前哨戦
久しぶりに連続小説書ける程度には復帰しました。
なるべく間を置かないで書いていこうと思ってます。
あんまり突飛な話にする気はないので地味な話になると?思います。
朝日が昇り始めた。
夜の闇と一緒に煙臭い空気が吹き掃うように陸風が吹きだし、新鮮な空気へ入れ替わっていくのを感じる。
神殿の円柱にもたれた妖艶な美女アラクネは、風が吹き抜けて生活臭が消えるこの瞬間が大好きだ。
幅30スタディア(約6km)ほどしかないコリント陸僑だと最も高い位置であるアクロポリスのアフロディテ神殿でもないと強い陸風に当たることが実感できないので密やかな贅沢ではある。
そして朝早くから動き出す奴隷達。
掃除や水汲みにと水すましのようにテキパキ動いている。
その横で客の水夫達と旅の平安を祈る神聖娼婦の賑やかだが、物寂しい雰囲気の会話が満ち溢れている。
アラクネはそんな神聖娼婦1000人を統率するアフロディテの神官長として毎朝の儀式で見慣れた風景を眺めていた。
アラクネの衣装は流行りをいち早く取り入れたクロコキトン(サフランで着色したキトン)に刺繍を入れたものになっている。
アラクネはおそらく30台と思われる肌のハリを維持しており、妖艶な美女という感じがふさわしいドーリア人の女性だった。
神殿のトップの外見に惹かれるのか水夫を送り出す神聖娼婦もドーリア人は毛織物のぺプロス、アカイア人は亜麻布のキトンとわかれてはいるが刺繍や着色がほどこされた布地を用いて目一杯に着飾っている。
アクロポリスを下った水夫達はすぐそばまで延びているエル字に曲がった街道、そこから北に向かうか西に向かうかで足の進み方がまったく異なっている。
北に向かう水夫と娼婦は楽しげでどこか陽気さを感じさせる。
膝丈のキトンを着た水夫が踝までのぺプロスを身に着けた娼婦と手をつないだり肩を組んだりしていた。
西に向かう一団はどちらかというとキトンをきた娼婦が先頭を進み、アフロディテとニンフへの安全祈願を歌にしていた。その後ろを膝丈のキトンを着た水夫たちが重い足を動かして西に向かうという対照的な風景になっていた。
北に向かい東のサロニコス湾側に向かって進む船乗りはサロニコス湾を横断し、デルフォイ・イテア・アンティキソア等の近場のポリスを目的にしているものが多い。
このため比較的短期間、短ければ1週間もあれば戻ってくる顔なじみも多い。
しかし西の船乗りはアイギナ・アテナイ・クレタ・小アジア等地中海全体に散らばっていくものは多い。一度で複数個所に立ち寄る航路も多い。
いかんせん再び会えるかどうか?まさに神頼みになってしまう、まさに冒険に等しい航路を選ぶ者もいる。
神聖娼婦がホメロスの冒険譚を口ずさみ、風の神アネモイに加護を祈りながら海精・水精の慈悲を乞うしかなかった。
当時の航海術では陸が見えなくなる、目標の島や岩礁を見失う=進行方向がわからなくなる=遭難可能性特大、という厳しい時代で、夜間航行を絶対にせず毎日陸に船を上げて、水上での駐留ですら絶対に避けるものとされていた。
それだけの注意しても突風や霧・スコールの視界不良で、多くの船が海の藻屑に変わっていた。
もっとも、その危険を天秤にかけるほどの儲けも貿易にあったのは事実だが…
アフロディテと水のニンフの祝福を授けてくれるアフロディテ神殿で神聖娼婦との一夜を過ごしたあと高額のお布施(大体銀貨1枚で1から4ドラクマ)を弾んで出港していくのが前述の街道に2種類の水夫いる毎朝の風景になっている。
そんなべたべたした雰囲気の中、きびきびと壮年から青年の男(歴代神聖娼婦の子供達である)が銀貨を集金しながら娼婦と話をしている。
彼らは娼婦と船乗りの噂の内容と今日の寄付の金額を木の板に書き込んでいる。
長い時間をかけて何十人か分の担当娼婦の情報収集とお布施の会計を済ませるとアクロポリスの大理石の神殿に向かって走っていった。
彼らは、銀行、警察、諜報を合わせたような存在になっており木の板のメモと銀貨を神殿に届けることで、朝の仕事が終わり、そのあとに治安維持でコリントス市街を巡回している警邏になるのである。
こうして妊娠した娼婦は子供を埋める能力の証明済み女性として重要視され、生まれた子供もコリントスの市民権を得た市民としての生活を保証されているのである。
神殿の部屋の中央に据えられた巨大な大理石のテーブルの上に届けられた木の板が広げられ、数人がかりでその内容をまとめていく。
テーブルを囲んだ100人ほどの神官によってまとめられた情報はそれぞれ新しい木の板に纏められアラクネに渡される。
アラクネはまとめられた木の板10枚ほどを見比べて報告事項を頭の中でまとめていく
頭の中で要点を簡潔に短くまとめあげると羊皮紙にインクで書き込んでいく。
例えば今朝の情報を見てみると
・小アジアで穀物の値段が2割下げるようにペルシアから命令が来たらしい。
・アテナイの赤絵は各地でも順調に売れ行きがいいらしい。
