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想いを寄せる日(1)

 白い壁にはびこっている光沢のある金の装飾。天井には背から羽根が生えている幼子の絵が描かれている。

 その室内に置かれているワイン色の執務席で、クロヴィスは書類に目を通して印を押していた。


「殿下。書簡が届いております」


 そう言って室内に入ってきたのは、クロヴィスも信頼している文官のアルフィー・ハウルである。彼はハウル侯爵家の次男坊であり、幼い頃から顔を合わせては大人を困らせていたような仲で、クロヴィスが立太子してからというもの、こうやって執務の補佐を行っている。


 ウリヤナとの婚約解消を話し合う場にいたのも彼であり、二人がサインした婚約解消届を議会に提出したのも彼である。


「そこに置いてくれ」


 王太子であるクロヴィスのもとには、毎日のように手紙やら嘆願書やら何やらが届く。それらがクロヴィスのもとに届く前に、多くの者が確認をする。


 危険なものが同封されていないか、呪いがかけられていないか、内容が適切であるか、差出人に怪しいところはないか。

 それらを潜り抜けてやっとクロヴィスの手元に届くのだ。彼宛てのものが彼の手元に届く頃には、その数は半分以下になる。


「これは、ローレムバ国からか?」


 数ある書簡の中で、一番上にあり一番上質な紙でできているものを手にした。


「はい。王家の押印で封印されております」


 だからこの書簡だけ未開封だったのだ。それ以外は、中身を確認された形跡がある。


 書簡を手にしたクロヴィスは、アルフィーよりペーパーナイフを受け取った。隙間からナイフを差し入れ、閉じられていた封が破けぬようにと丁寧に滑らせる。


「例の件の返事だ」


 手にした時からそんな予感はしていた。


 クロヴィスはイングラム国の現状を打開するために、ローレムバ国へ書簡を送っていた。


「ローレムバ国には、優秀な魔術師が数多くいると聞いております。彼らであれば、この国の現状を助けてくださるでしょう」

「そうだな……」


 抑揚のない声で、クロヴィスは返事をした。


 頭の痛い案件ばかりである。

 それもこれも、ウリヤナがいなくなってからだ。婚約を解消したが、彼女の居場所まで奪うつもりはなかった。


 彼女が望めばコリーンの侍女として取り立ててやるつもりであったし、その地位を生かして側妃として娶ることも考えていた。


 だが、それは叶わなかった。すべてはコリーンのせいだ。ウリヤナの自尊心を傷つけるような態度をとった。


  だから彼女は「やりたいことがある」と言ったに違いない。その後、どこかの修道院に身を寄せていると聞いている。


「くそっ」


 心の中で呟いたつもりだったのに、アルフィーが苦い表情を浮かべたため、声に出ていたことを知る。


 今、イングラム国では農作物の育ちが悪い現象が起こっていた。突如と地方の作物の育ちが悪くなったのだ。収穫量も減っている。一時的な場所で一時的なものであれば、備蓄している食料で難をしのげるが、その声がぽつぽつと他からもあがってきているのが解せない。


 民は、聖女に助けを求める。聖女の癒しの力で痩せた土地を助けてほしいと、そういった嘆願書が届き始めた。


 実際、アルフィーが持ってきた書類の大半は、そのような内容ばかりである。最初は一通であったその嘆願書も、次第に数が増えていく。


 クロヴィスが視察のために足を延ばすが、原因はさっぱりとわからない。


 こうなれば聖女の出番なのだが、今、聖女と呼ばれる女性はコリーンしかいない。コリーンを現地に連れ出そうとすれば「遠い、疲れる、汚い」と言い、けして王城から離れようとしない。


 神殿で祈りを捧げて欲しいと頼んだが、それすら拒まれる。特例を認められている聖女だからこそ、神殿に行かなくてもいいと言い出す始末。


 ――ウリヤナだったら……。


 そう思って、彼女がいる修道院の居場所を聞いたが、さすがに神官たちもそこまでは把握していなかったようだ。


「それで、ローレムバ国はなんて?」

「あ、ああ。そうだな」


 聖女と呼ばれる女性たちのことを考えて、書簡のことはすっかりと頭から抜け落ちていた。


 開けた封筒を手にしたまま、惚けてしまったらしい。

 封筒の中身を取り出すと、急いで視線を走らせた。


「……?!」


 信じられない内容だった。いや、信じたくない内容だ。


「殿下、どうかされましたか?」

「お前も読んでみろ」


 もう見たくないとでも言うかのように、クロヴィスは広げた紙をアルフィーに押し付けた。


「私が読んでもよろしいのですか?」

「あぁ」


 クロヴィスは両手で頭を抱え込む。


 現状を打開したくローレムバ国に相談したつもりだった。隣国であるローレムバ国であれば、そこそこのよい関係を築けており、きっと助けてくれるだろうと思っていた。


 だが、彼らの考えは違う。


「殿下。これは、つまり……。イングラムにローレムバの属国になれ、と?」

「そうとしか読み取れないだろう?」

「いや、ですが……。なぜローレムバはそのようなことを?」


 心当たりは大いにある。すべては聖女の聖なる力が原因だ。


 彼らが聖なる力を求めてきたときに、同じような返事をしたからだ。だが、それを決めたのはクロヴィスではない。彼の父親である国王だ。


 ――聖女の力を借りたければ、イングラムの属国となれ。


「くそっ」


 ドンと、机を拳で叩く。その反動で、重なっていた書類のいくつかは崩れる。慌ててアルフィーが拾い集め、先ほどと同じように重ねる。

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