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旅立つ日(1)

 神殿側は、ウリヤナが聖なる力を失っていることをもちろん把握していた。それでも彼女に居場所を与えていたのは、失った力が戻ってくるかもしれないと考えていたためだ。


 聖なる力は魔力と異なるため、何がきっかけで力が与えられ、何がきっかけで力を失われるかがわからない。だから、力が戻ってくることに彼らは期待したのだろう。


 ウリヤナが神殿を出ていくと口にしたとき、神官たちは戸惑いを見せた。


 新しい聖女であるコリーンは、神殿には寄り付かない。国のためにと言われている聖なる力を私利私欲のために使っているようにも見える。


 そんな彼らからしたら、意思は強いが神殿の教えを守っているウリヤナは、手放したくない人材なのだ。

 そしてウリヤナが聖なる力を失ってしまったため、聖女と呼ばれる存在はコリーン一人。聖なる力がいつ誰に目覚めるかわからないため、聖女が不在である期間もあった。ウリヤナは、十年ぶりの聖女と言われたのだ。


 だがコリーンが聖女としてクロヴィスの婚約者の立場におさまってしまった以上、ウリヤナはもうあの二人に関わりたくなかった。神殿にいれば、何かと呼び出されて、いいように使われてしまうかもしれない。


 それは絶対に避けたい状況でもある。


「修道院でお世話になろうと思います」


 修道院は信者たちが共同生活を送る場である。神の住まう場所で、神と共に生活している者たちがいる神殿とは生活様式も異なる。


 また、国内に修道院はいくつかあるが、それのどこもが国の外れにある。修道院と孤児院を国の外れ――国境におくのは、隣国へのけん制のためでもあった。


 ウリヤナは、北の国境の町ソクーレにある修道院へ行こうと決めていた。

 ここは、国内に数ある修道院の中でも最も規律が厳しいと言われている。


 ウリヤナは自らその生活を望んだ。厳しく忙しいほうが、余計なことを考えずにすむ。


「ウリヤナ様……」


 神殿をそっと立ち去ろうとしていたのに、いつもウリヤナを気遣ってくれた侍女に見つかってしまった。


「私たちは、いつでもウリヤナ様が戻ってこられるのをお待ちしております。ウリヤナ様のおかげで私たちは……」

 言葉の先は嗚咽に飲み込まれる。彼女の目からは、ぼたぼたと涙が溢れていた。

「ありがとう。あなたのその言葉だけで充分だわ」


 ウリヤナの我儘でソクーレに向かうのに、神殿で働いている御者の男も乗り合い馬車乗り場までウリヤナを連れていってくれると言う。それは神官たちも許可を出したとのことだった。


 力を失った自分に対して、彼らがここまで気にかけてくれているとは思ってもいなかった。コリーンの言葉通り、追い出されるものと思っていたからだ。


 それでも、彼らの言葉に甘えてはならない。この場にとどまれば、両親や弟にも迷惑をかけてしまうだろう。


 両親はウリヤナが神殿で生活するのをよしとはしなかった。自分たちに金さえあればと、何度も悔やんでいた。家族だからと彼らは言ったが、ウリヤナも家族だからこそ両親と弟には苦労のない生活を送って欲しいと思ったのだ。


 クロヴィスとの婚約の話があがったときも、父親だけは身分不相応だと口にした。だが、そんな理由で婚約の話が立ち消えになるわけではない。むしろ聖女となってしまった彼女にとって、クロヴィスの婚約者として相応しい身分を手にいれてしまったのだから。

「ウリヤナ様。私はここまでしかご一緒できません」


 王都の南の外れにある、馬車乗り場。ここには各方面へと向かう乗り合い馬車が集まっている場所でもある。


「ウリヤナ様。乗り合い馬車はいろいろな方が利用されます。けして気を抜かぬよう、お願いします。ましてウリヤナ様は……」


 御者はウリヤナの手を両手で握りしめた。まるで、子どもの門出を心配するような親にも見えなくはない。その微妙な気持ちが、恥ずかしくもあり嬉しくもある。


「カール子爵家には、神官長のほうからそれとなく伝えてくれるそうです」

「ありがとう。あなたにも迷惑をかけたわね」


 ウリヤナの言葉に御者はぶんぶんと首を横に振る。


「ウリヤナ様が神殿に来られたのは、ウリヤナ様の意思ではないかもしれませんが……。それでも私たちにとっては、喜ばしいことであったのです」

「そうね……」


 ――神殿で生活をし、聖なる力を高めろ。


 それが、ウリヤナが国王からかけられた言葉だった。


 そこに金がちらついていたのも事実である。ただでさえ、あの時期は火の車の状態であったカール子爵家は、王命に背いたらあっという間に取り潰されてしまっただろう。渋る父親を宥めたのもウリヤナで、国王に交換条件を出したのもウリヤナだった。


 聖女を輩出した家には褒賞金を――。


 金にがめついと言われようが気にしなかった。むしろ、王族のほうががめついだろうと思っている。

 それに、聖女となってしまったため、これからの人生はウリヤナのものではなく、聖女のものとなり国のものとなるのだ。今後のウリヤナの生活を王族によって勝手に決められてしまったのだから、金くらい望んでも罰は当たらないだろう。


 ウリヤナが聖女となり神殿で生活をし始めた途端、カール子爵家の懐は潤った。それでも彼らの生活は質素であり、民のためにと奔走している。


 そのような場所にウリヤナが戻ったとしたら、また彼らは胸を痛めるにちがいない。

 そんなウリヤナは、婚約解消時にクロヴィスに一つだけ約束を取り付けていた。今まで王家がカール子爵家に支払った褒賞金などの返還を求めないようにするものだ。


 だから、きっと大丈夫。


 ウリヤナは自分にそう言い聞かせて、北に向かう乗り合い馬車へと乗り込んだ。

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