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別れを告げた日(1)

 コリーンは爪を噛んだ。イライラとしているのは否定しない。


 聖なる力に目覚め聖女となり、王太子クロヴィスの婚約者という立場を得たはずなのに、そのイライラは募るばかりだ。


 それもこれも、あのウリヤナのせいである。


 彼女とは母親を通して知り合った。同い年で同じような立場にあるため、すぐに意気投合した。

 派手なものを好まない二人は、お茶会で顔を合わせる他の令嬢からは「地味二人組」と陰口を叩かれることもあった。


 だが、そんな悪口も気にならなかったのは、ウリヤナがいたからだ。

 一人ではない。その気持ちがコリーンを強くした。


 社交界デビューを迎える年になっても、ウリヤナは地味だった。

 その頃にはカール子爵家の噂もちょくちょくと耳に届くようになる。


 出資していた商会に裏切られ、資金を全部持ち逃げされた――。

 人のよいカール子爵家は騙されたのだ。

 そんな噂である。


 それ以降、ウリヤナも子爵夫人も、お茶会に顔を出さなくなった。

 お茶会どころではなかったのだろう。


 それでもウリヤナは、社交界デビューには上等な真っ白いドレスをあつらえていた。デザインは少し古そうに見えたが、ドレスの裾に広がる花をモチーフにした繊細な刺繍、胸元に縫い付けられている細やかな宝石には目を奪われたものだ。


「見栄を張っている」と口にする者もいたが、コリーンはそうは思わなかった。


 白いドレスはウリヤナの母親のものだし、刺繍はきっとウリヤナ本人と母親の手によって作られたものだろう。宝石だって、昔から用いているものに違いない。


 一つ一つには金はかけられていないのに、それでも華やかに見えるのが不思議であった。


 生活もけして楽ではないだろう。それなのに、幸せそうに父親と顔を毎わせて微笑んでいる姿に胸が痛んだ。


 社交界デビューの日は、家名を呼ばれ国王との謁見から始まる。その後、別室に呼ばれて魔力鑑定を受ける。


『とても強い魔力を感じます。訓練を積めば、国家魔術師も夢ではないようです』


 コリーンは、他の者よりも魔力が強いとのことだった。本人が望めば、魔術師としての訓練を積み、将来は国家魔術師としての道もある、と。だが、その道を進むためには魔力を高めなければならない。それに耐えられるかは本人の体力と気力によるものだ、と。


 他人と違う能力があったことに、コリーンの心は大きく跳ねた。


 国家魔術師――。選ばれし者の集団。ここに入れば、コリーンの生活は一変する。ただ鍛錬は厳しいものと聞く。


『娘にそのような生活は求めません』


 厳しい口調でそう告げたのは、コリーンの父親だった。


『そうですか。無理強いするものでもありませんので』


 そのときの神官長は、とても寂しそうな顔をしていた気がする。


 コリーンは可能性があるならば、魔術師の道を目指したかった。だが、それをこの父親が許すわけがない。聖女であるならば、まだしも――。


 そう思いながら大広間へと向かい、ダンスの輪に混ざる。父親と踊るダンスは可もなく不可もなく。ただ、父親は面白くなさそうに唇を真っすぐに閉ざしていただけだ。


 その後、ウリヤナたちがやってきたが、このときコリーンは彼女が聖女として認定されたことを知らなかった。


 ただウリヤナは、恥ずかしそうにはにかみながらカール子爵と踊っていて、そんな娘を見守る子爵の眼差しが羨ましいと思っていた。


 ウリヤナが神殿に入ると聞いたのは、それから十日後だった。


 意味がわからずカール子爵家を訪れると、ウリヤナは先日の魔力鑑定で聖なる力が認められたとのことだった。


『聖なる力? 聖女? ウリヤナが? すごいじゃない。私も友達として鼻が高いわ』


 コリーンがそう口にすれば、ウリヤナも悲しそうに微笑んだ。


『私が聖女だなんて……信じられない……』


 信じられないのであれば、その力を分けてほしい。羨ましい。


 優しそうな家族もいて、他の誰にもない能力を持ち合わせて。

 なぜそれが自分ではないのだろう。同じような人間だと思っていたのに、なぜ彼女が選ばれたのか。

 そんな思いがコリーンの中に沸き起こる。それでも、その気持ちに気づかない振りをしてウリヤナを見つめた。


『きっと、ウリヤナだから力に選ばれたのよ。神殿に入るの? 気軽に会えなくなるのは寂しいけれども。だけど、ウリヤナならできるわ』


 ウリヤナ・カールという人間はいなくなるのだ。これから彼女は聖女様となる。


 沸々と沸き起こる嫉妬という名の感情に蓋をしながら、目の前の彼女を励ました。


 その後しばらくして、コリーンは侍女として王城に務めることとなった。父親がどこからか持ち込んできた話である。


 王城務めをして将来の伴侶を探せ――。


 父親は口にしなかったが、そのような意図があるくらい、容易に想像できた。むしろ、ほとんどの子女がそうしている。


 だが、あの父親と離れられるのは僥倖でもある。


 王城務めはよくもなく悪くもなく、ただコリーンにとっては父親と離れるための口実のようなものでもある。


 同じように王城で働く者たちと知り合い、縁も広がっていく。魔術師に憧れもあったが、今の生活も悪くはない。

 そう思っていた矢先、ウリヤナが王太子であるクロヴィスと婚約したと知った。


 聖女ウリヤナと王太子クロヴィスの若い二人の婚約。これは国中を悦びに導く知らせであり、実際に、各地各地で祝いの催しものが開かれたとも聞いている。


 なぜウリヤナなのか。


 その思いが日に日に高まっていく。

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