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アヒル番令嬢と堅物王太子は呪われてしまうらしい  作者: 碧りいな
ロジーナ、アヒル番令嬢になる
16/42

アヒル番が始まりました


 メイド長にロジーナを任せレイはシャファルアリーンベルドの元に向かった。長時間に及んだ協議は流石にお開きになっていてジェニーは既に退出しておりシャファルアリーンベルドとルイザが満足げにお茶を飲んでいる。


 「ロジーナ様はお部屋にお戻りになったかしら?」

 「えぇ、後のお世話はメイド長に任せました。それはそうとですね……」


 レイはルイザがいれたお茶を一口飲み腕組みをして考え込んだ。


 「……それはそうと何なんだ?」

 「お嬢ちゃまですよ、お嬢ちゃま!!」

 「お嬢ちゃま?!」


 レイはコクコクと首を振った


 「18歳の早けりゃ子持ちでもおかしくない年齢の御令嬢に向かって皆が口を揃えてお嬢ちゃま!メイド長も料理長も可愛くて可愛くてたまらない孫みたいに見えてるらしくて、正に目の中に入れても痛くないって感じなんですけど……ロジーナ様は18ですよ!!」


 シャファルアリーンベルドとルイザは顔を見合わせた。


 「ま、まぁ……些か子ども扱い……というよりもまるで幼児相手のような気はするが誰に迷惑がかかる訳でも無し、それに彼女は母上の一存で世話しているだけの娘だ。本人が嫌がっていないのなら放っておいて良いんじゃないのか?」

 「そうですわね。わたくしも問題はないと思いますわ。それに……ついついお嬢ちゃまと呼びたくなる気持ちもわかるような?」


 昨夜孫どころか初孫くらいのデレっぷりで毛布を握り締めるロジーナを眺めてしまったルイザが思いっ切り加勢したのでレイはそれなら良しとすることにした。それに、なのだ。


 「そうなんですよね~」


 レイは腕を解くと後頭部に手の平を当てぐっと背中を反らせる。それからもう一度腕を組んでまた考え込んだ。


 「昨日ここに来た時はとても18の若い娘さんには見えないって感じの『年齢不詳』だったのになぁ。一日で一時も目を離しちゃいけない小さい女の子って感じに変わるって何なんだろう?いくつも歳の変わらない料理人までいないいないばぁでもしかねない愛で方でしたからね」

 「あんなに容易く泣くのだから自ずとそういう扱いになるんじゃないか?」

 「それだけですかねぇ?」


 発注数大幅増の張本人が何言ってるかな〜と呆れながらレイはシャファルアリーンベルドを眺めたが、明らかに無自覚なので口に出すのはやめた。指摘しても面倒なだけだ。


 「それから彼女、あの分だと毎日一食は厨房で食事をすることになりそうです」

 

 レイは敢えて話題を変え、料理長から涙ながらに伝え聞いた「赤いピーマンとの再会物語」と共に料理人達の熱烈な勧誘について説明した。


 「あの父親……生きていれば伯父上を動かして爵位を取り上げてやったものを」

 「殿下が権力を乱用する前にクズ親父が亡くなっていて何よりでした。それにお陰で猿みたいな男と結婚させられる前にロジーナ様を引き取れましたからね。ありがとうございますと一言お礼を申し上げたいですよ。さ、それはそうとさっさとお仕事を済ませましょう。明日こそアヒルのお世話が始まりますから、殿下もお忙しくなりますよ!」


 それがあったか、と今更ながら思い出したシャファルアリーンベルドは顔を顰めた。ロジーナの三十着コレクションに持てる全ての力を注いだ今日一日、つまり執務(王子様のお仕事)の事なんてすっかり忘れて燃え尽きているのだがレイは大目には見てくれない。勿論ルイザはこういう時にはここぞとばかりにレイと意見ぴったりの仲良し親子になる。


 ーー何だかあの娘と居ると本当に疲れる……。


 シャファルアリーンベルドは重い腰を上げノロノロとあるき出した。そもそもの原因は張り切りすぎた自分にあるのを大いに反省しながらという辺り、なかなかデキた王子様なのであった。



 翌朝、ワンピースの上から白いエプロンを着け緊張の面持ちをしたロジーナはシャファルアリーンベルドに連れられて庭に出た。『庭園をご案内するんじゃないんです。アヒルの世話に行くんですからエスコートはおかしいですよ!』と前もって注意されているので手をとってはおらずごく普通に連れ立って歩いている。一口に庭といっても噴水を中心に造り込まれた庭園を囲む生け垣を抜け通路を進むと城で消費される分の野菜を育てる畑が広がり、その向こうに家畜を飼育する牧場がある。更にその奥に広がる森までの敷地全部の総称がエルクラスト城ではざっくり庭と表現されていた。


