第9話:邂逅《エンカウンター》――第九の男と、記憶の齟齬《そご》
メフィスト郊外、空中に浮かぶ廃棄都市――
そこはかつての神の実験場とされ、今は誰も近づかぬ忌地。
アルドとルチアーナは、そこへと向かった。
「ここに、“9番”がいるのか?」
「“裁定所”の最後に言っていた。
『第九の転生者が、お前を否定しに来る』って」
廃墟の奥、かつて研究所だったと思しき空間に、男が立っていた。
背はアルドよりわずかに低く、黒いコートの下から覗く鋼鉄の義肢。
灰色の目、無表情な顔つき――だが、どこかで見覚えがある。
「お前が……“9番”か?」
「いや――“元のアルド・ヴィスカリオ”だ」
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「………………は?」
ルチアーナが声を失う。
アルドも、理解が追いつかない。
「俺は、“お前の前世”の複製だ。
この世界に適応するために、“記憶データ”から再現された」
「なんのために……?」
「お前を否定するため。
お前の『選択』が、この世界の均衡を崩す可能性があるからだ」
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男――“コピー・アルド”は語る。
「この世界は、“繰り返されている”」
「繰り返し……?」
「ああ。神が試みた“永遠の理想社会”をつくるため、
我々転生者は“過去の人格”を持ち込まされ、選択を観察される」
「つまり……全部、仕組まれてた?」
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「違う。お前の選択は“自由”だ。だが、その結果は――神の検証対象だ」
「だからお前は、俺を“否定”しにきた」
「そうだ。“マフィアの論理”でこの世界を変えるな。
殺しも支配も、自由の名のもとに正当化するな」
「……なら、どうするつもりだ? 殺すのか?」
「“記憶”を、返す」
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“コピー・アルド”が手を掲げる。
アルドの頭の奥で――
歯車が回る音がした。
「……ぐッ!」
脳内に流れ込んでくる映像。
焼け落ちる屋敷。
兄のように慕った男を裏切り、背後から撃った自分。
“生き残るためなら、何でもする”と笑っていたかつての自分。
そして――“妹”を、見殺しにした瞬間。
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「……やめろ……やめろっ……!!」
アルドは頭を抱える。
「忘れてたんじゃねえ……“忘れさせられてた”んだ……!」
「お前は“意図的に”記憶を封じられた。
神は《自由意志》の選択を確かめたかった。
だが今、その記憶を取り戻したお前が、“再び同じ選択をするのか”――」
「それを、確かめに来たのか」
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男は微笑する。
「俺は、お前の“終着点”だ。
お前がこのまま突き進むのなら――
いずれこの世界に、再び《戦争》が起こる」
「構わねえよ。
自由ってのは、“正しさ”と関係ねえ。
ただ、自分で選ぶってことだ」
銃を抜く、アルド。
同じタイミングで、“コピー・アルド”もまた銃を構える。
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「来い。お前が“お前であり続ける”なら――俺を超えろ」
「上等だ。“俺”を乗り越えて、“俺”になる!」
空間が歪む。
火花が弾けるように、二つのアルドが衝突する。
《過去》と《現在》が、ぶつかり合う――その一撃は、神への反逆の始まりだった。