第10話:マフィアは神に抗えるか――銃弾の哲学と《存在の選択》
「……終わった、のか」
ルチアーナが呟いた。
廃棄都市、その中心で立ち尽くすアルド。
足元には“もう一人の自分”――“コピー・アルド”が崩れ落ちている。
「最後に、笑ってたな。アイツ」
アルドは空を見上げる。
そこにあったのは――歪んだ月。
その瞬間、空間が揺らぎ、“声”が降ってきた。
「見事だったな、アルド・ヴィスカリオ」
聞いたこともない声。
だが、それは言葉を越えて“脳に直接響く”音だった。
「誰だ……!」
「我は“記録者”。神の観測者として、此処に在る」
•
ルチアーナが震えた。
「《記録者》……神話の時代に、唯一神に仕えていた、“選定の使者”……」
空間に人影が現れる。
白い仮面、黄金の衣、そして異形の翼――
人間とは異なる何か、がそこに立っていた。
「お前の“選択”を、我らは見ていた。
お前は“過去の自分”を撃ち殺し、それでも“マフィア”を選んだ」
•
「だったら何だ? “マフィア”ってのはな、“好き勝手に生きる”ってことだ。
神がどう言おうと、それが“俺の選択”だ」
「だが、それが《世界の均衡》を乱す」
記録者は、淡々と告げる。
「この世界は“調和”を前提としている。
感情や欲望を抑え、全体としての幸福を追うこと。
それが“理想社会”の条件だ」
•
「理想? は、冗談だな」
アルドは笑う。
「そんなもんで幸せになれるなら、マフィアなんざ生まれねえ」
「だからお前たちを“転生”させた。
強烈な個性と暴力性を持つ者が、どう選ぶか――それが、神の問いだった」
「じゃあ、俺の答えを言ってやるよ」
アルドは銃を向けた。
「“調和”なんざ、クソくらえだ。
俺は“血と自由”の街を作る。そこに生きるやつは、誰よりも“選ぶこと”を知ってる」
•
「ならば、選べ。
――お前の世界か、“あちら”の世界か」
記録者が翳した手の先に、ひとつの映像が浮かぶ。
そこには、もう一人の人物が映っていた。
「これは……誰だ?」
「“第十の転生者”。
お前とは正反対の、絶対的な《秩序》を信奉する男」
•
映像の中の人物――軍服をまとい、整然とした都市を背景に立つ青年。
「彼は“管理による幸福”を目指している。
お前とは別の方法で、転生世界の主導権を握ろうとしている」
「……つまり、どっちの道を選ぶかってことか」
「いや。お前たちが“ぶつかる”。
どちらかの世界が、もう一方を駆逐する。
それが《最終審判》だ」
•
ルチアーナが問う。
「じゃあ……世界は、選ばれるの?」
記録者はうなずいた。
「そう。“神”は、もう選ばない。
お前たち人間が、選ぶのだ――自らの運命を」
•
アルドはしばし黙り、空を見上げる。
「いいぜ。やってやろうじゃねえか。
俺の街、《マフィアの理想郷》が、どこまで通用するのか――見せてやるよ」
そして、ふと笑って言った。
「それにしてもさ。
秩序とか理想とか――お前ら、いつまでそんなもんに縋ってんだよ」
「“生きる”ってのはな、もっと、こう……泥臭くて、カッコ悪くて、でも熱いもんだぜ?」
記録者は答えなかった。
ただ、“記録”していた。
この男の言葉を、この世界の《選択》の始まりを。