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セオリーにしましょう、これから

作者: きんもぐら


「私、気付いてしまったんです。王道とは、なにかを」

「おぉ突然始まるやん、自分」

「まぁ落ち着いて聞いてください。何がおかしくても反論はしないようにお願いします」

「ご高説を黙って傾聴しろってことか。暴君やな。で、何に気付いたんや」

「私は、自分の思考が特殊だといわれがちです。でも先程、後輩に言われたのです。それ、いいですね、と。初めての共感に全身の細胞が沸き上がりました。これが共感。これが、多数派に入れた感覚」

「おそらくまだ少数派からは脱してないと思う」

「静粛に」




偉そうに立っている琴音(ことね)は人差し指を口許に持っていき、しぃと声を漏らす。偉そうにしている彼女の目の前にいるのは部活の先輩である。彼は、はぁと間の抜けた声を出しながらプリントをまとめる作業をこなしていた。


「多数派に属した私は気付いてしまった。それは…王道といわれる展開はそれを支持した、或いは共感した者達が多かったということ。1度目は奇跡、2度目は偶然、3度目は必然というようにその展開を何度も何度も通ればどんなに奇天烈な発想でも王道となりうる…。当たり前となる!これに気付いた私は、ついに目醒めてしまったなと、思いました」

「何に」

「私はこの思想を理解してくれる者達を集い、王道になる第一人者になれると」

「この世界は間違(まちご)おてる、私が世界を変えるんだっていう悪役になりかけてるけど大丈夫そ?悪が誕生する瞬間に立ち会いたくないんやけど」

「変える?違います、上書きするんです」

「何に共感してもらってそんなに天狗になっとるの」

「よくぞ聞いてくれました。ずばり、好きな人の好きな人は私、という説」



 まとめたプリントの束をホチキスで留めながら3年の(ゆう)は琴音の演説を聞いていた。琴音の手は完全に止まっている。口ではなく手を動かして欲しいものだが、静かにプリント作成するのにも飽きてきていたので、ここは少し琴音に喋らせよう。

 

「それって主人公の好きな人A君には好きな人がいてBさんが好きみたいな展開?」

「悠先輩までそちらの切な系展開に行くんですか」

 


 あ、どうやらそっちではないらしい。

 一度だって彼女とは意見も思考も合わない。

 

「さっきもいいましたが好きな人の好きな人は私!どうして恋を叶わないものにするんですか!貪欲にいきましょうよ!だってほら、私の好きな人は悠先輩だけど先輩の好きな人は私でしたとか、最高にときめくし、え!?私たち両想いだったの!?っていうハッピーエンドになれるじゃないですか」

「例えを身近に置くと気まずくなるから人変えて欲しいし俺の心の捏造やで、それ」

「ハッピーエンドには多少の捏造と強引さがないと成立する可能性が低いです!ここで大事なのは、第三者がいそうなテーマなのに二人で簡潔する展開もあるということ。先輩もさっき言ってたじゃないですか、先輩はBさんが好きという、無意識に第三者を作る。これが暗黙の了解、これが王道。だれもが声には出さないが、共通認識。私と先輩の間にいる第三者。私はこの形式を、取り払いたい」


無意識なのか、わざとなのか例えを一切変える気のない琴音に半ば呆れながら話を聞く。悠はちゃくちゃくとプリントをしあげていく。

 ぱちん。

 パチン。

 


「今回をきっかけに少数派だから落ち込むのではなく、同士を募り革命を起こせるんだと気付きました。声を大にして言いたい。ここにも王道の卵はいるよ、と!第三者のBさんはいなくてもいいと!」

「困難とかライバルいたほうがこう、話としておもろくなるんやない?」

「Bさんいらないんですよ!ごちゃごちゃ混ぜッ返して最終的に両想いになれるなら直でくっついた方がいいし気持ち的に辛くならなくていい!すぐにハッピーになれる!王道になり得るポテンシャルを秘めているんです!私が言いたいのは、王道にはなっていないがこんなにもときめける少数派にも耳を傾けましょう、そして我々が王道、セオリーを上書きするんです。時代を変えるんですよ!!」

「ずいぶんとまぁ壮大になったな、その熱意のままこのプリントの束を順番どおりにしてホチキスしてもろてええかな?順番間違えんでな?出来るな?先導者様?」

  


まだまだ終わらない作業に痺れを切らした悠は琴音の手元を見る。演劇部員用のスケジュールプリント。合計40部作らねばならないのだが、出来上がっているのは悠のも合わせて20もいっていない。途中から熱が入ってしまった琴音が作業放棄をするのは誤算であった。演説を止めなかった悠にも非はあるため作り続けていたが、限界だ。稽古の集合時間まで後ちょっとしかない。

 

「先輩こそホチキス何度も外してつけ直してるから作業停滞してますよ」


 言いたいことを言いきった彼女はプリント製作を再開しつつこちらの進捗に文句を言う。とんでもない例えに巻き込まれて平常心でいれるわけがないだろうと叱咤したかったが、それはつまり自分が琴音を好き、という部分に照れ臭いという感情を抱いたのを言うようなものだ。後、5部出来たら彼女を置いて部室に行こう。

 

 

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― 新着の感想 ―
一見賢そうな言葉遣いですが漫才のようなアホらしいやりとりに、ドクドクのユーモアを感じました。 会話劇として、とても楽しかったです。
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