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婚約者と友を失った日(2)

 コリーン・エイムズ、エイムズ子爵令嬢。同い年である彼女とは、母親を通じて知り合い、何度も茶を飲んだ仲である。社交界デビューする前から、親しくしていた友人のうちの一人だ。


 ウリヤナが聖女として神殿へ行かねばならないことを知って、たくさんの涙をこぼしながらも励ましてくれたのが彼女だった。


 ウリヤナがクロヴィスの婚約者となり、王城を訪れる機会が増えてからは、彼女と会っておしゃべりをする場を設けることも可能となった。


 コリーンは、以前と変わらぬ屈託のない笑顔で、ウリヤナを励ましてくれたのだ。

 彼女もまた、王城で侍女として務めていた。高貴なる生まれの子女は、王城務めを通して縁を作る。将来の伴侶を探すための務めといっても過言ではない。


 ウリヤナの友人でもあるコリーンの名をなぜ彼が呼ぶのか。


「待ちくたびれましたわぁ、クロヴィス殿下」


 隣の控えの間と続く扉から姿を現したのは、やはりウリヤナも知っているコリーン・エイムズであった。だが、それはウリヤナの友人である彼女とはどことなく雰囲気が違う。


 いつもの彼女は、派手な装いを好まずどこか控えめなドレスを着ていた。それでも身に着けた教養は身体の中から滲み出ているような清楚な女性だったのだ。


 だが、目の前にいるコリーンは深紅のドレスを身に纏い、艶やかな唇にも真っ赤な口紅が引かれている。赤みのかかった茶色の髪は大きくうねって背中に流れていた。


 妖艶な美女と表現すれば聞こえはいいが、どことなく娼婦を思わせるような雰囲気を醸し出している。

 彼女は躊躇いもせずにクロヴィスの隣に座った。ふわっと、香水の強いにおいがウリヤナの鼻をかすめた。


「ウリヤナ。私は彼女と婚約をするつもりだ」


 優しい笑みを浮かべたクロヴィスの視線の先には、勝ち誇った笑みを浮かべているコリーンがいる。


「左様、ですか……」


 そう呟いたウリヤナの声はかすれていた。声にならないような声。


「あらぁ、ウリヤナ。悔しいのかしらぁ? 悔しいのならぁ、泣いてもよろしくてよ?」


 クロヴィスの腕に自身の腕を絡ませたコリーンは、彼に身を寄せる。ドレスの胸元から見え隠れする谷間を、彼の腕に押し付けているようにも見えた。


「いいえ……」


 悔しくはない。クロヴィスとのことはもういい。彼が他の女性を侍らせるようになった一年前から、彼の心は離れていたのだ。それを無理矢理つなぎ止めようとした、自分の浅はかな行為を恥じているだけである。


「このたびは、おめでとうございます」


 鼻の奥がひりひりと痛んだ。


「ありがとう」


 どことなく婀娜っぽい笑みにも見えた。こんなコリーンをウリヤナは知らない。


「ふぅん。こう見ると、あなたはなんだって間抜けな顔をしているのねぇ」

「聖なる力がなければ、彼女は地味な女だからな。聖女と呼ばれて、有頂天にでもなっていたのだろう? だから力を失った途端、このざまだ」


 ウリヤナは膝の上に置いた手をきゅっと握りしめた。


「そうよねぇ。聖女になった途端、人を見下すような態度をとっていた罰ではないのかしらぁ? 力を失うだなんて……いい気味だわぁ」


 奥歯を噛みしめながらも、絶対に二人から目を逸らさなかった。ここまで言われなければならない理由はわからない。


 それに、ウリヤナはけして人を見下すような態度をとったつもりはなかった。だが、他人からどう思われていたかはしらない。もしかしたら、そう思われるような行いをしてしまったのか。


 ウリヤナは聖女として神殿で祈りを捧げ、この国を平穏に導いているつもりだった。聖女の癒しの力は、何も人間にだけ効果があるものではない。土壌だったり気候だったり。作物が豊かに実るのも、必要なときに雨が降り、太陽が煌々と輝くのも、聖女の力の一つとも言われているのだ。それによって、人々は飢えと渇きという苦しみから解放される。


「ねえ、ウリヤナ。教えてあげるわぁ」


 右手の人さし指を、唇の前に立てる仕草がわざとらしい。


「私もねぇ。聖なる力が目覚めたのぉ。だから、ヴィーと婚約する資格を得たのよぉ」


 婚約する資格だけでなく、彼を愛称で呼ぶ資格も得たようだ。ウリヤナは口を閉ざしたまま、彼らの話を聞き流す。

 聖なる力は何がきっかけで現れるかがわからない。そして、何がきっかけとなって失うのかもわからない。


「でもぉ。わかったのが遅かったじゃない? だからぁ、神殿には入らないでねぇ?」


 ね? と顔を見合わせている二人には、二人にしかわからない世界があるのだろう。


 そもそも聖なる力が出現したのに、神殿の管理下に置かれないことが特例だ。その特例を作ったというのであれば、神殿よりも強い力が働いたということになる。つまり、王族の力。もしくは金の力。

 どちらもウリヤナにはなかったものだ。


「あ、でもぉ。ウリヤナは力を失ったのよねぇ? となれば、神殿からも追い出されてしまうのかしら? あらぁ、かわいそう。もちろん、カール子爵家には戻れないわよねぇ。婚約も解消されて、聖女ではなくなったからだなんてぇ。恥ずかしくて、両親に合わせる顔がないでしょう?」


 ね? とまた二人は顔を見合わせている。


「いいことを考えたわぁ。家にも戻れない、神殿にもいられないあなたは、私付きの侍女なんてどうかしらぁ?」


 今まで聖女だった者が侍女に、侍女だった者が聖女に。


「お気遣い、ありがとうございます。ですが、私にはやりたいことがありますので」


 絶対に泣かない。怒りを滲ませてはならない。腹の底で腸が煮えたぎるくらいの感情に侵されていたとしても、それを絶対に顔に出してはならない。


「そう……。だったらぁ、早急にこの場から立ち去るのね。あなたが泣いて私の侍女として働かせて欲しいと懇願したら、今までと同じように友達を続けてあげようと思っていたのだけれどぉ」


 コリーンはクロヴィスに顔を向けて「ね」と首を傾げている。

 何かあるたびに、こうやって二人で示し合わせたように視線を合わせる行為に、虫唾が走る。


「力を失った元聖女様も、プライドだけは高いのだな。こちらのお情けはいらないのだろう。君が望むならばコリーンの侍女として居場所を与え、側妃にでもと考えていたのだが……。即刻この場から立ち去るがいい」


 聖なる力を失ったウリヤナは、この日、婚約者と友人を失った――。


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