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アヒル番令嬢と堅物王太子は呪われてしまうらしい  作者: 碧りいな
幸薄い伯爵令嬢
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王太子は妙な充足感を覚える


 ルイザに案内されたのは日当たりが良く明るい花柄の壁紙が可愛らしい部屋だった。



 「普段お召しになるワンピースはこちらにございますの」



 ルイザに連れられて入った続きの部屋は衣装室で、ズラリと並んだワンピースは村娘が着るような素朴なものばかりだった。それでも愛らしく膨らんだ袖や軽やかな色合い、優雅に開いた襟ぐりを飾っているレース、ギャザーたっぷりのふんわりしたスカート、ウエストから胸元まで編み上げたリボンはアクセントになるだけではなくサイズ調整機能もあり、ロジーナの着せられている色もテザインもどよんとしている身体のラインなど何処にあるのかわからないダボッとしたドレスらしきものよりもずっと可愛らしくロジーナは言葉を失った。



 「アヒルのお世話がございますから動きやすいものが良いかと思いましてね。外出用のワンピースやドレスは採寸が必要なので後程ドレスサロンのマダムが参ります。その者と相談しながらオーダーいたしましょう」



 ルイザは並んだワンピースをじっと眺め、一着を選んで手に取った。いきなりパステルカラーではロジーナがたじろぎそうな気がするが、これならば袖とスカートは柔らかなクリーム色だけれど身ごろが落ち着いたモスグリーンで戸惑いも少ないのではと考えたのだ。ロジーナとて年頃の娘、新しい服にさぞや心を弾ませるに違いないとルイザはウキウキした。



 「こちらはいかがかしら?」



 そう言いつつワンピースを手に笑顔で振り向いたルイザが目にしたのは、どう見ても心を弾ませているようには見えない声を押し殺して泣くロジーナだった。



 「ロジーナ様……どうなさいまして?」


 「こ、ここに来るまでにお会いした方々が誰もかれも皆ご親切で……それにこんなに立派なお部屋を用意して頂いてその上お洋服まで……」



 嬉しいのね、感動したのね、辛い事ばかりだったのだものね……と貰い泣きしそうになったルイザだったがどうもロジーナの様子がおかしい。何故そんなにもオロオロと狼狽えているのかしら?と疑問が胸一杯に広がったその時、ロジーナは嗚咽を抑え切れずにオェッとえづいた。



 「あーもう、良いのですよ。我慢しないでお泣きなさい、わたくしは大分慣れて参りましたわ」


 「すみません。私が泣く度に余りにも皆さんが驚かれるので控えようとはしているのですが我慢できなくて」



 ロジーナは深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせるように胸に手を当ててから言葉を続けた。



 「どうかもう、私には構わずにいて欲しいのです」



 ルイザはハッとした。ロジーナの生い立ちが気の毒で思わずあれこれ口を挟んでしまったが余計なお世話だったのではあるまいか?ルイザだけではない。既にこの城の気の良い使用人達もロジーナへの同情ではち切れんばかりになっていてお嬢様のお心が癒されるようにと大張り切り、この部屋にたどり着く迄にロジーナはどれだけの思いやり溢れる優しい言葉を掛けられたことか。しかしロジーナにとっては寄ってたかって憐れまれプライドを傷つけられたのだろう。そんな事にも気がつかないなんてとルイザは唇を噛んだ。



 ごめんなさいと言いながらわんわん泣きじゃくるロジーナに申し訳なくルイザは肩を落とした。



 「わたくしったら、ロジーナ様のお気持ちも考えずダメですわね」


 「はい、ダメです。本当に困るんです」



 ん?とルイザは首を捻った。思ってたのとちょっと違う。いくらなんでもあっさり肯定し過ぎじゃない?本当に困るってナニ?



 「お困りに、なるのですか?」


 「はい。皆さんが私に親切にしたら解雇されてしまうではないですか!」


 「解雇?」


 「はい。皆さん私に関わるとろくなことにはならないのをご存知ないのでしょうか?今までに私のせいで解雇になった使用人が何人いたことか。段々皆が把握してくれて最低限の関わりしかしなくなったので心配せずに済むようになったのですが、家を出されたせいでこんな事になるなんて。こうしてはいられません、主様のお耳に入る前に皆さんに注意喚起をしなければ!!」



 ルイザは慌てた様子で部屋を出ようとするロジーナを引き止め着替えをさせる事で気を外らせて誤魔化し、自分はロジーナのドレスアップだけに集中することにしてこれについてもシャファルアリーンベルドへの丸投げ案件に加えることに決めた。

 

 クリーム色のワンピースは似合うとは言い難かったが、どよんとしてダボッとしたドレスよりも格段に年相応の娘らしく見えるようにはなった。どよんとしてダボッとしたドレスで隠れてしまっていたほっそりした腕や首は色白で、といっても多分家に閉じ込められていたせいで殆ど日を浴びることも無かった為に抜けるような青白さではあったがしっとりした美しい肌をしており、ルイザは一筋の希望の光を見出だしたような気がした。


 それに俯いて泣いている時には気がつかなかったが、泣き止んで顔をあげれば姿勢が良く立ち姿が非常に美しい。これで髪を丁寧に手入れして素敵な髪飾りで纏めれば少なくとも後ろ姿美人になるのは間違いない。頑張りますわ、エイエイオー、とルイザは拳を握った。





