招待を受けた日(2)
イングラム国の王都ネーウから、ローレムバ国のザフロス辺境領までは馬車で丸三日かかる。
いつもよりもみすぼらしい馬車に乗せられ、クロヴィスははたと思った。
「アル、ローレムバに向かうのにこのような馬車でよいのか?」
「殿下。今、我が国の状況はけしてよいとは言えません。いかにもといった目立つような行動をされますと、狙われてしまいます」
アルフィーが真剣な顔でそう言えば、クロヴィスも納得する。
コリーンもおそるおそるといった感じで馬車に乗っているが、彼女の目はどことなく死んだ魚を思わせた。
ここ最近の彼女は酷い。
毎日、何かに怯えるかのようにして、王城で身を潜めている。その「何か」は民の声だ。
今回のローレムバ国の訪問は、そんな彼女の気持ちを少しでも晴らせるのではないかと思っている。
ガタガタと不規則に揺れに、身体も痛くなる。コリーンは、うとうととしながらクロヴィスに身体を預けていた。
まずはテルキの街で一泊。それから国境の街ソクーレにある関所を越えれば、ローレムバ国となる。
目的地のザフロス辺境領は、関所を越えればすぐそこだ。
途中、休憩を取りながら馬車は進んでいく。
だが、休憩中に目にした土地が痩せていることに気が付く。
そういえば、馬車の窓から見えた風景も、青々しさがない。
王都を離れれば、地方の現状に胸が痛む。
次第に日は沈んでいくものの、なかなか馬車は止まらない。テルキの街であれば、そろそろ到着してもいい時間である。
「アル。まだ、テルキには着かないのか?」
「そうですね」
そう答えたアルフィーの様子がいささかおかしい。
「どうか、したのか?」
「いえ……。殿下は、まだお気づきになられていないのですね。この国の、地方の現状に」
「なんだと?」
「テルキは危険ですので、このままこの馬車で休んでもらいます」
「どういう意味だ?」
「言葉の通りですよ」
アルフィーの言葉が聞こえているのかいないのかわからないが、コリーンがきゅっとクロヴィスの腕を握る。
「殿下。王都はまだいいのです。ですがね、地方の街は食糧が乏しく。みな、今日を生きるのにせいいっぱいなのです。原因はわかりませんが……今年の不作は異常だと言われているほどです」
目の前で淡々と語りかけるアルフィーが、クロヴィスの知っている彼とは別人のように思えてきた。
「知っていますか? ウリヤナ様がいなくなってからです。ウリヤナ様は、聖女として神殿で祈りを捧げ、イングラムの平和と安穏を願ってくださっていた」
「お前……何が言いたい?」
「わかりませんか? 殿下。殿下のせいで我々は聖女を失ったのです」
「聖女なら、ここにいるだろう? なぁ、コリーン?」
クロヴィスの声にコリーンはピクリと身体を震わせた。必死にしがみついて、顔を伏せている。
「殿下も疑っておられましたよね? コリーン様の力が偽物なのではと」
「……じゃない……。偽物、じゃない……」
「そうおっしゃるのなら、力を使ってこの状況をなんとかしたらいかがですか?」
アルフィーの声色は穏やかであるのに、どこか怒気が込められている。
「力を使ったら、なくなるの。陛下がそうおっしゃった。ウリヤナは、力を使い過ぎて力を失ったって……」
「そんな陛下の戯言を、あなたは信じていたと?」
アルフィーが素早く、剣を抜いた。その剣先はクロヴィスに向かっている。
「アル……何を?」
「コリーン様の力を証明してもらいましょう」
剣先がクロヴィスの頬を撫でた。痛みが走り、つつっと何かが頬を濡らす。
「聖女様。大事な婚約者の顔に傷ができましたよ? 聖なる力で早く治してください」
「無理、無理……無理なのよ」
コリーンが立ち上がる。
「コリーン様」
「無理、無理なの。私、もう……」
馬車がガタンッと激しく揺れて止まった。
「きゃっ」
コリーンはその場に倒れ込んだ。
「何が起こったのだ?」
クロヴィスも立ち上がる。
「クロヴィス殿下……。あなたもコリーンも、終わりだということですよ」
アルフィーはクロヴィスに向けたままの剣を下げない。
「アル……何を血迷っている? 私にそのようなものを向けて」
「血迷っている? 私は正気ですよ。ただ、殿下のせいで私にもいろいろとあったということです」
「なんだと?」
馬車の入り口が大きく開かれ、黒尽くめの男たちが乗り込んできた。
「あとは、任せます」
彼らにそう告げたアルフィーは、馬車から飛び降りた。