 アヒル小屋に向かい先ずは庭園を通り抜けようと歩いていると、ハーブ花壇に差し掛かった所でロジーナが立ち止まり鼻をピクピクと動かした。


 「どうした?」

 「何だかとっても良い香りがしませんか?」


 ロジーナが辺りを見回すとそれに気付いた作業中の庭師が一斉に目尻を下げデレっとした表情を浮かべ『ラベンダーではないでしょうか?』と一本差し出した。


 「そう、この香りです。こんなに小さいのに凄いわ!」


 心底感心していると言わんばかりのロジーナの様子に庭師達の目尻は底なしに下がって行く。


 「気に入られたのならお戻りまでに一束こしらえておきましょう!」

 

 さらりと、庭師はごくさらりとそう言ったがロジーナは困ったように顔を曇らせた。


 「でも、皆さんは作業中でしょう?」

 「いや、部屋に飾る花束を作るのも彼らの仕事だ。遠慮なく頼んだらいい」


 シャファルアリーンベルドはロジーナの手からラベンダーを抜き取ると側にいた庭師に渡した。ロジーナはシャファルアリーンベルドをチラリと見上げ、勇気を振り絞るかのようにキュッとスカートを握ると『お願いしても良いかしら?』と小さな声で尋ねた。


 「お戻りまでにご用意いたしますね」


 庭師達はやる気の表れなのか剪定鋏をパチリと鳴らしながら花壇に戻って行き、三人もその場を後にして庭園を出た。


 やがてシャファルアリーンベルドとレイに先導されたロジーナが畑を抜けて牧場に差し掛かるとお抱え農夫の親方が出迎えた。日に焼けた赤毛の少女を連れている。


 「アンと申しましてアヒルの世話を担当しておりますです」


 ぎこちなく話す親方に紹介されアンはペコリと頭を下げた。


 「アヒルの世話はアンがお教えしますですので。なぁ、アン?」

 「ハイ!」


 アンは元気に返事をしたが、その時ロジーナがつんつんとシャファルアリーンベルドの袖を引いた。


 「どうした?」

 「あの……」


 ロジーナはアンと親方に不安そうな視線を巡らせ無意識なままシャファルアリーンベルドの袖をギュッと握って親方に尋ねた。


 「私がアヒルの世話をしたら……アンはその間違う仕事をするのですよね?」

 「はい、その通りでございますですがそれが何か?」

 「私、何も考えずにアヒル番をやりたいなんて言ってしまったけれど、私がアヒル番を横取りしたせいで手の空いたアンが重労働を任されたりしないかしら……どうかアヒルの世話よりも大変な仕事を与えないでくれませんか?私でお役に立てるかわからないけれど、手が足りないのならアンの分は私が代わりに一生懸命頑張りますか」「コラコラコラコラコラコラコラコラ」


 大慌てのあまりコラコラを多発してロジーナの話を遮ったシャファルアリーンベルドはロジーナの顔を覗き込んだ。


 「ここはそんな極悪非道で劣悪な労働環境ではないぞ。なぁ?」


 シャファルアリーンベルドに聞かれて親方とアンは大きく頷いた。


 「この子はメイド見習いですから、殆どが中の仕事でございますです。多分今やっている仕事で一番大変なのがアヒルの世話でございますですよ。なぁ?」

 「はい。真冬の洗濯だって辛くないんです。ちゃんとお湯を使わせて頂けるんですよ」


 緑色の瞳を光らせて笑顔で答えるアンとロジーナの申し出に心底びっくりした様子の親方を見比べロジーナはやっと安心したらしい。


 「わかりました。アン、私にアヒルの世話を教えてくれますか?」


 アンはにっこり微笑んで頷くと『アヒル小屋はこちらです』と言い先頭に立って歩き出した。その後ろを付いていく三人から見えないのを良いことにニマニマニマニマにやけながら。


 ーーねぇ、何なの?このお嬢ちゃま。貴族のお姫様なのにどうしてこんなに優しいの?女神様?女神様なの?ちょっとあたしってばどうしたらいい?大好きが溢れて止まらないんだけど!


 一方見送る親方も誰にも見られていないのをこれ幸と頬を伝う涙をゴシゴシと拭っていた。


 ーー見習いメイドの小さいのをあんなに気にかけて下さるなんて……。見てくればあれだか心は仙女様のように清らかなお嬢ちゃんだ。あんなに優しいお気持ちがあるのなら見てくれなんてそんなもの、どうだって構いやしねえさ!


