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旅立つ日(2)

 乗り合い馬車には、母子と思われる女性と幼い男の子、商人風の格好をしたでっぷりとした男性が一人乗っていた。どこに座ろうかと考え、やはり同じ女性のほうが安心するのもあって、彼女たちに近いほうの席を選んだ。


 すると男の子がウリヤナに気づき、ニコリと微笑む。ウリヤナも笑顔を返す。

 男の子は母親の服の裾を引っ張り、何かを話しかけている。女性も顔をあげ、ウリヤナに視線を向けると頭を下げた。ウリヤナも同じように頭を下げる。


 たったそれだけの仕草であるのに、急に親しみを感じた。


 はぁと、深いため息が聞こえた。


 これの主はもう一人の男性だろう。嫌なヤツらと一緒になってしまったと、無言で訴えているに違いない。ウリヤナは座席に深く座り直すと、荷物を両腕に抱え込んで目を閉じた。


 力を失ったウリヤナが北のソクーレまで移動することを、神殿にいる者たちは非常に心配した。理由は一つ。聖なる力もなく魔力もないからだ。


 そのため神官たちは、ウリヤナに魔力を封じた魔石をいくつか持たせてくれた。これがあれば、魔力のない者、魔力が弱い者であっても、魔石の魔力を用いて簡単な魔法を使える。


 移動中に何かあったときに使いなさいと、彼らは口にしていた。

 それでも何もないことを祈るだけだ。

 ガタガタと馬車は悪路を進んでいく。硬い椅子にお尻は痛くなる。そんな不規則な揺れは、うつらうつらと眠りへと誘う。転寝と覚醒を繰り返し、休憩になれば外に出る。


 休憩の間、馬車を引く馬は体力回復薬を飲ませられる。こうやって馬車馬は、昼間の間はわずかな休憩だけで何時間も馬車を引くのだ。そのため、馬車馬のごとくというのは、半奴隷的な立場を指す言葉でも使われていた。


 太陽が半分ほど西側に隠れた頃、中継点のテルキの町についた。ソクーレに向かうには、あと二つの馬車を乗り継ぐ必要がある。


 今日はテルキの宿で一泊する。


 質素な宿であるが、横になって休めるのはありがたい。あの母子も同じようにソクーレに向かうと言っていた。馬車の中では誰も喋らない。


 男の子も、声をあげるようなことはせず、母親に寄り掛かってうとうととしていた。あの年のわりには聞き分けのよい子だなと思って、ウリヤナも感心したものだ。


 その分、休憩で馬車が止まると、彼は外ではしゃぎ回る。ウリヤナに対しても、眩しいほどの笑顔を向けていろいろと話しかけてきた。


『ぼくとおかあさん、ソクーレに行くんだよ』


 彼らは王都ネーウで暮らしていたが、父親が亡くなり暮らしが立ちいかなくなって、母親の生まれ故郷であるソクーレに戻ると言っていた。


 男の子の父親は、騎士団に所属していたらしい。下級騎士であったが、王都の外れで起こった暴漢事件に誰よりも早く駆けつけ、そのときに犯人によって刺されてしまったとのこと。その暴漢は、あとから駆けつけた他の騎士によって取り押さえられ、今は騎士団が常駐している建物にある地下牢で身柄を拘束している。


 その話を聞いたとき、ウリヤナもそんな事件があったことをぼんやりと思い出した。まだ王都の警備が行き届いていない現状に、自分は何かできないのだろうかと胸を痛めた。それをクロヴィスに相談したが、彼にとっては下級の民の生活など興味がないようだった。


 ウリヤナが必死に訴えても「ふぅん」としか返ってこない。クロヴィスが話を聞いてくれなければ、内容が内容なだけにウリヤナが相談できる相手などいない。心にもやっとした何かが残ったが、結局何もできずにいたのだ。


 そんな彼らも苦しみから解放されるようにと、神殿で祈りを捧げることしかできなかった。もしかしたらそれは、ただの自己満足だったのかもしれない。


『大変だったわね』


 彼の話を聞いたウリヤナが言えたのは、その一言だけだった。優しく頭を撫でると、彼は目を細める。それは、すり寄ってくる猫のようにも見えた。


 馬車に乗ると、あれだけはしゃいでいた男の子も静かになる。こくりこくりと頭を動かして、母親に寄り掛かって眠ってしまうのだ。


 じっと見つめていると、母親が彼に魔法を使っていることに気づいた。

 母親が顔を上げると、右手の人さし指を唇の前で立てている。

 ウリヤナはゆっくりと頷いた。


 子供の小さな身体では馬車での長時間移動は負担になる。だから母親は魔法を使って眠らせている。彼女が息子を撫でる手は、優しかった。


 部屋はシンと静まり返っている。


 目をしっかりと閉じていたはずなのに、移動中のやりとりを思い出していたウリヤナは、目が冴えてしまった。身体は疲れているが、頭ははっきりとしていて眠くない。


 ため息をついて寝返りを打つ。硬い寝台、薄い寝具。屋敷や神殿と暮らしていた時とは違う環境。だが、これからはそれに慣れなければならない。

 重くならない瞼を無理矢理閉じて、なんとか夢の世界へ向かおうとしたとき、大きな音が聞こえてきた。


 ――ドォオオンッ!!

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