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アヒル番令嬢と堅物王太子は呪われてしまうらしい  作者: 碧りいな
堅物王太子の奮闘
28/42

シャーリー様が戻られました


 次の日の夕方、シャファルアリーンベルドとレイはエルクラスト城に到着した。どんな顔をしてロジーナに会えば良いかとあれやこれや悩み、悩み過ぎて良案も浮かばず重い足取りで馬車を降りたシャファルアリーンベルドだったがそこにロジーナの姿はなかった。


 「彼女は池に行っているのか?」

 

 出迎えたアドルフに尋ねると『いえ』と首を振られた。ルイザと共にエルクラストの隣のレベンス伯爵領の領主館に出かけたのだという。


 「昨日急遽レベンス伯爵夫人に茶会のお招きを頂きまして……あぁ、お戻りになられましたぞ!」


 エントランスに着けられた馬車のドアが開き、先に降りてきたルイザはシャファルアリーンベルドの顔を見るなり笑いを噛み殺した。


 「あら……お早いお戻りでしたのね。もう寂しくなられましたの?」

 「ち、違う!」


 ドアの前でわざと立ち塞がるルイザに苛立ちながら右往左往していると


 「シャーリー様?!」


 という声が聞こえ、それだけでシャファルアリーンベルドの胸はドキンと大きく弾んだ。


 ーーな、何だ?この小鳥の囀りのような可愛らしさは?


 ひょこっと顔を覗かせたロジーナは嬉しそうに顔を綻ばせている。瞬きも忘れ思わずボーッと眺めてしまったシャファルアリーンベルドは『ほら、手を……』とレイに耳打ちされはっと我に返り慌てて馬車を降りるロジーナの手を取った。


 ロジーナは茶会用に誂えた淡い青磁色のデイドレスに身を包み耳の上で捻るようにした髪をアメシストの髪飾りで留めていた。


 「ルイザさんが選んで下さいましたの。今日お目に掛かった皆さまはこれはサルーシュの王太子殿下の瞳の色だと仰るのですが、私はシャーリー様の瞳だと思うんです。とっても綺麗な碧紫色なんですもの」


 髪飾りに目を留め文字通り凝視したシャファルアリーンベルドに気付いたロジーナは首を傾けて髪飾りに手を添えながらさらりと言ったが、シャファルアリーンベルドの胸はもう一度大きく跳ねた。同時にこの瞳を与えてくれた父に生まれて初めて心の底から感謝した。


 「随分と急な話だったな」


 動揺を見せまいと話を反らし尚且つルイザに話し掛けたが、ルイザは全てお見通しですと言わんばかりの『ははーん』という薄笑いを浮かべている。


 「こちらでニアト王家の親戚筋のご令嬢をお預かりしていると小耳に挟まれたそうで、それならば是非早急にお目に掛かりたいと伯爵夫人が申されましてね」


 『勿論小耳に挟んだのは王妃様ですわよ。おわかりですわね、根回しはもう始まっておりますの』と小声で付け加えるとルイザはロジーナに視線を移しにっこりと笑い掛けた。


 「ほら、心配なさらなくても直ぐにお戻りになるからと申しましたでしょう?まさか昨日の今日なんてそこまで早いとは思いませんでしたけれど、なんと言ってもシャファルアリーンベルド様はロジーナ様が大好きなんですから」

 「…………」


 ルイザめ、何故そんな告知を勝手にするのだと思いながらシャファルアリーンベルドの口は縫い付けられたように動かず、代わりに目蓋だけがパチパチと開け閉めされどうにもならずにいる内に、ロジーナが、大好きだと告知された当のロジーナがほっとしたようにいとも簡単に口を開いた。


 「良かったわ。シャーリー様は私が嫌いになって居なくなってしまわれたのかと悲しくなってしまいましたの。でも戻っていらして嬉しいです。だって私、シャーリー様が大好きなんですもの」

 「…………」

 

 再度お口を縫われてしまったシャファルアリーンベルドだったが今度は強引にそれをこじ開け、そして試しに聞いてみた。


 「君は私が大好きだったのか?」

 「えぇ、そうですよ。ルイザさんはシャーリー様も同じ気持ちだって仰るのですが本当かしら?」


 ロジーナは少し不安な気持ちを滲ませ顔を曇らせながら首を傾げた。


 「君がわたしを大好きだと思うのなら、わたしは君が大大大好きだと言わなければならない筈だ」


 シャファルアリーンベルドは昨日の拷問のような自供で感覚が麻痺しているのか、ルイザ以下複数人が居合わせるこの場でありながら確かめずにはいられずにそう言った。そして予想通りロジーナから顔色一つ変えず、でもにこにこと微笑まれ、表面的には『わたしたちは仲良しさんだからな!』という顔をしつつ心で大粒の涙を流した。


 着替えてくると自室に戻ったロジーナを見送りシャファルアリーンベルドとレイ、ルイザとアドルフは誰が言うでもなくなんとなく自然にラウンジに移動しテーブルを囲んで座ると顔を見合わせた。


