手紙が届いた日(2)
「はい……姉さんは、ローレムバにいるって……」
「そのようだな。向こうで、好きな人ができたと、そう書かれていた」
ソファの前にあるテーブルの上にも、二通の封筒が置いてある。
「え? てことは、姉さんはもう、イングラムには戻ってこないのですか?」
「ああ、そうだ。だが、落ち着いたらこちらにも顔を出してくれるそうだ」
「落ち着いたら? どういうことですか?」
イーモンにはたった一言であった手紙だが、両親にあてた内容は違ったらしい。
「好きな人との間に、子を授かったそうよ」
母親の頬には乾いた涙の痕があった。
「え? では、向こうで結婚を? クロヴィス殿下との件は?」
「イーモン」
父親が嗜めるかのように、声をあげた。
「それはもう、終わったことだ……。我が家がこうしてあるのはウリヤナのおかげでもある。彼女がこの家を出た時に、彼女の生き方には口を出さないと、母さんと決めたんだ」
「ですが……」
イーモンはぎりっと奥歯を噛みしめた。
姉さんばかりずるい……。
その気持ちがイーモンの中でどんどんと育っていく。
父親も母親も、後継となるイーモンよりもウリヤナばかり可愛がっていた。
だからイーモンは、両親によいところを見せたかった。その結果があのざまだ。
ウリヤナは聖女となり、国王から多額の褒賞金をもらった。聖女になれば、褒賞金がもらえることをイーモンはこのときに知った。
ウリヤナはなんの努力もせずに、多額の金を手に入れたのだ。ただ聖なる力があったというだけで。
「姉さんばかり……ずるい……」
心の声を口にしてしまった。そうなれば、どんどんと育っているその気持ちが溢れ出す。
「姉さんは、今のこの国の状況をわかっていない……。姉さんだけローレムバでのうのうと生きるなんて、ずるいと思わないのですか!」
「イーモン……」
「まだこの場所はいい。だけど、王都の状況は酷いと聞いています。姉さんが、逃げ出したからじゃないんですか」
そうだ。ウリヤナは逃げ出したのだ。
いくらクロヴィスと婚約を解消したからといって、この国を出る必要はなかったのだ。
神殿でおとなしく祈りを捧げていれば、この国は安穏を保てたというのに。
友人であるコリーンが聖なる力に目覚め、彼女も聖女と呼ばれるようになった。そしてなぜかクロヴィスはウリヤナと婚約を解消して、コリーンと婚約し直したのだ。
一度傾きかたカール子爵家よりは、厳格なエイムズ子爵家を選んだのだろう。
だが、それだけの理由で、何も神殿から出る必要はなかったのだ。
ウリヤナだって聖なる力を持っているのだし、そのまま神殿でおとなしく聖女としての任を全うしていれば、このような状況にならなかったのに。
「姉さんのせいじゃないですか! クロヴィス殿下から婚約を解消されたくらいで、勝手に神殿を飛び出して。姉さんのせいで、どれだけの民が苦労していると思っているのですか!」
じわじわと食料不足が広がってきている。まだカール子爵領はマシなほうだ。
「そうだ。姉さんがローレムバにいるのであれば、ローレムバに援助してもらえばいいじゃないですか。我が国の聖女様と引き換えに」
そう、それがきっと正しいのだ。
イングラム国の聖女をローレムバ国に与えたのだから、ローレムバ国はイングラム国に援助をする。
何も間違った考えではない。
そんなイーモンを、両親が冷めた目で見つめているのを彼自身は気づいていなかった。




