愛を育む日(1)
ウリヤナがローレムバ国にやってきてから、五か月が経った。
日に日に膨らむお腹を穏やかな気持ちで見守っていられるのも、隣にいるレナートのおかげだろう。
レナートはローレムバ国の魔術師でありながら、ザフロス辺境伯という立派な爵位を持っていたのだ。人は見かけによらない。
「気分はどうだ?」
ゆったりとしたソファに深く座っているウリヤナを労わるかのように、隣から声をかける。
「えぇ。悪くはないわ……ただ、お腹の子の元気がよすぎて」
胎動も感じられるようになり、ぽこぽこと自分の意思とは異なる動きを見せているのが不思議だった。
「元気なもんだな」
彼は笑うと、目が糸のように細くなる。
「俺の魔力を注ぎたいのだが、大丈夫か?」
「大丈夫よ。いつもありがとう」
「俺の子だからな。当たり前だ」
レナートの手がウリヤナの腹部に触れた。
彼が父親になりたいと口にしたときは、もちろん驚いた。彼とはあのときに会ったばかりであったのに。それに、もちろん彼とは血のつながりのない子になる。
その意味を問うたところ。
『俺の国では、血のつながりよりも魔力のつながりを重視する』
胎児のうちに魔力を注ぐことにより、その注いだ者の魔力に胎児が馴染むらしい。そうすることで同じような魔力になるのだとか。
胎児に魔力を注ぐという話を始めて聞いたウリヤナにはピンとこなかった。だが、ローレムバに来て、それがここでは当たり前だと知る。
特に今回は、レナートと胎児に血のつながりがない。となれば、魔力が馴染むのに時間が必要となるため、妊娠初期から魔力を注ぐ必要があった。
あのときも、ウリヤナの妊娠がわかったばかりであったため、間に合うと彼は思ったらしい。
そういった彼の説明を聞き、そして彼という人物に興味を持ち、彼の提案を受け入れた。
マシューとナナミとソクーレの町で別れると、ウリヤナはレナートと彼の従者であるロイと関所を越えた。
不思議な縁である。
宿が炎に包まれたとき、マシューが心の中で助けを呼んでくれたおかげで、レナートと出会うことができた。ウリヤナが持っていた魔石のおかげだろうと、レナートは言っていた。
となれば、レナートと出会ったのは神官たちのおかげでもある。
ローレムバ国に入国する際に、ウリヤナとレナートが夫婦であったほうが手続きは楽ということもあり、二人はソクーレの町で婚姻の届を出した。レナートからの提案であったが、お腹の子の父親が彼であり、母親がウリヤナというのであれば、夫婦という形であったほうがいいのかもしれない。ウリヤナは自然とそれを受け入れていた。
彼の領地は関所を越えてすぐだった。だからザフロス辺境伯なのだ。
大きくて立派な屋敷が見えてきたときは、レナートとは何者だろうと思った。彼は、肝心の身分を明かしていなかった。
それでも騙されたとは思っていない。彼を信じてここまでついてきたのはウリヤナ自身が決めたことである。
レナートがウリヤナを連れて屋敷へと入った時には、使用人一同が温かく迎え入れてくれた。そして、ウリヤナの妊娠を知るや否や、割れ物でも扱うかのように丁寧に接してくれる。
彼の子ではないのに。その気持ちがウリヤナを素直にさせなかった。
それから毎日、レナートはウリヤナの腹部に触れ、魔力を注ぎ始めた。
最初はくすぐったいとさえ感じていたその行為だが、何度も繰り返していくうちに慣れるし、魔力を注がれている間にも、幾言か言葉を交わすようになる。
お互いにとって計算的な結婚であったが、レナートはウリヤナの凍り付いた心を次第に溶かしていったのだ。
不器用ながらもウリヤナを気遣うような些細な仕草。笑うと糸のように細くなる目。照れると赤くなる耳の下。
そして何よりも、ウリヤナを聖女としてではなく、ウリヤナという一人の女性として扱ってくれる。聖なる力を失ったからと言って、放り出すようなこともしない。




