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蒼燕部隊

「え?」

私は耳を疑った。

「明日から、雲海南部隊への配属ですか?あそこは敵国との最前線の部隊じゃないですか?」

「ああ、そうだ沢田中尉。不満か?」

「いえ・・・」

最も敵国勢力が攻勢をかけている危険な地域に配属されることになるということだった。なぜだ。私に一体どのような落ち度があったというのか。


 辞令を告げた後、大尉は個人的に私に話してくれた。

「正直、俺もこのような決定には不服だ。君は政治家との懇親会でいくつか会話を交わしたそうだな。どうやらその際のやりとりがきっかけになったらしい」

「ああ前の懇親会ですか。『このような苦しい戦況においても軍は軍でやるべきことをやりますから』と言いはしましたが。決して他意はないですよ」

「運が悪かったな、あの大臣、変わり者で有名だからな。自分のやり方を否定されたとでも勝手に受け取ったのだろう」


 私は本部部隊の中でも超エリート部隊といわれる蒼燕部隊に所属していた。

多くの部隊の作戦指揮を補佐し戦局を左右する俯瞰的な戦略を決定する、国にとっても重要な特務部隊。そこで私はそれなりの戦局を打開してきたというのに、このような事になるとは・・。

 私は一人で田舎道を歩いていた。周囲を見渡しても田んぼと森しかみえてこない牧歌的な風景だった。ひとまず仮の宿泊所を配属先の雲海南部隊が手配してくれるということだった。駐屯基地に着くと私は各種手続きをした。それからしばらく寝泊りすることになる一室に案内された。小さな机に椅子、それから急ごしらえのベッドに簡易のコンロと水回り。最前線基地にしてはましな方だ。手荷物を傍らに置き椅子に座った。外を見るとそこはやはりのどかな風景だった。となりの国との戦争はもう20年になるが、ここで激しい戦闘が繰り広げられていることは驚きでもあった。


 すぐに同僚から電話がかかってきた。私が着くタイミングをまるで見計らっていたかのようだった。

「沢田中尉ですか?」

電話口からとても心地の良い綺麗な声がした。

「ああ、坂井少尉。どうした?何か引き継ぎ事項に漏れがあったか?」

坂井少尉はとても頼りになる女性だった。部下ではあったが、行動力、優しさ、人として尊敬せざるをえない。優しくすれば人は優しくなれる。その連鎖が人を幸せに変えていくというのが彼女の座右の銘だそうだ。

「いえ、業務的な電話ではありません。どうですか、そちらの状況は?」

彼女はそれからあれこれと私に確認した。熱くないですか?不便なことは?足りないものは?ずいぶんと気遣いのできる部下だ。

「状況を逐一おしえてください。いくらでもサポートできますから。それから今回の異動についてすぐにわたしの父にもかけあっています。心配しないでください、すぐに蒼燕に復帰できますから」

 彼女の場合、気休めに言っているわけではないだろう。本気で彼女の父である坂井中将かけあうだろう。私にとって頼みの綱はどうやら彼女のようだった。どうしても元の部隊に復帰して私はやるべきことをやらなければならない。


夕方、私の挨拶も兼ねた会議が開かれた。

「私は蒼燕部隊から本日付けで異動となった沢田中尉です。よろしくお願いします」

私が自己紹介をすると、中央に座った丸坊主の男が立ち上がった。おそらく年齢は50代くらい、あごひげを生やしていた。彼は私に言った。

「私が雲海南部隊長の藤田です。蒼燕部隊からこちらへの異動とは、ここ20年きいたことがありませんな。なぁ、副部隊長」

「ええ、まぁそうですね」と副部隊長と思わしき男が大人しそうな声で相槌を打った。

「沢田中尉殿。本部のデスクワークと現場は全く違いますよ。すぐお戻りになるのだとは思いますがぜひよくご覧になっていってください。茶菓子を用意してお待ちしていましたので後で召し上がってください。ああ、それから明日は作戦会議もあります。御覧になりますか?そういえば明日は祝日だった。どうなさいますか?」

「出席させていただきます」

私が答えると簡単な自己紹介がそれぞれからあり、会議はすぐに終了となった。私が部屋を出て自室に戻ろうとしたとき、副部隊長がやってきて言った。

「気を悪くなさらないでください。ああいう人ですから」

ある程度想定していたことだ。本部隊員はおよそ嫌われているという噂は聞いていた。このような最前線の現場で、あの程度の嫌味で気がすむのであれば幸いだ。


 翌日、作戦本部にて会議が始まっていた。

私が一通り作戦についての意見を述べると、藤田部隊長は言った。

「すばらしい作戦ですね。理論が適格だ。でもちょっと現実は違いますよ、中尉殿」

藤田部隊長は地形による兵站確保について問題があることを指摘した、それ以外にもいくつかのこまかな指摘をした。会議室は静まり返り、出席していた他の将校は行方を見守るだけだった。

