真実
「おお、勇者よ。
やられてしまうとは情けない」
何度も聞いた言葉だ。
どうやら俺はまたやられてしまったらしい。
少し涙ぐんだ様子の王様が玉座から立ち上がって言った言葉だ。
玉座の奥は見えずらいが赤くにじんでいる。
安全なはずの城から漂う、戦場と同じ鉄のにおい。
ああ、また俺は迷惑をかけてしまったらしい。
「申し訳ありません陛下。
次こそ、魔王を倒してごらんに入れましょう」
「わかった。
今一度、機会を与えよう!
ゆけ! 勇者アランよ!!!」
いつものやり取りではあるが、今度こそ魔王を倒す。
そう意気込んで旅立った。
正直、勇者としての始まりはよく覚えていない。
5歳のころ。俺は勇者として適正鑑定盤によって導かれ、
必ず勇者として魔王を倒す使命を受けた。
憧れだった先代の勇者様の使命を受けて、必ず魔王を討ち果たさなくては!
勇者 アラン
腕力適正 95
体力適正 89
魔力適正 65
速度適正 12
高いステータスなんだと言われた。
速度は一般的な人と同等かそれより少し下で、一般人の平均が20前後であることで納得はした。
だが、高いランクの冒険者や騎士団長クラスの人間が70前後で、最強や剣聖と呼ばれる人でも80後半であったと言われた。
高い適正を持った強い勇者。
それが俺だった。
それから生活は変わった。
幼いことながらそこは覚えている。
孤児院の生活から、一遍し王城での生活。
騎士たちとの手合わせの数々と、騎士団長や王国魔術師との特訓の日々。
そして10年の修行の末、騎士団長であったリール様を超え、王国魔術師長であるルル様にも文句なしといわれるほどの実力を手に入れた。
俺が旅立った時、世界は平和になるのだと、漠然と言われて信じていた。
15歳になった春に、俺は魔王討伐の任を与えられ、旅立った。
そして、1か月で致命傷を負った。
遠距離からの魔法攻撃に対処できなかった。
魔法に対する対処方法を怠ったかといえばそうではない。
その手の修行は王国魔術師様と嫌というほど積んだ。
だが、単純な数の暴力に負けた。
「生きて、生き抜いて。私は消えても、アナタは生きて……」
幾万の魔法が飛び交う戦場で、俺は無様に焼かれて、騎士団の精鋭に助けられて回復を施された。
そして精鋭のほとんどは俺の身代わりに死んでいった。
それを王様は聞かせたことはなかった。
だけど、何度もやられていくことで、理解できてしまったんだ。
10年も王城に住んでいたんだ。
親しい人間が死ねば、否が応でも理解できた。
俺がやられたら、俺を殺させないために、誰かが無理やりにでも助けて、死んでいく。
だけど、俺は王から魔王討伐の任を与えられている。
歴代勇者でも屈指の腕力を授かっている強い勇者である。
「あなたを守るのが、私の使命だから。
悔やまないで、私はあなたと共に……」
現勇者がなんらかの形で死亡する、または30歳を目安に勇者は次へと受け継がれる。
だからこそ、俺は守られている。
次の勇者が強いとは限らないから、魔王を倒せる可能性が高い勇者である俺を守るために。
幾万の犠牲を払ってでも。
だから、俺は。
俺は魔王を倒す。
絶対に、でなければ、今までの犠牲が無駄になってしまう。
そんなことは許容できない。
「死ね勇者!!」
「お前が、死ね!!」
襲い来る魔族を切り捨て、走る。
一刻も早く、平和にしたかった。
知り合いが死ぬ姿を見たくなかった。
よくしてくれた王様に、これ以上苦痛を与えたくなんてなかった。
「死なさない、勇者は絶対死なさない!」
「行け! 勇者アラン! 今度こそ、今度こそ魔王を討ち果たせ!!」
息が切れる。
手の感覚がない。
魔王はもうすぐ。
俺が終わらせる。終わらせなくてはいけない。
「俺は、絶対に魔王を倒す」
魔王城内の一際豪華な扉をけり破った。
玉座には一人の少女が何らかの本をめくっている。
分かる。
あれだ。
あれが、魔王なんだと、どこかで理解できた。
強く、かみしめて、足に力を込めた。
やるなら、一撃でやるしかない。
もう体力もほとんどなくなっている。
一撃に賭けるしかない。
全力をもって近づいて剣を振り下ろした。
勝った。これで終われる。
あの地獄を。
あの恐怖を。
あの。
「ふぅん、そう。
じゃあ終わりね」
振り下ろすと同時に、腹部を貫かれた。
振り下ろした剣はカァンと甲高い金属音と共に天井を舞った。
圧倒的なまでの戦力差を理解した。
こんなのを相手に、歴代の勇者様たちは倒してきたというのか?
