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別れを告げた日(2)

 クロヴィスの婚約者となったウリヤナは、定期的に王城へ顔を出すようになった。いつもは神殿で祈りを捧げ、国内の状況を確認し、実りの悪い場所へは足を運ぶ。


 彼女はそのような生活を送っていると聞いていた。


 久しぶりに会ったウリヤナは、以前と変わらず質素な装いであった。それでも、彼女の内側からは自信とか威厳とか、そういった前向きな感情が溢れ出ている。彼女と比べたら、なんて自分は惨めなのだろう。


 ウリヤナは王城を訪れると、コリーンをお茶に誘っていた。他愛もない話をして、時間を共に過ごす。ウリヤナは以前と変わっていない。変わってしまったのは、そんな彼女に醜い嫉妬心を抱くようになったコリーン自身なのだ。


 だがそんな気持ちを悟られないようにと、必死に平静を装っていた。


 それからしばらくして、クロヴィスの噂も聞こえるようになった。公の場ではウリヤナを隣に連れているが、それ以外――ウリヤナがいないような場所では他の令嬢を侍らせている。


 それとなくウリヤナに伝えたが、彼女は取り乱すようなことはせず、ただ黙って話に耳を傾けていた。


 クロヴィスはウリヤナをどう思っているのだろうか。ちがう令嬢を隣におきながらも、ウリヤナを見つめる瞳はどこか寂しそうに見えた――。


 ある日、コリーンが王城の回廊を歩いていると、一人の神官に呼び止められた。


『やや、あなた様はウリヤナ様と親しくされているコリーン様ですね』


 ウリヤナのおかげだとしても、そうやって名が広まっているのは悪い気はしない。


『実はここだけの話ですが――』


 その神官は、そっとコリーンに耳打ちした。


 ――ウリヤナ様は、聖なる力を失われてしまったのです。


 コリーンは思わず息を呑んだ。いや、呼吸の仕方を忘れてしまったかのように胸が痛んだ。


 さらに神官は言葉を続ける。

『聖なる力は近しい人間に移るとも言われています。一度、神殿で魔力鑑定を受けてもらえませんか?』


 その一言がきっかけとなり、コリーンの周辺は一変した。


 魔力鑑定の結果、微力ながら聖なる力があるとわかったのだ。


『コリーン様の力はまだ微力です。神殿で力を高める訓練を行ったほうがいいでしょう』


 コリーンに聖なる力が目覚めたという話はすぐに国王の耳にも届く。


『クロヴィスと婚約しろ。そうすれば神殿ではなくこちらにおいてやる。ウリヤナを見てみろ。神殿で力を高めるどころか、力を奪われた。その力を守りたければ、ここにいたほうがいいのではないのか?』


 ウリヤナが神官たちに言われるがまま、聖なる力を使っていたのは知っていた。その結果、力がなくなってしまったとは知らなかった。


 だからコリーンは神官たちの言葉には従わなかった。


 それでもクロヴィスはウリヤナを手放そうとはしなかった。力を失ったとしても、彼はウリヤナを望んでいた。


 コリーンはせっかく目覚めた聖なる力を守りたかった。それに、クロヴィスの婚約者という魅力的な地位もある。そこにおさまれば、未来の王太子妃だ。


 聖女であって王太子妃。誰もが羨ましがるような状況に手が届きそうであった。


 だからコリーンも、国王から『どんな手を使ってでもクロヴィスと婚約しろ』と言われたときには、国王からも望まれていると思ったのだ。


 王家は聖女の力を欲しがっている。

 力を失ったウリヤナは必要とされていない。

 クロヴィスの婚約者はコリーンでなければならない。


 コリーンが聖女として招待された晩餐会で、クロヴィスは珍しく盛大に酔っぱらってしまった。

 彼を自室まで送り届けたのはコリーンであり、彼女はそのまま彼の部屋で朝を迎えた。


 あのときのクロヴィスの慌てようは、今思い出しても笑いが込み上げてくる。


 国王からは「よくやった」と褒められ、クロヴィスはそんな国王から責任を取るようにと詰め寄られていた。


 ここからは話がとんとんと進む。クロヴィスもどこか諦めがついたのだろう。


 ウリヤナを呼び出すと、婚約解消を突き付ける。その様子を、コリーンは隣の部屋から見ていた。

 心を強く持つ。


 クロヴィスの婚約者になるのだから、地味な装いであってはならない。自信を持たなければならない。

 そう自分に言い聞かせ、心を奮い立たせる。


 クロヴィスに呼ばれ彼の隣に座っても、ウリヤナは表情を一つも変えなかった。ただ、侮蔑の眼差しを向けていただけである。


 彼女の顔を歪ませたくて、コリーンはいろいろ言葉を口にしたが効果はなかった。


 それでもクロヴィスが彼女を側妃に迎えたいと思っていたとは知らなかった。力を失ったとしても、クロヴィスはウリヤナを手放したくなかったのだ。


 だがそれは、ウリヤナ自身が拒んだ。それを聞いて、どこかほっとした自分がいた。


 それから数日後、ウリヤナは姿を消した。


 だからもう、大丈夫だと思った。

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