 「解雇?」


 「そうなんです。自分に親切にすると解雇されるから構わないで欲しいって仰るんです。ね、ね、気になりますでしょ?その辺泣かさないようにうまーく聞き出して下さいませね。では先ずは夕食の支度ができたそうなのでダイニングにご案内をお願いします」



 ルイザはロジーナを待たせシャファルアリーンベルドの元に向かい初仕事の指示を出した。そして早速『解雇』の件について耳打ちしシャファルアリーンベルドの好奇心と探究心をツンツンと刺激する。まんまと思案顔になったシャファルアリーンベルドの様子に丸投げ大成功とルイザはほくほくした笑顔になりそうになるのを必死に堪えた。



 ノックに応えおずおずとドアを開いたロジーナの姿を目にして、何も聞かされていなかったシャファルアリーンベルドは目を丸くした。どよんとしてダボッとしたドレスのせいでとてもとても18歳には見えなかったロジーナだが、年相応の服装をさせたら確かに若い娘らしい溌剌とした身体つきで、百合根から姫百合迄を10段階に分ければ一気に3くらいまではポイントアップを成し遂げた気すらする。


 シャファルアリーンベルドがそんなことを考えながらじーっと眺めていると、美貌の青年に見つめられ恥らってぽっと頬を赤らめる一般的なものではなく、ロジーナはホイきた!という反応を示した。『何かお気に障りましたか?』と言ってひっくひっくと始めたのだ。



 「い、いや、そんな事はない。明るい色味で心も軽やかになれそうな気がするし、サイズが合っているならば動き易く足取りだって軽やかになるかもしれない。君にとって大変理想的だと思う」



 ロジーナは首を傾げじっと考えているようだったが溜息を一つし本格的に泣き出すのか……とドッキリしたシャファルアリーンベルドの予想に反し普通にコクリと頷いた。



 一瞬のうちに泣かれると判断し反射的にどう宥めようかと考え始めていたシャファルアリーンベルドはポカンとした。だがやはりロジーナは掛けられた言葉に納得し泣くのを止めたようでしゃくりあげは中断され涙も流れてこない。なんとロジーナが泣くのを阻止できたのだ。シャファルアリーンベルドはやけに嬉しく妙な達成感を覚えた。良いか悪いかは別として。



 「夕食の仕度ができている。ダイニングに案内しよう」


 「え?」



 ロジーナはフラフラと後退ると首を横に振りながらポロンと涙を流した。『え?え?え?!』とその3倍の驚きで焦るシャファルアリーンベルドの先程の達成感はどこへやら、何のスイッチを押したかわからずオロオロしていると、レイがひょこっと顔を出した。



 「ロジーナ様、これからはお食事はダイニングで召し上がって下さいね~。シャファルアリーンベルド様と私と母もご一緒します。よろしいですか?」


 「私もダイニングでご一緒するのですか?」


 「そうですよ。でも一分だけお部屋で待って下さいますか?この人にちゃちゃっと説明する事がありましてね~」



 ロジーナが不安そうにしながら部屋に戻りドアを閉めるとレイはコソコソと超早口で説明を始めた。



 「ロジーナ様は今まではお一人で厨房の隅で食事をさせられていたそうです。何故でしょうね?気になりますよね?ですからどうぞ理由を聞いてみて下さいね」


 「わかった」


 「おや、思いの他素直じゃないですか!」


 「謎だらけでムズムズするんだ。しかも謎が多過ぎて何から聞けば良いのか見当もつかない。だから疑問に思ったら片っ端から当たる事にする」


 「そりゃ頼もしい。でも尋問したらだめですよ。極力泣かせないで下さいね」



 念押しししながらレイがドアをノックし再び顔を見せたロジーナにシャファルアリーンベルドは手を差し出した。



 「?!」



 キョトンとしたのはロジーナではなくレイだ。


 ーーねぇ、何してんの?その手はどういう事?まさかまさか、まさかあなた、ダイニングまでエスコートする気?



 一人アワアワするレイをよそにシャファルアリーンベルドは夜会で令嬢をダンスに誘うかのように『お手を』と言った。ロジーナの事をあーでもないこーでもないと言ったけれどよく良く考えればシャファルアリーンベルドだって正真正銘の温室育ちの王子様。普通とは色々ズレてる思考の持ち主なのだ。彼にとって女性を案内=エスコート以外の何物でもなくこれはもう脊髄反射なのである。



 な、泣かれる。そんなことしちゃって絶対に戸惑って泣かれる……と身を竦めたレイだったが、意外な事にロジーナは泣かなかった。シャファルアリーンベルドが差し出した手と顔に素早く視線を送ったかと思うとシャファルアリーンベルドの顔をじっと見つめ、承知したとばかりに口を引き結びふわりとその手に自分の手を重ねた。そして二人はダンスフロアに進み出るかのように優雅な足取りでダイニングに向かい足を進めて行った。



 優雅……、そう、この娘、そういえば優雅なんだよね、とレイは首を捻る。屋敷から出たことなんて殆どなく社交界デビューもしておらず夜会どころか茶会ですら出席していないのに。



 どうやら報告書だけじゃわからないことが沢山ありそうだ、と二人の後ろ姿を眺めつつレイは溜息をついた。



 



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