どうやって、どうして!?
俺は選ばれて、みんなを助けるために勇者として。
せめて、刺し違えてでもコイツを。
全身を使って刺そうとしたが、刃は砕けるばかりで、魔王に届きすらしない。
どうして、どうして!!?
「……未覚醒か。
予想外、あれだけぼこぼこにして覚醒させるために動いたのに。
致命傷、だよね?
はぁ、また次の勇者を待たないと」
その言葉と共に、俺の視界は地面に落ちた。
意識が遠のく、どうして。
どうして??
「冥土の土産に教えておいてあげるわ。
あなたはまだ勇者じゃないのよ。
絶望を晴らす勇者の力は、勇者の絶望によって覚醒する。
勇者は、絶望が深ければ深いほど、勇者はその力を解放できるのよ。
あなたは、まだ勇者じゃない。勇者候補でしかないし、勇者のなりそこないでしかない。
私もかつて勇者と呼ばれていたからわかるわ。
未覚醒の勇者はただの人と同じ。
あなたじゃ魔王は倒せないわ。だってまだ人でしかないもの」
なんで? 勇者が、魔王?
どうしてそんな。
「魔王はね。勇者の成れの果て。
神様の駒なのよ。神様が定めた神様が眺める遊戯の駒。
魔王を殺した存在は間接的であろうとなかろうと、必ず魔王になる。
そうして、延々と死の螺旋を紡いでいるの。
魔王になったものは人を見ると憎悪を抑えられないように加護をかけられているの。
だから、私はあなたを見て、今の今まで殺さないといけないと脅迫概念に襲われていた。
あなたがもう死ぬから、その加護は適用されないけどね」
なら、おれがしてたのは。
「無駄なんかじゃないわ。
加護は年々重くなるもの。
もう私も十何年も持たないと思うわ。
もし私を倒せても、あなたが魔王になっただけではあるけど、あなたが強ければ強いほど長くもっただろうし、弱くても私を倒せて何十年かは魔王の進行を抑えられたでしょうね」
ああ、ああああ。
「ほんとは、あなたと刺し違えたかったの。
そうすれば誰一人として間接的でも殺した存在はいなくなれた。
でも、あなたはここまで絶望に沈まなかった。
それは誇っていいと思う。
だけど、ごめんね。ごめんなさいあなたを殺してしまって」
涙をぽたりぽたりとこぼす少女。
ああ、くそ。
王様。見てたのなら、このことを後年伝えてください。
「苦しませて、ごめん、俺の、ことは、忘れて、く、れ」
勇者の覚醒を促して、必ずやこの子を救ってあげてください。
憧れだった先代の勇者様は魔王となって、今もなお世界を守ろうとしています。
なんとか救ってあげてください。
それだけを願います。
「ああ、勇者よ。
死んでしまうとは情けない。
だが、その思い。必ず継ごう。
すまぬ。アランよ。すまぬ我が息子よ。
わしを恨め。わしを憎んでくれ。
必ず平和を、取り戻すと誓おう」
少しずつ設定会的な短編を書いておこう。
評価してくれたらうれしいなぁ。