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アヒル番令嬢と堅物王太子は呪われてしまうらしい  作者: 碧りいな
幸薄い伯爵令嬢
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婚約破棄されるそうです


 「気の毒だがお前は望まれた子ではなかったからな。夫婦どちらが届け出をするかで揉めていたのは知っていたが、そうこうするうちに届け出自体忘れてしまったのだろう」


 叔父は気まずそうに肩を竦めた。


 「私が伯爵になりデニスは嫡男、きっとこの先条件の良い縁談が沢山舞い込むはずだ。お前とデニスを結婚させる必要はなくなった。すまないが諦めてくれ」


 それはもう一向に全然全く構いませんのでどうぞお気遣いなく、とロジーナは猛烈に思った。叔父に対しては大きく一つ頷くだけに留めたが。


 「それはそうと、何か不都合はあるのでしょうか?今からでも届け出をすることはできませんか?」

 「ロジーナ、お前は何歳だと思っているんだ。今更届け出などできないよ」


 婚約破棄という一筋の希望の光に目がくらみすっかり現実が霞んでしまっていたロジーナだが、ここにきて漸く話の本質はそこではないなと思い始めた。ロジーナの小さな世界でも、もう届けを出せないという叔父の言葉は怪しいものだと警報が鳴り響いたのだ。叔父はこのチャンスを逃すまいとロジーナを誤魔化しているのだろう。そして爵位ばかりか財産を根こそぎふんだくろうとロジーナを排除しようとしているに違いない。


 財産なんて別にどうでも良いと思うほど無欲ではないから不服に感じない訳ではないが根こそぎふんだくられてしまうのは諦めるとして……行く当てもなく一文無しでほうり出されでもしたらどうしよう?胸一杯に不安が広がったロジーナの目からポロリと涙が溢れたが、見慣れている叔父はちらりと視線を送っただけで気にする素振りも見せなかった。


 「不都合も何も、お前には国民としての権利は一切ないんだ。何一つ保障も受けられない。私が爵位を次ぐ以上いくら一年にも満たないとはいえ兄上の正妻だったダーマを追い出すことはできん。それだけでも私には重過ぎる負担なんだ。とてもお前の面倒を見てやる余裕などない。赦しておくれ」


 叔父は先手を打って謝り逃げるつもりらしい。ロジーナの予想はドンピシャに的中したようだ。


 「だがお前の母親の実家は……『事件』以来機嫌を損ねてしまったからなぁ。期待はできんだろう」


 あぁ、それは間違いないでしょうねとロジーナはしゃくりあげながら思った。

 ーーだって私、あんな証言をしてしまったんだから……

 

 そう考えた瞬間、ロジーナの両目からは噴き出すように涙が溢れが、とにもかくにもむしろ泣いているのが通常運転であるロジーナなので、いつものように叔父は増量した涙にも一切反応することもなく話を続けた。


 ただし、話の内容はロジーナには思いもよらぬ物だった。


 「実はお前が領地にいた時にお前を引き取りたいという話が持ち込まれたんだ。兄上は欲しがるのならくれてやれば良いと言ったがわたしはデニスとの結婚が目前だからと丁重に断ったが」


 実際にはけんもほろろであったが。


 「それなのに毎月のように引き取りたいと言われ、それでも断る度に気が変わったらいつでも連絡をくれと念押しされた。無論その度に丁重に断ったが」


 言うまでも無いが実際にはけんもほろろであったが。


 「お前は運が良い。その話を受けたら良いだろう。お前ならサルーシュの片田舎でも何ら困らないだろうし」


 運が良いのは何一つ苦労せずに厄介払いできる叔父の方だ。隠しきれないほっくほくな喜びがこぼれ落ちて足元で可愛いお花を咲かせちゃってるものね、とロジーナは目には見えぬ花をぼんやり眺めた。


 「サルーシュってお隣りの国のサルーシュですか?どうしてそんなところからお話が……」

 「知らん。とにかく貴族の遣いを名乗る奴が何度もやって来ては引き取らせろと言ったんだ。主の名前は聞いたがサルーシュの貴族の名前など聞いたところでわからん。仕度金をちらつかされてもお前をデニスと結婚させないと爵位が手に入らない。金では伯爵にはなれんからな。ロジーナは我が家になくてはならない存在だ、そう言ってやった」


 なくてはならない存在が普通の意味合いでは無いようですが、と思いつつグスンと鼻をすすりながらロジーナは何も言わずに聞いていた。

 いや、ロジーナよ。ここは一言言っても良いんじゃないか?何処の誰かもよくわからない隣国の人間に未届けとはいえ18

年間姪として接してきた私を丸投げするのはいかがなものかと。


 だが、純粋培養のロジーナは不当な扱いこそ『はいいらっしゃいませ』と受け入れてしまうのでそっちはほぼ受け流しだ。


 「私はサルーシュの片田舎に行って何をするんでしょう?」

 「知らん知らん。大方予想はつくが()()知らん。そんな事をわざわざ聞くやつがいるか!行ってみればわかる事だ。それにしてもお前を欲しがるとなると……泣き喚かせて興奮するとはよっぽど特殊な嗜好の持ち主だが、お前に目を付けるとは流石だな。これ以上の逸材は二人といないだろう……」


 後半は叔父の独り言であるので幸いロジーナには聞き取れなかったが、叔父の予想はこの通りろくでもない話でよくもまぁそう考えていながら姪を渡そうとするものである。



 ロジーナは泣いた。さっきからひっきりなしに泣いてはいたがロジーナなりの分類によるとこれでも違う分野の泣き方だった。

 悲しくて苦しくて切なくて悔しくて申し訳なくて、日々そうして泣き暮らすロジーナだがこれはかなり珍しい。言うなれば激レアな混乱の涙だ。もしかしたら史上初といえるかもしれない。


 婚約破棄にはホッとして、でもこの家の娘として未届けだったのには驚いた。爵位は元々女の自分は継げないから良いとして、財産を全て巻き上げられるのは酷いなぁと思う。

 ただし純粋培養のロジーナは酷い≒受け入れ案件なので仕方がないとさらっと諦めてしまうのだが。


 だから追い出されるのは必至でどうにかしなければならないが、取り敢えず行き先はあるらしい。あるにはあるがそこは隣国サルーシュの片田舎。どんな所か全く知らない。引き取りたいと言う理由も解らず行ったところで何をするかもわからない。


 これは良いのか悪いのか?さっぱり解らずロジーナは途方にくれた。だが、足元に色とりどりの花が咲き乱れている叔父に向かって拒否するなんて不可能だ。途方にくれ不安を抱えながら、そしてシクシク泣きながらサルーシュに向けて送り出されるんだな、と思ってはみたものの、流石のロジーナも唖然とするあまり生まれて初めて泣くのを忘れるという稀に見る事態となった。


 だってロジーナはその僅か十分後に馬車に押し込まれ、満面の笑顔で手を振る叔父に見送られサルーシュに向けて出発していたのだから。



 

 叔父は知らなかった。そして調べようとすらしなかった。


 ロジーナが向かっているエルクラストという片田舎がサルーシュ王家の保養地だという事を。そして訪ねて来た使者が口にしたルーセンバインというのは、サルーシュ王家の家名であると言う事を。



 


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