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出会った日(1)

 ――ドォオオンッ!!


 激しい音と共に窓がビリビリと震え、建物全体も揺れたように感じる。


 机の上で書類を広げ、それに目を通していたレナートは顔をあげた。


 音の出どころを探るために窓辺に寄り、カーテンを手で払う。

 夜も深くなり、人々が眠りにつき始める時間帯だというのに、窓の向こう側が煌々としていて眩い。


 明るさの原因を探るため窓を開けると、熱気を孕んだ空気が顔を覆った。道路を挟んだ向かい側にある宿が、ゴォゴォと音を立てて燃えている。


「くそっ」


 早く火を消さねば周囲にも飛び火する。


 消火のために人は集まり始めているが、そこに水が扱える者がいるかどうかは別問題である。

 水のない場所に水を引くのは騎士団や自警団の役目。水のない場所に水を呼び寄せるのは魔術師の役目。


 レナートは目をこらすが、魔術師らしき人物の姿はまだ見えない。そもそもこの国では魔術師と呼ばれる人間が少ない。


「ちっ」


 せっかくの休みが台なしではないか。


 だからといって、目の前の現状を見て見ぬふりするほど薄情な男でもない。


 窓枠に手をかけて軽やかに飛び降りる。

 レナートがいた部屋は三階であった。それでもまるで羽根でもあるかのようにふわりと飛んだように見えたのは、彼の浮遊魔法のせいである。


 外に出れば火の粉が舞い、さらに熱風が吹き付けてくる。怒号が飛び交い、逃げ惑う人々。誰もが自分の命を守るのに精一杯だ。

 レナートはぐるりと大きく周囲を見回した。まだ、騎士の姿も魔術師の姿も見えない。自警団と思われる男たちが、逃げ道を誘導しているくらいである。


 短く息を吐いて、気持ちを整える。彼はすっと右手を空に向かって伸ばす。


 心の中で雨雲を呼ぶ。


 ポツポツと雨粒が落ち始め、それがザァザァと音を立てて火の勢いを弱めるまでにはそう時間はかからなかった。


 額に滲む汗に張りつく前髪を払って、レナートはその場を去る。


 あとは、これからやってくるだろう騎士や魔術師がなんとかしてくれるはずだ。この場にとどまっていると、彼らに見つかって面倒なことに巻き込まれそうだ。


 レナートが呼び寄せた雨雲は、燃え盛る炎の上にだけ集まり、その場所だけ雨を降らせている。誰が見ても魔法の力によるものとわかる。


 だから、さっさとこの場を去りたかった。


 魔力はほとんどの人間が備えており、生活のために必要な魔法を使う。火を起こす、明かりを灯す、湯を温める。そういった魔法を生活魔法と呼ぶが、このような大きな魔法を使えるまで魔力を持っている人間は少ない。


 特にこのイングラム国においては、こういった魔法を使えるだけの魔力を持ち合わせている人間が非常に少ない。すなわち、魔術師と呼べるような存在が貴重なのだ。それでも、各所に一人くらいは配置されているはずなのだが。


 ――たすけて……たすけて……。


 レナートは宿に向けていた足を止めた。


 幼い声が聞こえてきた。それは耳に直接聞こえてきた声ではない。頭に直接呼びかけてきたのだ。


 思念伝達魔法。心の声を飛ばす魔法をそう呼んでいる。


 この状況で「助けて」と訴えるのは、爆発に巻き込まれ人間ではないのだろうか。そして声から察するに子どもだろう。


 くるりと向きを変えると、背中で一つに結わえている黒い髪がバサッと揺れた。


 声のする場所を探る。


 ――たすけて、たすけて……。おねえちゃんをたすけて……。


 もちろん助けを呼ぶ声に応えたいという思いもある。だが、それよりもこれだけ幼い子が思念伝達魔法を使って助けを呼んでいる状況が気になっていた。


 思念伝達魔法も高等魔法である。魔術師の中でも使える者は限られている。それを、幼子が使い、助けを求めているのだ。


 レナートは感覚を研ぎ澄まし、声がするほうへと足をすすめる。建物を覆っていた炎の勢いは弱まっていた。

 燃えた建物の近くの少しだけ奥まった路地に、複数の人がへたりと座り込んでいた。建物の壁に背中を預け、足を投げ出している。


「宿にいた人間か?」


 レナートが声をかけると、彼に気づいた人間は生気のない表情を向けてきた。


「俺に助けを求めたのは誰だ? 子どもがいるのか?」

「ぼく……」


 五歳くらいの男の子がおずおずと手をあげた。寝衣姿なのは、眠っていたところを逃げてきたからだろう。


「おじさん。ぼくの心の声が聞こえたの?」

「怪我は?」


 レナートが尋ねると、男の子は首を横に振る。見たところ、両足でしっかりと立っており、意識もはっきりとしているようだ。


「だけど、おねえちゃんが……」

「わかった。騎士団がくるまでできる限りのことはしよう」


 男の子はレナートの上着の裾を引っ張った。こっちへ来い、と言っているのだろう。

 宿の客と思われる人々は惚けており、うすら汚れた感じではあるが、大きな怪我を負っている者はいないように見えた。


「おねえちゃんが、ぼくを助けてくれた……」


 路地の一番奥に、一人の女性が横たわっていた。その側では、別の女性が何か布地をあてがって止血をしている。


「おかあさん。おじさんが、おねえちゃんを助けてくれるって」


 男の子に「おじさん」と呼ばれるたびに、もやっとした気持ちが生まれるのだが、今はそれを気にしている場合ではない。


 膝をつき、倒れている女性を確認する。


「彼女は?」


 止血していた女性から布地を受け取り、傷口をきつく縛り上げる。そこに、固定魔法をかけたので、しばらくすれば血も止まるだろう。怪我をすぐに治せるような魔法はない。それは、『聖なる力』と呼ばれる領域だ。


「お前の姉なのか?」


 男の子に尋ねると、彼は勢いよく首を横に振った。あまりにも激しくて、首が外れてしまうのではと心配になるほど。


「おねえちゃんは、馬車でいっしょになった」


 爆発した簡易宿は、馬車移動の中継点にも使われていたようだ。


「ソクーレにいくところ」

「ウリヤナさんはソクーレに向かわれていたのです。その馬車で一緒になりました」


 先ほどまで倒れていた女性の止血をしていた女性は男の子の母親なのだろう。男の子の言葉を補足するかのように口を開いた。

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