第1話:再召喚されたマフィア
「……どこだ、ここは」
湿った土の匂いと、ひんやりとした空気。
視界の先には古びた石造りの神殿。
月が二つ浮かぶ夜空が、現実離れした風景を完成させていた。
――ああ、やっぱりな。
ここはかつて俺が召喚された、あの“異世界”だ。
「成功……しました……!」
俺の目の前で膝をついた少女が、震える声で呟いた。
金色の巻き髪。白いローブ。瞳には狂気に近い期待の色。
「やった……ついに……勇者様が……!」
「……待て。お前、誰だ」
「わ、私は……リゼリア・フォン・クラウス。聖国教会の巫女です! 勇者様をお呼びするために、何年も――」
「勇者……?」
俺は短く息を吐いた。
確かに、昔はそう呼ばれてたさ。
だが、今の俺は違う。
マフィアのドンだ。
表の世界じゃ”裏切り者”。だが、ファミリーの中では“命を張る価値のある男”だった。
「悪いが……勇者は死んだ。もういねぇよ」
「そ、そんな……」
リゼリアは顔を青ざめさせ、ぶつぶつと呟き始めた。
構っちゃいられねぇ。俺は自分の身体を確認する。
――なるほど、悪くない身体だ。地球で死んだときの年齢とそう変わらねぇ。
懐に手を入れると、見慣れた感触。
革のホルスター。そして――黒曜石のような短剣。
「銃はねぇか。だが、これも使えそうだな」
見れば、手の甲に紋様が刻まれていた。
これは“加護”ってやつか。昔もあったが、ずっと使わずに終わった。
だが今回は違う。
「なぁ、リゼリアとか言ったな。質問に答えろ」
「は、はいっ」
「ここは、俺がいた頃と同じか? 国はどうなってる? 教会はまだ息してるか?」
「え……? 勇者様がいなくなって……すでに百年近くが経っています。魔王は未だに封印されたままですが、代わりに人の世界は、貴族と教会が支配する“血の秩序”に――」
百年だと?
――ずいぶんと待たせたもんだな。
だが都合はいい。俺にとっちゃ、因縁の連中は全員、跡継ぎか末裔になってやがる。
これで遠慮はいらねぇ。
「つまり、腐ってるわけだな。表の連中が」
「は、はい……」
「だったら、裏から治してやるよ」
俺はゆっくりと立ち上がった。
この世界には、銃も麻薬も、カネも通じねぇ。
けど、力と繋がりがあれば――裏社会は作れる。
「聖騎士団? 教会? 貴族? 好きに吠えさせとけ」
マフィアが一度組を築けば、どんな神も法も関係ねぇ。
「俺は“ファミリー”を作る。もう一度な」
リゼリアが震える声で訊いてきた。
「あなたは……何者なのですか?」
俺は口元を歪めて笑った。
「――マフィアだよ。異世界で一番、信頼と恐怖に厚い生き物さ」
そして心の中で、かつての“兄弟たち”に誓う。
次こそは、誰一人裏切らせねぇ。
誰一人、死なせねぇ。
異世界にて、第二のファミリーを築く――
“マフィアのドン”として。