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アヒル番令嬢と堅物王太子は呪われてしまうらしい  作者: 碧りいな
堅物王太子の奮闘
35/42

大作戦を決行されました


 夕食の後、シャファルアリーンベルドに誘われてテラスに出たロジーナはあからさまに手を入れられガラリと変えられた雰囲気に驚いた。


 手摺に置かれたキャンドルホルダーからはゆらゆらと幻想的な光が放たれ、それは庭園の中央通路の両脇に続いている。まるで此方へと誘われるように光の道を進むと噴水もキャンドルの明かりでぐるりと囲まれ弧を描く水がキラキラとシャンデリアのように輝いていた。そしてそれを眺められるように置かれた二人掛けのガーデンチェアにはわざとらしくクッションをたっぷりと置き、くっついて座らざるを得ないという状況を生み出している。その前にあるテーブルは美しい花々で飾りつけられツルイチゴ水と一口サイズのスイーツが用意されていた。だってロジーナはお酒に滅法弱いのだもの、大事な夜にあの日のように酔っ払って寝落ちされるなどもっての他。そう、これらはエルクラストの面々がシャファルアリーンベルドの武運を祈って用意した『プロポーズ大作戦』なのだ。


 とはいえ『テラスに飲み物を用意してくれ』と頼んだだけのシャファルアリーンベルドも『今夜こそ白黒はっきりさせましょう!』と言わんばかりにノリノリで演出したであろうロマンチックな空間に内心身悶えていた。確かに時間は限られている。限られてはいるが何故プロポーズを強要されなければならないのだ?


 --わたしは想いを伝える勇気が無かった訳ではない!断じてない!!ただタイミングを見計らっていただけだ。こういうことは状況を鑑みながら進めるのが鉄則。それに則っているまでではないか!


 光の中をロジーナの手を取って歩きながらシャファルアリーンベルドの胸のうちは言い訳が渦巻いている。大体状況を鑑みながら進めるのは鉄則である根拠が何かさっぱり解らないが、またしても要らんことを吹聴してまわったに違いないおとぼけ王妃に猛烈に腹を立てていた。その結果『絶対に成功させて吠え面をかかせてくれる!』と心に決め、まんまと焚き付けられているのにちっとも気が付いていないのであった。


 ガーデンチェアを前にして『座ろうか?』と声を掛けられたロジーナの頭には当然ながら『?』が浮かんだ。座ろうか?と言うからにはシャファルアリーンベルドも並んで座る気なのだろう。けれどこのどう見ても1.5人分の座面しか空いていないこのスペースに二人で?


 その時ロジーナは閃いた。そうか、このふんだんに置かれたクッションは膝の上でぬいぐるみのように抱えるための物なのか。そうしたら何となく寛いだ感じになるに違いない。シャファルアリーンベルドの部屋には日々レイがせっせと大量の資料や書類を持ち込んでいる。これは疲れたシャファルアリーンベルドが癒しを求め一息つくために用意されたのだろう。承知いたしましたと小さく頷いたロジーナはひじ掛けに立て掛けられたクッションを手に取ろうとした……が。


 「あら?!」


 それは持ち上げようものならガーデンチェアが付いてくるくらいしっかりと固定されていた。そしてロジーナがその必要性について考え、納得できるだけの理由が何も浮かばずに混乱している間にシャファルアリーンベルドはストンと座り少し右側にずれた。


 それでもロジーナに確保されているのは0.7人分、というところだろうか?


 「少し狭いがどうにかなるだろう。さぁおいで!」


 どうにかなる……まぁシャファルアリーンベルドが言うようにどうにかはなるだろう。そこまで言うのならシャファルアリーンベルドはよっぽどここに座って話をしたいのだろうし、ロジーナとしてはシャファルアリーンベルドのヒーリングタイムの為に協力は惜しまないつもりだ。『失礼いたします』とクッションをぐっと潰しながら座ろうとしたが、よりによってこのクッションははち切れんばかりに綿が詰められておりロジーナからの圧力には少しも屈しなかった。結果、予想通りシャファルアリーンベルドとべったり密着して座るという事態に陥っている。


 --これはいくらなんでも狭すぎないか?これから腰を据えて大事な話をしなければならない大一番だというのにここまでぎゅうぎゅうでは気が散るのでは……というかローズは既にどうにか身体を離そうと密かに努力することに夢中になっているではないか!


 とシャファルアリーンベルドはエルクラストの面々の詰めの甘さに文句を言ってやりたい気分になったのだが、少しでもスペースを捻出しようと左腕を抜いて背もたれに乗せてみると、なんとびっくり!自然に、ごく自然にロジーナの肩を抱くような型になったではないか?!凄い、凄すぎる。なんという計算し尽くされたガーデンチェアなのだ!


