イオニアの反乱前夜
それは必要なことなのですか!」
巫女頭として毎回尋ねる言葉。
「それがスパルタからの依頼です。」
国名以外毎回変わらない神官長の言葉…わかっています、彼も一切の感情を出さないようにして私に申し出てくれていることは
デルフォイのアポロン神による神託。これを行うよう求めてくるのは周りの有力なポリスでデルフォイそのものではありません。
そして神託は莫大な財や利権が絡み合って、外れないことを求められます。
しかしそんなことはどうでもいいのです。
重要なのは神託を行った巫女がほぼ死ぬことだ。
このデルフォイの巫女はほとんどがスパルタから来ています。
ほとんどがリュクルゴス制で生まれてすぐ洞窟に捨てられたものが殆どです。
デルフォイで育ち、作法を学び、ようやく大きくした娘たちです。
そんな彼女たちは神託を受けると10中9まで死にます。
生き残っても頭が壊れて人としては行動できません。
彼女らの命を失うことで神託は威厳と断定を受けとることができるのです。
もちろん彼女らの神託を聞き取ることができるのは神官だけなのですが、その解釈を間違えて依頼者に伝えてしまうこともあります。
それは神託の正当性を損なうものではありません。
神託が大地から噴き出す神気を浴びた巫女によって、命と引き換えに得られるものである以上、疑うことすら恐れ多いことです。
ただ十年以上一緒に暮らしてきたわが子同然の女の子がある日自殺に等しいことで命を落とす。
そんな目に合うことを何十回と繰り返してきた、私は思わず叫ばざるを得ないのです。
「それは必要なことなのですか!」と
無論そんなことわかった上で依頼ポリスは莫大な財貨や生贄を用意して申し込んでくるのである。
だけどそのポリスの依頼者が神託で死ぬわけではない!
そう叫びたくなりますが、デルフォイのアポロン神殿の運営上、声に出せることではありません。
「今回はスパルタにミレトスが軍の派遣を求めたことに対する賛否に関する神託を求められています。もしミレトスへの軍派遣が神意に沿わないものならミレトスの僭主アレストごラスは自力でペルシアに対するものとして派遣中止を決定するでしょうし、神意に沿うものならスパルタン2000人がミレトス防衛を行うでしょう」
「神官長はどう思ってるの?」
「アレストゴラスはトロイであまりにバカなことをしていました。周辺の裕福なポリスを占領しては僭主を追放してそのポリスを自分の傘下にいれ市民の機嫌取りに民主制に変えていました。当然意見百出で政は止まります。あの地域を押さえていたペルシアは頭に来てます。ペルシア軍と無能な味方で戦うなら多少有能なラダケイモンがいても結果は見えていますな。おっと神意次第ですが…」
「神意を解釈する人がそういう考えでよかったわ。そこまでわかってるのになんで神託なの?」
「ミレトスの報酬がスパルタ10年分の兵糧やアルゴスの武器で、魅惑的でもあるため断るにも正当な理由がないとアギス王家の威厳を失うことになるかららしいです」
「双王家のごたごたと僭主の尻ぬぐいということね。わかったわ。明日神託を行います。」
奴隷に乙女を一人呼びに行かせると最年長の13歳の子を読んできた。
「巫女頭様、御用でしょうか」
「ええ明日神託を執り行うわ。あなたはアレサを名乗り予言を受けなさい」
「ありがたくお受けします」
「アレサ、最後まで気力を振り絞って耐え抜きなさい」
そう伝えるとアレサは寂しそうに頭をふって笑っていた。
「今日まで本当に幸せでした。カサンドラさま。立派にお勤めを果たしてみせます」
そういうと嘔吐剤と下剤を奴隷に銘じて部屋に下がっていった。
嘔吐剤は胃の中を空にするもので下剤は死後筋力弛緩したときに腸の中身が飛び出さないようにする準備である。
なんで13歳の子供が死んだ後まで考えて準備せざるを得ないのか!
「この神託は必要なことなのですか!」
毎回毎回叫びたくなる、そして布を噛んで声を押し殺す。
翌日、スパルタはミレトスに要請拒否を行い、アレストガラアスはアテナイに要請先を変えた。
それだけのことだった。
そしてアレサは別のコーラに付ける名前のストックになった。