・海賊をガレー船の漕ぎ手として積極的につかまえているので巻き込まれないようにしないといけない
の3点がリボンのような薄い羊皮紙に書き込んでいく。
ただしリボンの長さは手のひら程度しかないので小さな文字で綺麗に並べて書き込んでいく。
部屋の角に大理石の書き物用のテーブルが置かれ。埃一つないように拭き清められた天板で、破れないように文字に影響が出ないように気を付けながら5通が書かれている。
ここで書き込んでいるのがアラクネと呼ばれる女性神官だ。
これもコリントスのアフロディテ神殿の特徴だろう。
普通神官は市民権を持つ男性か貴族男性の仕事とされているからだ。
アラクネは書き終えたリボンに吸い取り粉をふりかけ、
日に干して乾いたリボンを神官にもってこさせた鳩の足に巻きつけると金具で止めた。
鳩たちはリボンを巻かれたあと解き放たれると空高く飛んだ。
鳩は円を描くようにアクロポリスへの上昇気流も利用して高く昇ると、やがて、コリントス湾の対岸が見えてきた。
そこで一気に滑空に切り替えると北に見える港町と岩山に向かっていった。
鳩は飛行速度が時速で60kmを超える速度になる。
鳩たちは出発から目的地まで2時間もかからず到着したことになる。
鳩たちは港町の後ろに聳える岩山へと一目散に向かっていた。
近づくにつれ他と異なり大理石製の巨大な建物や円柱が目立つ特別な場所のようであった。
その中でも山頂近くの大きな建物、周囲を塀で囲まれた独立した聖域ともいえる雰囲気の場所にひそかに鳩小屋はありレンガ作りのしっかりした小屋へ、鳩たちは慣れた様子でトラップのくぐり抜け入っていった。
入った鳩達は少女達からカラスムギや大麦を与えられ、手早く捕まえられ足の羊皮紙を外される。
リボンを巻くのに使っていた金具には5羽とのみ描いたパピルスがつけられた。
十分な水と餌に満足した鳩は再び放たれ、番のまつコリントスへ向かって再び飛ぶことになる。
鳩たちが到着したのはデルフォイのクニドスの館と呼ばれるアポロンの聖域だった。
鳩小屋で世話をしていた少女達は集めた羊皮紙のリボンをアポロン神殿の巫女頭に持っていった。
「コーラ、リボンに今日は5通と書いてありましたが?」
「はい、エリアナ様、到着した鳩は5羽で給餌給水後全羽ご休憩いただいてます」
「彼女らはアフロディテの聖鳥ですから丁寧にお世話したのですよね」
「いつも通りにお世話しました」
「よろしい、コーラは一人残して日々の勤めにお戻りなさい」
「はい」
返事と同時に蜘蛛の子を散らすように不運な少女を残して他の少女達は聖域にもどっていった。
エリアナと呼ばれた巫女頭はアラクネに比べると10歳は年上で初老に足をつっこんだ感じで、肌には薄い皴と生え際の白髪が目立ち始めた女性だったが不思議とアラクネに似通ったところのある顔だちをしていた。
「それにしてもきな臭い情報が混じっていましたね」
今日のリボンを5つの山に一枚づつ分類して、そのうちの一つの山をパラパラとめくりながら最近の情報を再確認していたエリアナは呟くように独りごとを言った。
「アラクネからも飛ばしてもらう方がいいかもしれない」
最近の動きを過去のリボンを辿りながらまとめ、新しいリボンに書き込みをはじめた。
その数5枚2セットで5枚は今日コリントスから着た鳩に装着して送り返すことになる。あと5通はデルフォイで飼われている鳩に取り付けて放たれた。アテナイ目指して。
アテナイの青髭の神殿、そのすぐ横にある住宅のひとつに物憂げなしぐさでベットに横たわりながら飛んできた鳩を指に乗せる美女がいた。おそらく30歳前
今までの神殿の女性達とは異なり、いで立ちがまったく異なっていた。
ボルパイや髪飾りに金銀が多数あしらわれ絢爛さを強くアピールしたものであるが、その身に着けた
キトンが今までにない薄く透けた布地で作られていたのが目を引く。
なんでもペルシアより東のカラキタイより敷物を運んできてその敷物に用いられている絹と呼ばれる糸を解いて、再度キトン用の布に織りあげるという手間をかけていて、キトンの下着の胸帯と腰帯 の透け具合も利用して複雑な肢体の強調を行える、なおかつキトンのひだが細密に作りやすいという利点がある。
もっとも絹の衣服は銀の糸で編む程、高くつくので資産家のヘタイラ(高級娼婦)でもないと身に着けることはない。
フリュネと呼ばれるアテナイ1の呼び声も高い彼女のパートナーは元アルコンのヘラクレイトスであり、アテナイの独裁制を阻止するためにスパルタの双王家と切磋琢磨していた頃にはフリュネも使者としてエウリュポン家やらアギス家を何度も訪問した。
その予想以上の楽しみの一つが伝書鳩を通じて依頼されるコリントスのアフロディテ神殿とデルフォイのアポロン神殿の依頼である。
女の身ながらヘレネスの社会を大きく動かす実感は予想していなかった快感といっていい。
全力でこの仕事を続けるしかない、と確信する原動力になっていた。