第15話:星を喰らう者と、街に灯る火
《アストラ・ノクス》が去った夜、セロニアの空には奇妙な静寂が広がっていた。
誰もが、あの光――神の火が地上を焼き尽くす瞬間を覚悟していた。だが、何も起きなかった。
ある者は奇跡と呼び、
ある者は、これが“戦争の始まり”だと直感した。
アルドたちもその一人だった。
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「……静かだな」
ナジームがつぶやく。
アルドは瓦礫の山を越えて、崩れた市場跡を歩いていた。焼け焦げた果物、割れたガラス。
戦いの直接の被害はなかったが、人々の心には“神の雷”が確かに刻まれた。
「静けさってのはな……爆発の直前が一番だ」
そう言ったアルドの表情は、苦く、鋭かった。
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その晩。
ルチアーナは一人、残された《禁書収容局》の地下室にいた。
「これが……星喰いの記録……?」
彼女が開いたのは、かつて地球の地表から発見された“壊れた未来”の記憶媒体だった。
――《星を喰らう者》。
人類がその存在を確認したのは、宇宙進出が始まってからわずか80年後。
彼らは何も語らず、ただ恒星系単位で文明を喰らい尽くす。
その外殻は、時空と概念を複数重ねた構造で構成され、既存の兵器も魔術も通じない。
「そして……このデータを最後に、地球は沈黙した……」
ルチアーナの手が震える。
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翌朝。
アルドは、セロニアの南端にある廃墟に向かっていた。
彼が訪れたのは、かつてユリウスとともに育った孤児院の跡地だった。
「ここで……あいつと、“家族”だった」
彼は壁に手をつく。
かつて兄弟のように語り合い、殴り合い、夢を語った日々。
だが今やその“兄”は、神と一体化し、人類の選別を行おうとしている。
「ユリウス……お前は、“何を見た”んだ?」
その時。
「見たのではない。思い出したのだよ、アルド」
虚空から声が落ちた。
現れたのは、純白の礼装を纏い、無機質な表情をした“ユリウス”の投影体だった。
「……お前、まだここに“感情”を残してるのか?」
「感情ではない。“可能性”の観察だ」
ユリウスは淡々と告げる。
「私は、星喰いとの接触を経て知った。“感情”とは因果演算における最大のノイズであり、
文明は、感情の廃棄によってのみ進化する」
「それが……お前の答えかよ」
「違う。私は、君に“逆の証明”をさせている」
「……は?」
「君たち“旧人類”の精神性が、非効率であっても、滅ぼすに値しないと示せるならば、
私は“新たな統合形態”の選択を再検討する」
ルチアーナの言葉が脳裏をよぎった。
――「ユリウスは完全に狂っている……でも、狂気の中にすら論理がある」
ユリウスは続ける。
「セロニアから、“次”に進め。
私の観測点は、すでに《アクリア》へと移っている」
投影が消える。
その場に残されたアルドは、ただ一つの決意を胸に刻んだ。
「狂った神だろうが……お前を止めるのは、俺の責任だ」
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数日後、セロニア復興の一環として、アルドたちの一団は《アクリア》への道を進み始めた。
だが、その背後には、別の影があった。
「……目覚めたか、《星の幼体》」
廃都市の地下で、銀色の触手が蠢いた。
それは、かつて星を喰らった“何か”の欠片。
《アストラ・ノクス》が開いた空間の“ひび”から、何かがこちらへと侵入していたのだ――