戦争を仕掛けられない弱者の戦略
フリュネはヘタイラという仕事が気に入っていた。
通常の貴族夫人の仕事は頭も外見も関係なく血筋で子供を生むのみで、3日に1度の祭りの外出のみを楽しみに機織りで布を作って生活していくのは耐えがたかった。
ヘタイラになって、男たちについて(あるいは引連れて)歩き、役割を果たすということは予想以上の楽しみになって返ってきた。
特に現在の名前であるフリュネ(ヒキガエルの意)はアテナイ1の美貌を誇るヘタイラが神々から嫉妬を受けないようにと代々名乗ってきた名前である。
フリュネを名乗るようになってから、女神の彫刻や神話の姫君のモデルに頼まれることはしばしば、その上外国のスパルタ双王家への使者になったり、テーベやコリントス、アルゴスへの代理使者として市民代表と訪問したこともあった。
アテナイ市民は公的な場所だと市民権を有さない配偶者を連れて歩くのを禁止する暗黙の了解がある。その例外がヘタイラで、ヘタイラは市民の装飾物として大抵の場所についていくことが求められる。
ゆえに高名なヘタイラはスタイルを徹底的に管理し、肌も健康的な小麦色に焼けているのが望まれる。
配偶者である夫人は日に当たることは求められず病的な肌の白さを誇るのと対照的である。
そのせいか ?いずれの場合も行った使者としてフリュネと認めさせるのは、その衣装を含む外見のみでほとんど十分で、これまで先方を納得させそこなったことはない。
このあたり世界的に顔が知られていない人々では不可能な顔パスができるのは美女の特権といっていい。
その彼女のもとにデルフォイから伝書鳩が飛んできた。
デルフォイの場合非常に重要な機密や指示の場合が多い。
今回は小アジアでの値落ちする穀物の買い付けをすることをヘラクレイトスへの依頼する文書だった。
あとは赤絵の売れ行きとガレー船の漕ぎ手不足に関することでなぜ書いてきたかのかちょっと読み切れないものだった。
奴隷をヘラクレイトスまで走らせて急いでやってきた彼にリボンを見せると穴が開くように見つめていた。ここ数日分のリボン数枚と慎重に見比べた後に
「久々の大仕事になりそうだ、私は陣頭指揮で小アジアに渡るが、フリュネも行くかい?」
想像だにしない言葉が降ってきました。
「もちろん旅行は好きですし、望むままに付いていきます。あと海路が安全だといいのですけど」
「デルフォイからの指示から見て、引連れていくのは2層櫂船以上で、手持ち資金を考えると20隻程度の船団を組むことになるから天気と風以外は安全だと思うよ。」
「デルフォイの指示は穀物を買うことの依頼だけだったと思いますが?」
「その他の連絡に書いてあっただろう?赤絵を大量に積んで行って途中で売りさばくのと海賊狩りで水夫が狙われているという指示があった。つまり小さい船では危ないということだ」
「なぜ、そこまで大量の購入になるのでしょうか?」
「穀物の値下げ命令はペルシア帝国の戦争準備で、軍団が到着後買いあさるために事前に商人に売り惜しみさせて在庫を作るのが目的だと思う。それはこちらの掴んでいる情報と一致している」
そこまで言うとヘラクレイトスは戦争の消極的防衛さと面白そうにリボンを指で弾いた。
こんな数行でそこまで事態が動くとはフリュネになってからでも覚えのないことだ
「ぜひ、連れて行って下さい。ヘラクレイトス様」
元老院の権力を最大限に生かし、その日の午後には20艘の2艘甲板船(1艘あたり100タラントン(50t積載可能)、同様に100タラントンが積載可能な帆船10隻を引連れ、南下してナクソス島を目印にエーゲ海を横断してイオニアのエフィソス目指して信じられない程の強行軍を経験することになった。
今回は赤絵の代金のほかにも穀物の買取代金が必要ということで4ドラクマ銀貨で6000枚、軍船の3層櫂船ですら4隻製造可能な金額が投じられた。これで赤絵をエーゲ海で売りさばきながらエフィソスで安い穀物を買い集める。
十分に高くなったら売り抜けてペルシアの軍資金不足での戦争準備を失敗させる。
それこそ小アジアに直接介入でもしない限りは、ペルシアは大損してまでヘレネスと戦争はしないのはわかっているので、ある意味危険なゲームでしかない。帝国のメンツでも潰さない限りは戦争にはいかないし、それはダレイオス大王もわかっている。
ペルシアは広大な領地と全ヘルメスより多くの兵士による軍団がある。
広大な領地は常に大軍を配備させて治安維持が必要であり、ヘレネスのような小領地を得る意味はないのだ。
これが私ヘラクレイトスが、親ペルシア派の重鎮としてアテナイ市民を動かしている理由であり、デルフォイのアポロン神殿やコリントスのアフロディテ神殿が力を貸してくれている理由でもある。