 ちょっと失礼ではあるが親方は正真正銘大まじめに感動していた。そしてこの話は数分と掛からずお抱え農夫一同の知るところとなりまたたく間に彼らのハートを鷲掴みにし、昼休みには萌えに萌えまくっているアンによるマシンガントークによってメイドの誰もが胸をキュンキュンさせた。ロジーナの横には紛うこと無きモノホンのキラキラ王子様が居たのというのに、乙女たちの推しは完璧にロジーナ一択であった。


 「これがアヒル小屋です」


 森に近い牧場の端の小屋の前でアンは足を止め扉の閂を引いた。


 「凄いわ、沢山いる。なんて可愛らしいのかしら!」


 笑顔を浮かべるでも飛び跳ねるでも無かったが胸の前で手を組み合わせながらアヒルを見つめるロジーナの声は大きく弾んでいた。アヒルが好き、というよりもアヒルが大好きくらいのレベルなのだろう。


 扉を開けると待っていましたとばかりにアヒル達がわらわらぺたぺた外に出てくる。アンは小屋の中を覗き込み残っているものはいないかと見回してからアヒルを追って歩き出し、三人もその後に続いた。

 

 「……アヒル、どんどん歩いて行きますねぇ」


 くわっくわぺたぺたとお尻をふりふり白いアヒル達が我先にと森の奥目掛けて進んで行く。レイはアヒルを勝手に歩かせて良いのかと不安になってそう呟いた。


 「レーベンドルフ領で私が世話をしていたアヒル達も迷わず水田に行きます。私もたまーにぼんやりして逸れそうになったアヒルのお尻をつつくくらいで後ろからついていくだけでした」

 

 ロジーナの話にアンは不思議そうな顔をした。サルーシュにも少ないながら水田は有るがアヒルを放すなんて聞いたことがない。


 「数年前から近隣国で米の需要が多くなり輸入が増えたそうで、ニアトではここ数年輸出用の米の栽培が盛んなんです。先方から農薬を使わずに水田にアヒルを放して雑草や虫を食べてもらうという方法を指導され、それに従いレーベンドルフ領でもアヒル農法で稲を育てていました。ですからアヒルを放すのは池ではなくて水田なんです」

 

 『へぇ!』と驚きながらアンは即座にわかり易い説明をしたロジーナにウルウルした尊敬の眼を向けた。ただの物知りよりも理解しやすい説明ができる者の方がポイントが高いのだ。


 ーー凄くない?スラスラっと説明出来ちゃうお嬢ちゃまってかっこよすぎない?!


 もうアンのロジーナに対する好感度はうなぎのぼりどころの騒ぎではない。


 それでも必死で何食わぬ顔を保ち案内するアンに連れられて森の小道をアヒルのペースで十分ほど歩くと、すなわち人が散歩すれば五分もしない場所に小さな池が現れた。アヒル達は躊躇なくポチャンポチャンと次々に飛び込んで行く。


 「全部で29羽です。一応数えますけれど足りなかった事はまだ一度もありません」

 「そうね、今も29羽居るわ」


 サラリと答えるロジーナにシャファルアリーンベルドとレイは驚いて顔を見合わせた。どれもそっくりで見分けがつかないアヒルは勝手気ままに泳ぎ回り数えても数えてもきりがない。ロジーナはいつの間にアヒルの数を確認したのだ?


 「それでは一度戻って小屋の掃除をしましょう」


 アンはクルリと踵を返し元来た道を歩き出しロジーナもそれに続いた。


 途中にあるほんの少し開けた場所でロジーナはふと足を止めた。日当たりが良いせいかあちこちに咲いているまるでレースのような青い小花に見とれたようだ。ただ手を伸ばそうとはせずにじっと眺め、やがて我に返ったように慌ててアンの後を追って行く。それからはよそ見をすることもなく黙々とアンの後ろを歩いて行った。


 アヒル小屋に戻るとアンは早速掃除を始めたが、ロジーナもアンに教えられるまでもなく手慣れた様子でテキパキと作業をしている。シャファルアリーンベルドとレイも手伝うために小屋に入ろうとしたが『私のお仕事なので』とロジーナに押し止められた。


 「多分ですけれど、我々、どうせ使えない……って判断されてますよね?多分ですけれど、逆に邪魔だし……って」

 「多分な」


 二人は変な寂しさを胸に抱きながら柵に腰掛けてぼんやりとせっせと働くアンとロジーナを眺めていた。そして邪魔が入らなかったためにサクサクと作業は進み、あっという間に掃除は終わった。


 「夕方近くになるとアヒルが戻ります。5時半くらいに池に行ってみてください。連れ帰って数を確認して扉に閂を掛けたら仕事は終わりです」

 「わかったわ。アン、教えてくれてどうもありがとう」


 ロジーナにお礼を言われたアンは肩を竦め両手の指を組み合わせ祈るようにロジーナを見つめ、そして嬉しそうな笑顔でペコリとお辞儀をした。『お嬢ちゃまはこんなお安いご用にもどうもありがとうって言って下さったのよ!』という情報がマシンガントークに添えられたのは言うまでもなかった。



 


 


 

 

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