想いを寄せる日(2)
握りしめた右手が痛い。
「コリーンになんとかさせる。あれでも聖女であり私の婚約者だ。結婚をちらつかせれば、なんとか動くだろう」
「ですが、コリーン様は……」
アルフィーは何か言いたそうにしながらも、その先の言葉を言い淀んでいる。
「なんだ。コリーンがどうした? はっきり言え。お前はコリーンの何を知っている?」
「いえ、何も知りません。ただ、彼女の聖なる力は、本当に聖なる力なのかと疑っているだけです」
その言葉にクロヴィスは右の眉尻をひくりとあげる。
「お前も、そう思っているのか……」
「ということは、殿下も……?」
ウリヤナの前で聖なる力が現れたと口にしたコリーンだが、その後、彼女は植物の成長促進をやってのけた。これも聖なる力の一つである。
だが、それ以降、彼女はその力を使っていない。幾度となくコリーンに頼んだが「疲れるから」という理由で、力を使わないのだ。
コリーンからも聖なる力が失われたのではないかと、クロヴィスは疑っている。いや、もしかしたら、自分が奪ってしまったのだろうか。
「とりあえず、ローレムバにはしばらく考えさせてほしいと返信するが……」
そんな悠長なことを言っている状況でないのもわかっている。だが、それを受け入れてしまえば、すべてをローレムバの支配下に置かれてしまうのだ。
「アルフィー。ウリヤナを探せるか?」
「ウリヤナ様ですか? 彼女はどこかの修道院に身を寄せているのでは?」
「そのどこかを探し出して欲しい。探し出して、こちらに連れ戻せないか? 神殿だって、本来は彼女を手放したくないと言っていたではないか。つまり、神殿側は、ウリヤナが力を失っても、その力が戻ってくる可能性があることを知っていたわけだ」
それでもその希望を潰したのはクロヴィスとコリーンの二人である。
アルフィーは、首を横に振る。
「調べてはみますが……。あまり期待しないでください。ウリヤナ様が見つかったとしても、素直にこちらに戻ってきてくださいますかね?」
「どうだろうな。だが、カール子爵の名を出せば、戻ってきてくれるのではないか? ウリヤナは、私よりも家族を大事にしていた女性だったからな……」
嫉妬して欲しくて、他の女性を侍らせていた時期もある。だが、それを見た彼女から出てきた言葉は『婚約を解消しましょう』だった。
彼女にとって、クロヴィスは嫉妬する対象にすらならないのだ。家族を想い、民の幸せを願い、国の平穏を求めている彼女にとって、クロヴィスはただの婚約者。
そこに愛は存在しない。聖女としての任務を全うするだけ。
彼女の宝石のような碧眼からは、そんな意思が感じられた。
だから、彼女を抱いた。肌を重ねれば、自分を受け入れてくれるのではないか。そんな微かな期待があった。
その結果、彼女は力を失った。いや、それが原因かどうかはわからない。
いつの間にか、彼女の力は失われていたのだ。
むしろ、クロヴィスが聖女の純潔を奪ってしまったことを他の者に知られてはならないのだ。いくら婚約していても、結婚もしていない二人であり、まして王太子と聖女である。
ウリヤナの力が失われたことを知っているのは神殿にいる神官たち、国王と王妃。そしてクロヴィスとコリーン。
国王は、すぐにウリヤナの力が失われたのに気がついた。ウリヤナが国王と王妃と共に行動するのが多かったためである。
『あれはもはや聖女ではない。婚約を解消しろ』
ウリヤナに婚約解消を突き付けたのは、父王の言葉も原因の一つであった。
手放したくないがために自分のものにしたのに、結局失ってしまった。
そして聖なる力を手に入れたとされているコリーンと婚約した。これも父王の言葉と、自分の愚かな行為によるものだ。
彼女はウリヤナが親しくしていた友人の一人だ。
だから、きっと大丈夫だと思った。
それから五日後。ウリヤナの行方を調べていたアルフィーがクロヴィスに報告した。
「殿下。どうやらウリヤナ様は北のソクーレにある修道院に向かったようです」
「よりによってソクーレか」
国境の街ソクーレは、隣国ローレムバに接している。ソクーレの関所を抜ければ、その先はローレムバ国の国土となる。
「ですが、中継点のテルキの町で行方不明になったと……」
「テルキだと?」
その町の名は記憶に新しい。
五か月程前に、テルキにある簡易宿が爆発した。すぐさま騎士団を派遣し、現地調査を行った。
宿に泊まっていた商人風の男が持っていた魔石が違法物であり、それが爆発したというのが調査した結果である。商人風の男は怪我をしたが、なんとか命は助かって、今では地下牢にいる。
その宿にいた従業員や客人も爆発事故に巻き込まれ、幾人もの人間が怪我をした。幸いなことに死者は出ておらず、その怪我もかすり傷や火傷といった数日で治るような軽いものばかりだった。
そして従業員から話を聞けば、客人の何人かが先に帰ったとのこと。正確には、宿泊していた三人。客が無事であるのもわかったし犯人も捕まえたため、それ以上の深追いはしなかったようだ。
「もしかして、あの爆発事故で姿が消えた三人……?」
「ええ、そうですね。調書を確認したところ、その三人のうちの一人の身体的特徴がウリヤナ様によく似ておりました」
「ちっ」
ウリヤナはどこに消えたのか。
クロヴィスはギリリと唇を噛みしめ、爪が食い込むほど強く拳を握った。




