こえたような気がした。