 シャファルアリーンベルドはエルクラストの面々の並々ならぬ期待に応えてみせなければと今一度決意を新たにした。


 「ローズ、君に大切な話があるんだ」


 シャファルアリーンベルドはロジーナの右手に自分の手を重ねて握った。密着を少しでも解消できないかとあちこち踏ん張り疲れてしまったロジーナはぐったりしてぼんやりとライトアップされたムーディな噴水を眺めていたが、ぴくっと身体を強張らせシャファルアリーンベルドを見上げる。『あぁ、女性の補佐官的な仕事の話ね』と思いながら。


 そのさも思い当たる節がありますよ、と言わんばかりの落ち着いた様子にシャファルアリーンベルドは拍子抜けした。


 「母上から何か言われてたのか?」

 「そうですね、概要は伺いましたわ。でもシャーリー様、私にそんな大役が務まると本当にお思いですか?私はこの通り、酷く世間知らずなんです。何の身分もありません」


 シャファルアリーンベルドは握った手を取りロジーナの指に口づけをし、頬を押し当てた。


 --な、な、なに?


 ロジーナは高速でパチパチと瞬きをしながらそのほっそりした首筋までを紅く染めたが、はたと一つの事が思い当たった。


 --ええと、騎士が忠誠を誓う時にこういう事をするって聞いた事があるわ。


 だとすれば、小さな世界育ちの自分は知り得ない常識ではあるが、補佐官的な仕事をするに辺り忠誠を誓うとか誓われるとかそういう諸々の事情でシャファルアリーンベルドはこのような行為をしたのであろう、とロジーナは強引に結論を出し、ぷるんと頭を軽く振って動揺を治めた。


 「ローズ以外、誰も考えられはしない。わたしはローズにそばにいて欲しい。ローズと二人でこれからの道を歩んで行きたいんだ」

 「でもそのぉ、エルクラストだけではなくて大きな領地をお持ちなんだとお聞きして……」


 ロジーナはふっと目を伏せた。また一段と長さを増した睫が作った目元の影が余計に表情を悩ましげに見せ思わず見とれたシャファルアリーンベルドだったが『しっかりしろ!』と自分にカツを入れる。


 --大きな領地……ということは母上は自分が王妃でわたしが王太子だということはまだ伏せているのだな。


 ここで正体を明かしてびっくり仰天され、プロポーズどころではなくなっては本末転倒。物には順序というものがある。先ずは妻になるという言質を取りその後諸々を伝えれば良いだろうとシャファルアリーンベルドは都合良く考えた。何しろ相手は初心で純真で天真爛漫でおまけに耳年増のロジーナだ。


 「私、本当に自分に務まるのか自信が持てないんです。領の経営の知識もありません。レイさんもきっと不甲斐ない私に呆れてしまうと思うわ」

 「そんなことはない。レイはローズの優秀さに一目置いているんだ。わたしを支えてくれるのはローズでなければならないとレイも解っている」

 

 ロジーナは不安そうに顔を曇らせた。


 「シャーリー様には他にもっと相応しい方がおいでになるはずですわ。どうして私をお望みになるの?」

 「ローズを愛しているからだ!!それ以外にどんな理由があるというんだ?!」

 「はひぃ~??」


 ロジーナは驚きのあまり力の入らぬ変な叫びをあげたかと思うとそのまま無表情になり思考を止めたらしい。たっぷり十秒ほどしてから呼吸するのも忘れていたことに気が付き『プハっ!』と大きく息を吸い込んで涙目になった。


 「まさかとは思いますが一応確認させていただきますけれど……私を愛しているって聞こえた気がしたのですが……何て仰ったのかしら?」

 「いや、聞き違いではない。間違いなくローズを愛しているからだとそう言った。ローズ、結婚しよう。わたしの妻になって欲しい!!」

 「はにぃ~??」


 ロジーナはより一層力の入らぬ変な叫びをあげたが今度は思考を止めなかった。ただし大混乱のあまり何も言葉が浮かんで来ない。口を開けて何か言わねばと思うのだが、焦れば焦るほど口は動こうとせず瞼だけが忙しくパチパチと瞬きを繰り返していた。


 どうもおかしい、とシャファルアリーンベルドはロジーナのいくらなんでも予想外の反応に狼狽えた。いくらなんでもプロポーズされた娘が『はひぃ~?』とか『はにぃ~?』とか言うものだろうか?口もきけず壊れたからくり人形のように高速で瞬きだけを繰り返すのだろうか?