「素晴らしいですね。部隊長殿。経験に基づいた的確な計画。配置計画。勉強させていただきます」

私が述べると、藤田部隊長は特にそれについては何も意見を述べなかった。会議が終わったころ、しばらく駐屯地の核施設を隊長が案内してくれた。私が医療施設を紹介してもらった際、とても若い女性がきびきびと動き回って働いていることに気が付いた。

「あの子は新人ですか?」私が確認すると副隊長は言った。

「19歳の大学生ですね。日雇いで働いてもらっています」

「いいんですか?軍法上禁止されていると思いますが」

「そんな理屈通りに事が運ぶわけじゃないですよ」

「報告はどうしているのですか?正確な報告が求められているはずですが」

「そんなの書面上でチョチョイのチョイですよ、正しく報告したら全員首になっています」

隊長は笑いながら言った。私はただ無言で頷くだけだった。上層部にいては分からないことだってわかるようになった。そもそも、上層部にあがってくるデータにはあまり信用性がないのかもしれない。


 次に紹介してもらったのは捕虜の拘置所だった。

「今2名いる。どちらも素直に従ってくれているよ。捕虜キャンプに送る前にいろいろときいておいた。2名に共通していることは、どうやら兵器の補給、兵站がかなり不足しているということくらい。食事を出したら喜んで食べていましたよ」

「相手側も物資がなくて苦しいということですね」

私が帰る頃、例の女子学生がやってきた。彼女は名を立花冬子だと名乗った。

「着任したばかりで大変ですよね。そういえば制服よかったら一緒にクリーニング出しますよ。たくさん依頼を受けていますのでどうぞ気になさらないでください」

冬子はそう言って微笑んだ。とても笑顔のかわいらしい女性だった。

「ありがとう。助かるよ」

お言葉に甘えることにした。できるだけ身の回りのことは最小限にして、まずは新しい職場での作戦、現在戦力、武器、兵站、など一通りの状況を把握したかったのだ。


一週間が過ぎた。

私はそれなりにこの軍隊にも慣れ、駐屯地での生活も板についてきた。だが、やはりそれでもこの場所にいることの意義について疑念を抱いていた。会議や訓練の場で私が持っている知識や情報、特に国全体を俯瞰した大局的な方針について共有すると、彼らもかなり食いついてきた。「蒼燕部隊にいたエリートは違いますね。でも理解はできますが、ここでどう生かしますか?」

部隊長はそう言って私に疑問を投げかけた。私は答えることができなかった。このような最前線基地においてはとにかく相手の足をどのように食い止めるのか、どのように攻めるのかということ以外無いだろう。大局的な方針なんてものは役に立たないのだ。

 一日の勤務が終わり宿舎に引き上げるとき、冬子がやってきて言った。

「すみません、少し相談したいことがあって」

「なんでしょうか?」

「ここではちょっと話しづらいです。できればどこか二人で話せる場所がいいのですが」

そういうことなら、と私は宿舎の私の部屋に通した。

私は彼女を椅子に座らせた。

「それで、話といいますと?」

「単刀直入に聞きますけれど、私についてどう思います?」

「どう思うとは・・。よく働いていると思います。部隊の者達も大変助かっているでしょう。なにか不安でもあるのですか?」

「女としてはどうですか?」

「え?」

突然のことに驚きを隠せなかった。私が何も答えずにいると彼女は急に上着のボタンをはずし始めた。

「ちょっと待て。どうした。酒でも飲んだのか?」

「いえ、私は酒は飲んでません」

「じゃあ相手を間違えているのでは?」

「いえ間違えていません。私は襟首のブルーのルバメを見たんです。本部のエリート部隊ですよね」

「そうだが、それが何か」

「わたしには頼るものがいない。家族はみな死んでしまった。いつまで生きていけるものか・・。安定が欲しいんです」

私は彼女に落ち着くように諭した。

「大丈夫さ。なんとかなる。君は自分をまずは大事にしなさい。もし何かあれば、私を頼りにしてほしい」

私はそっと彼女の肩にふれ、ゆっくりと頷いてみせた。かなり気が動転していたが必死に冷静さを保っていた。彼女はようやく私の言うことを受け入れ、それから私の部屋から出て行った。

すぐに坂井少尉から連絡があった。状況についての確認の電話と、実際に上層部に交渉をもちかけているということであった。

「ありがとう。だが、私はここでいろいろもがいてみようと思っているよ。ここを乗り越えることになにかヒントがあるかもしれない」

「そうですか、では私もそちらに向かうことにします」

「どういうこと?」

「中尉一人では危険だからです。私が補佐に参りますのでお待ちください」

そう言って彼女は電話を切った。

 私は彼女の言葉に感嘆した。その心の優しさにいつも驚かされる。しかし彼女は相変わらず彼女の父を頼りにして自分の異動を意のままにできるようだった。


 我々はいよいよ相手が攻めてくるという情報を得た。各部隊は要所に配備された。私も配備を願い出ると部隊長は驚いたようだった。

「危険ですよ。本当ですか?」

「ああ、私だけ後方でお茶を飲んで茶菓子をつまんでいるわけにはいかないですからね」

 私は軍人だ。どのような状況にあっても味方と連携して、もっとも成果をだすことを目標にしている。それはどの部隊にいても同じことだった。部隊長は結局、自らの部隊に私を置くこととしたようだった。