 「そんな気はしていましたが想像以上の手強さですよ、どうするんです?何だか殿下とロジーナ様がお父さんと娘、精々お兄ちゃんと妹くらいにしか見えませんでしたけど?」


 レイに痛いところを突かれシャファルアリーンベルドは憮然とした。


 「でもね、幸い本当に大好きなんだそうです。ですから希望は捨てちゃダメですわ。レベンス伯爵のご子息の事は『申しわけ無いのだけれど何だか気色悪かった』と仰っておりましたもの」

 「レベンス伯の息子?どういう事だ?」

 「庭を案内したいとロジーナ様を連れ出されまして……今日のドレス、儚げなお可愛らしさが一際引き立って良くお似合いでしたでしょう?思わずつい手を握ったりうっとりと見つめたり、褒め方に熱が篭り過ぎたりしたようで。ロジーナ様は早々と顔をひきつらせて暑くて暑くて耐えられないから戻りたいと言って付き添っていたジェニーにしがみついたそうですわ。で、馬車に乗るや否や『気色悪かった』と」


 非常に複雑だ、とシャファルアリーンベルドは考え込んだ。青磁色のデイドレスを着たロジーナは湖に佇む女神を思わせる美しさだった。だが自分のいない所で他の男がロジーナの美しさに目を奪われ手を握ったりうっとりと見つめたり、熱が篭った言葉を囁いたりしたとは何たることだ!


 --どうしてあの時わたしは青磁色のあの布を選んだのだ!あの柔らかな淡い緑色を身に付けたら彼女がどれ程美しくなるか、何故気が付かなかったのだ!


 眉間を寄せて激しく後悔しているけれど、そもそもあの時点でロジーナが美しい等とはこれっぽっちも考えていなかったという事実はすっぽぬけている。


 でも……レベンス伯の息子は艶やかな黒髪とヘーゼルの瞳をしたなかなかの美男子だったはず。彼に好意を示されて不快に思う令嬢はそうはいないだろう。しかしロジーナは気色悪いと言った。そしてそのロジーナが自分の事は大好きだと言っている。これは脈ありと言えるのではないか?


 それが『大きくなったらパパのお嫁さんになる!』と無邪気に笑う小さな女の子のような大好きだとしても気色悪いよりはずっとましではないか!育成だ、育成すれば良いのだ。恐らく精神的な発達においてすこーんと抜け落ちてしまっているロジーナの恋愛感情を早急に育成し、父親、良くてお兄ちゃんからそれ以外の存在として認識できるようにするのだ。


 「ルイザ、ジェニーに適当な恋愛小説はないか聞いておいてくれないか?但し、ジェニーの愛読書はダメだ。もう少し……そうだな、母親に見つかっても叱られない程度の物を」

 「あら、ラワーシュの書店でお求めになった本はダメですの?お気に入りのようで、同じ作家の小説をもっと読みたいと仰っていらしたのに」

 「ダーメーだっ!あんな子どもの読み物ではなくもっとこう、恋愛に夢や憧れを抱けるような内容にしなければ。幸い読解力はすこぶる高いのだから適当な恋愛小説を読めば知識として吸収し恋愛感情の発達を促す効果が期待できる」


 ルイザはやれやれと言わんばかりに額に手を当てて下を向き、そのままギロッと上目遣いにシャファルアリーンベルドを睨んだ。


 「本当に堅物なんだから!ロジーナ様に恋愛感情を抱いて欲しいのでしたら先ずは殿下がその薬の効能を読み上げるような物言いをどうにかなさいませ。ロマンチックのロの字も無いじゃございませんの。それじゃ一向にお二人の仲は進展しませんことよ」

 「そ、そんなことはないだろう?!『知的で素敵です』と言われたことはあってもこれを理由に振られた事など一度もないぞ!」


 今度はレイがママそっくりな一連の仕草でシャファルアリーンベルドを睨んだ。


 「そりゃ殿下ですから。美貌と実力を兼ね備えた王太子相手に『物言いにムードがない』なんて誰がケチ付けますか?あわよくば王太子妃になれるかも知れないんだからそのくらい我慢するでしょうよ。ですがねぇ……」


 レイはぐるりと皆の顔を見直してから再び口を開いた。


 「ロジーナ様は殿下を領主の息子だと思っていらっしゃる。ついこの間までご自分だって領主の娘さんだったんですから世話になっているという感謝こそあれ野心なんて欠片も無いでしょう。それでもロジーナ様は殿下と話をするのが『楽しい』と感じておいでです。そもそもあの方ご自身が相当特殊な思考の持ち主ですから殿下と気が合うのは間違いない」

 「殿下をサルーシュ王太子としてではなく一人の男性として大好きだと思って下さる貴重な存在ですよ。今はそれがお父様かお兄様に対する大好きみたいなものだとしてもね。益々手放す訳にいきませんわ」


 ルイザにまで言い添えられ『そこまでか?そこまでわたしは酷いのか?』とややブルーになったシャファルアリーンベルドだが取り敢えず傍目からも脈アリと認定して貰えた事に胸を撫で下ろした。となればこれはもう行動あるのみだ。何しろモタモタしてはニアト王家にかっ攫われてしまいかねない。


 「よし、庭に行く。四阿に彼女を呼んでくれ」

 

 何がよし、なのか知らないが、颯爽と庭に向かうシャファルアリーンベルドの背中を三人はニヤつきながら見送った。




 


 

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