 「ローズさん?君は一体母上からどんな話を聞かされたんだろうか?」

 「それが……私、ローズ様にここを出て職を持ちたいと相談したんです。ご厚意に甘えて何時までもお世話になるわけにはいかないと思って。そうしたらローズ様は私は刺繍が得意だから養成所に入って職人を目指したら良いんじゃないかと教えて下さったの。でもそれよりもシャーリー様の補佐……のようなものになってくれないかと。シャーリー様には女性の補佐……のようなものが必要で、重圧を感じていらっしゃるシャーリー様の精神的な支えになって貰いたいと言われたんです。シャーリー様も是非私にやって貰いたいと希望されているからって」


 シャファルアリーンベルドはロジーナの手を離しその手を額に当てて項垂れた。補佐……のようなもの?確かにそうだ。一概に間違っているとは言いきれない。だがお陰で確実に話が混乱しややこしくなっている。


 --あンのおとぼけ王妃がぁ~!!


 地団駄を踏みたい気持ちを押さえ目まぐるしく頭を働かせ、シャファルアリーンベルドは急遽次の方針を打ち出した。それは『このまま突き進む』という単純な物だった。


 と言うことで、シャファルアリーンベルドは再びロジーナの手を握りおろおろして視線をさ迷わせているロジーナをじっと見つめた。


 「ローズ?」


 ロジーナは身体を強張らせてぴょんと跳ね、おずおずとシャファルアリーンベルドを見つめ返す。


 「わたしには役目があるんだ。わたしの妻になればその役目を補佐する事が求められる。母が言うように補佐……のようなものというのはある意味その通りなのかも知れない」

 「はい……」

 「そしてわたしのような立場にある人々が妻として迎える人を家柄や能力で選ぶ、それを批判するつもりはない」


 ロジーナはこくこくと頷いた。自分とて伯爵家の一人娘だというだけの理由で愛情など欠片もないデニスと婚約させられた。シャファルアリーンベルドは大きな領地を治める領主様になるのだ。然るべき家柄の令嬢との婚姻を結ぼうと望むのは当然の事ではないか。


 「でも……」


 シャファルアリーンベルドは握ったその手にぎゅっと力を込めロジーナの瞳を覗いた。キャンドルに照らされた噴水の光が映り込んだロジーナの瞳は蒼い輝きを放っている。それはこの世のどんな宝石よりも美しい目が眩むような輝きだ。


 「ローズ、君は自分が考えているよりもずっと聡明だ。教養も能力も非常に高くわたしの妻として申し分ない女性だ。でもそれだけではない。わたしは君を愛しているから妻になって欲しいんだ」


 『シャーリー様……』と瞳にハートを浮かべて頬を染めてくれるなどという甘い期待はしていなかったとはいえ、事態は予想以上に深刻だった。ロジーナは訝しげに眉をひそめ首を傾げて考え込んでいる。これは危機的状況だ。こんな時のロジーナの頭の中は疑問でパンパンになっており忙しなく考えを巡らせているのだとシャファルアリーンベルドは気が付いていた。つまり大凡愛の告白を受けている真っ最中の18歳の女の子とは思えぬ有様なのだ。


 「随分驚かせてしまったようだね。ローズは少しもわたしの気持ちに気が付いていなかったのかな?」

 「ええと、先ず驚いたのは仕事の打診だと思っていたのがまるで違う話だったところなのですが……たった今までシャーリー様がどのようなお気持ちでおいでなのか、考えもしていなくて……」


 ロジーナは空いている右手を頰に添えポンポンと叩いた。


 「そうですね、色々な事を良く良く思い返せばシャーリー様は私に対して特別な好意を寄せて下さっていらっしゃる……ような?」

 「そうだ、ようだ……ではなく特別な好意を寄せている。つまりわたしはローズを愛しているんだ」


 ロジーナは頰を叩くのを止めその手を自分の手を握るシャファルアリーンベルドの手に乗せた。


 「困ったわ!」


 そう言いながら眉尻を下げ唇を尖らせる何時もの拗ねた表情だけで、シャファルアリーンベルドは例によって口から手を突っ込まれて心臓を握り締められているような苦しさを感じた。それでも漢の沽券に関わってはと表面上は必死に平静を装っているけれど。


 「どこに困ることがある?」

 「シャーリー様のお気持ちが、嬉しくてたまらないんですもの」


 ロジーナは相変わらず唇を尖らせた拗ね顔だ。だが口にしたのは『シャーリー様のお気持ちが、嬉しくてたまらないんですもの』だったような気がする。だがそれは拗ねるような事なのか?


 「何だって?」

 「ですから、嬉しくてたまらないんです。シャーリー様のお気持ちが」 

 「ローズさん?」


 とシャファルアリーンベルドは首を捻りながら話し掛けた。



 


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