「かなり大群が押し寄せるはずです。厳しい戦いになる」

「相手の捕虜の言い分から考えるとなにか弱点はあるはずですが」


 敵軍は思った以上に多くの弾薬を持ち込んでいるようだった。

だが私はその弾薬が旧式の銃に使われるものであることがすぐに分かった。さまざまな文献をすべて頭に入れ込んでいるので照合することが可能だった。私はそのことを部隊長に報告した。

「つまりあいても相当武器の消耗が激しいと。しかし今こうして攻勢にでてきているのだから、なにか秘策があるのでは?」

「いや、捕虜の2名の話です。あの2名はいづれも兵站の不足について言及していた。そして旧式の銃。やはり相当に厳しい状態を無理してでもこの領土を取りに来ていると考えていいのではないでしょうか」

「たしかにそうですね」

「もしこれが正しいと仮定した場合、とるべき策が二つある」

私はそれから部隊長に二つの策について説明をした。一つ目はプロパガンダを流すことだ。相手の精神状態がかなり厳しいのであればこの手の情報戦は有効的だ。投降すればこちらは捕虜を低調に扱うということ、もしくは、彼らが我々の土地を進行することにより戦争に無関係な市民がなくなっているということをことさらに主張するのだ。

そして、二つ目は偽りの攻撃をすることだ。こちらに残っている弾薬、それは旧式のものでもよい。あらゆるものを使ってこちらの兵力を大きく見せ、相手の勢いをくじくことだ。

「わかった。今すぐにその方針で戦略を練ろう」


 敵軍の攻撃はとても厳しいものだった。

「我々の駐屯基地は大きく被弾して重傷者がでている。続行か撤退か?」

「だめだ、撤退はできない。もう少し踏ん張れ。連携して耐えろ」

深夜になってもまだあたりで銃声は響き渡っていた。こちら側の弾薬もほぼつきかけている。敵軍の兵力はどうだろうか。

翌朝。空はうっすらと太陽の光で赤みをふくんでいた。あたりは銃声が一切ない静かな時間が流れていた。被害も甚大ではあったが敵の攻撃を防ぎきることができた。だがこちら側はさんざんな状態だ。駐屯基地の多くの建物はいくつも被弾をしていた。死傷者も多い。しばらくの間軍隊を立て直すための時間がかかるだろう。本部への応援要請が必要だ。その間に相手が攻めてこなければいいが…。


次の日、蒼燕部隊から一人の女性武官がやってきた。

「おい、部隊長は貴様か?」

「俺が部隊長だが、どちらさまで?」

「坂井少尉だ。沢田中尉はどこにいる?」

その女は戦場に似つかわしくないほど小奇麗な身なりをしていた。だから近くにいた隊員はざわついた。

「おそらく宿泊所にいますよ。先日の作戦の後始末で…」

「宿泊所はどこだ」

坂井少尉のあまりの気迫に部隊長は面食らっていた。

部隊長が指で指し示すと坂井少尉は何も言わずその場を去った。

「おーこわい。俺はああいう女は苦手だ」


「沢田中尉!」

私が扉をあけるとそこには見覚えのある女性が立っていた。

「坂井少尉か。よく来てくれた」

「どこも怪我をなさっていないですか?」

「いや、俺はかすり傷程度だ」

私は彼女を部屋に案内した。

「なにをされているのですか?」

「今は飯をつくっているところだ。うどんだけど、食うか?」

「もちろんです!」

 それから少尉は部屋の中をキョロキョロとくまなく確認をはじめた。床をすみずみまで確認し、机やいす、それに窓なども子細に調べていた。まるで探偵が犯人の証拠探しをするかのように。

俺は少尉に言った。「なにをしているんだ?」

「安全かどうか確かめています」

「いや、安全なはずだとは思うが・・・。そこまで警戒するような状況ではない」

しばらくして扉をノックする音がした。冬子さんだった。

「洗濯済みの制服を届けに来ました!」

「ああ、ありが・・」

私が受け取りに行こうとする前に、少尉がすばやく彼女の前に立ちはだかった。

「ありがとう。あなたは?」

「私は立花冬子といいます。いろいろと部隊のお手伝いをさせてもらっています」

「そう。ご苦労様。あとは私が渡しておくわ。それから洗濯は私がしっかりやるので今後対応する必要はありません。おつかれさまでした」

少尉が言うと冬子さんは笑みを浮かべながら頷いて言った。

「わかりました。ところで、いい匂いしますね?うどんかな。あの方の作るうどんおしいですよね、とても弾力があって」

少尉は無言で扉を勢いよく閉めた。扉が大きな音をたてた。

それから私はうどんを作って少尉にふるまった。彼女は凄い殺気をまといながら食べていた。口に合わなかったのだろうか。


おわり


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