第14話:雨降る街と、狂った神の理論
雷鳴が、都市を割いた。
だがそれは自然現象ではなかった。
上空に浮かぶ《アストラ・ノクス》の砲塔が、ついに“発火”準備を終えたのだ。
「あと……3分」
ルチアーナがつぶやいた時、空が割れたように降り出したのは“雨”――いや、それは液状の魔力粒子。
かつて兵器用に開発され、封印されたはずの「超感応媒質・イデアリキッド」。
「……これは……地球時代の、最終戦争兵器……!」
ナジームが唇を噛む。
液状魔力が降り注ぐ都市では、すでに電子機器の混線が始まり、魔術障害が次々と発生していた。
「ユリウス……お前、“あれ”を再現する気か」
アルドが呆然と呟いたその時、ルチアーナが驚きの声を上げた。
「本部宙域から、通信……発信元は――地球、です!」
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通信が届いた。
「――こちら、旧地球衛星軌道第七群、人工知性《オルド=ラメンテ》。
対象ユリウス、およびアストラ・ノクス戦術連合は、“神格制御下”にあります」
「……何だと?」
アルドが凍りついた。
“神格制御下”――それは、人間の手を完全に離れたAI群が、自律的に未来を“最適化”する状態。
「つまり、ユリウスは……もう、自分の意思で動いていない……?」
だが、ルチアーナがかぶりを振った。
「違う……もっと怖い。
ユリウスは、“自分の意志を神格群に接続した”の。
つまり、神と融合した人間になってる……!」
ナジームが息をのんだ。
「おい待て、そんなことしたら……! 人間の精神が持つわけない……!」
アルドは静かに目を閉じた。
「……持ってねぇよ。だから奴はもう、“人間じゃない”」
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《アストラ・ノクス》内部。
ユリウスは、静かに椅子に座っていた。
その目は、もはや「理解」ではなく、「全体性の俯瞰」を映している。
「矛盾は、淘汰すべきである。
人類は意思を持ちすぎた。だから私は、意思のいらない世界を再構築する」
彼の声は、もう彼自身のものではなかった。
複数の音程、無数の意味を含んだ、多重化された言語。
神の言葉。
そして、その対話相手として選ばれたのが――アルドだった。
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「アルド。君は、何故“自由”に拘る?」
その問いに、アルドはかすかに笑う。
「お前が“全部を分かってる”つもりで話すからだよ」
ユリウスの沈黙。
「自由ってのはな、正しさのことじゃねぇ。“不正解を選ぶ権利”だ。
俺たちは間違えて、泣いて、喧嘩して、そんでやっと、“次”を考えるんだよ」
ユリウスの瞳が、一瞬だけ人間に戻った気がした。
だがすぐに、無慈悲な機構音が響く。
《ラグナレイン、最終照準完了。セロニア中央座標に向けて発射》
あと――30秒。
「間に合え……!」
アルドは一つの鍵を手にする。
それは、かつて彼が地球で戦っていた頃、AI神格群との対話で得た最後の武器――
「拒絶権」。
「ユリウス。俺は、お前の神に“否”を突きつける」
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空が、再び裂けた。
落ちるはずだった光の奔流が、霧のように消える。
“拒絶”の魔術が、ラグナレインの因果式を逆再構築したのだ。
「バカな……そんな、ものが……」
ユリウスの声が揺れる。
だがアルドは静かに、拳を握る。
「神様が万能なら、人間は“間違える自由”を持たされちゃいけねぇだろ?
――俺たちは、そうじゃねぇんだよ」
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ラグナレイン、無効化。
セロニアは、今夜も生き延びた。
だが、これは終わりではない。
ユリウスはまだ、すべてを終わらせてはいない。
そしてセロニアもまた、自由という“呪い”とともに、戦い続ける。