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アヒル番令嬢と堅物王太子は呪われてしまうらしい  作者: 碧りいな
幸薄い伯爵令嬢
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 「君が辛いのならば無理にとは言わない。けれど可能であれば両親から憎まれていたという理由を教えてもらえないだろうか?」


 ロジーナは不思議そうにさっきとは逆側に首を傾げた。そしてこくりと頷くと『本人たちに直接聞いた訳ではない上に長い話になりますが……』と断ってから話し始めた。



 若き日のロジーナの父は誰もが認める美男子だったらしい。そして母はそんな父に夢中になった。当時伯爵だった父方の祖父は美術商の事業に行き詰まり借金で首が回らなくなっており、母は両親に強請り多額の持参金をチラつかせ渋る父と強引に結婚した、という両親の馴れ初めから今日に至るまでの事情をロジーナは使用人達が声を潜めて語る噂話の数々から把握した。


 父には想い人がいた。そのサラサラした絹糸のような金髪に翡翠色の瞳をした友人の妹はそれは美しい少女だったそうだ。22歳の父に対して当時まだ13歳の。

 いや、父とて大人びて見えた彼女がよもやそんなに幼なかったとは知らず年齢を知った時には信じられない思いだった。それでもどうしても諦めきれない父は色々な口実を並べては彼女の周りを彷徨いて、悪い虫が付かないように必死で虫除けをしながら彼女の成人をただひたすら待つことにした。その願いも虚しく強引に結婚させられたのだから父の絶望は深く、それは全て怒りとして母に向けられたのだそうだ。



 「ここでいつも話が更に小声になるので苦労したところではありましたが、あんなに父が必死に虫除けに励んだにも関わらず彼女は年若くとも随分と奔放だったらしいのです。父は何も知らなかったしたとえ耳に入っても信じなかったでしょうけれど」


 早くも呆れて口をポカンと開けている二人を前にロジーナの説明は続いた。




 そんな彼女はいざ適齢期になってもまともな縁談に恵まれず父と関係を持ち続けた。ただし父はあくまでも彼女を穢れなき天使として崇めていたので手さえ握らぬプラトニックな間柄だ。母の持参金で潤った財布から宝石を贈りドレスを贈り素敵なレストランで食事をし、歌劇場でオペラを楽しむといった清いお付き合い。

 父はまたひたすら待っていたのだ。結婚五周年を迎える日を。何故ならこの国の貴族は婚姻後五年迄に子が出来なければ離縁が申し出られるという決まりがあるから。勿論妻には持参金の何倍もの慰謝料を渡さなければならないが、父には元々商才があったらしく祖父から受け継いだ事業を母の持参金で立て直し金銭面での心配は何も無くなっていた。後は五年目の結婚記念日を待つばかり。

 父がそんなにも離婚成立に自信があったのには理由がある。長らくこの屋敷で勤めていたメイドが辞める時に「誰にも言わないで欲しい」と念押しした上で同僚に秘密を打ち明けたのだという。

 「旦那様と奥様は白い結婚なのだ」と。



 「というヒソヒソ話を屋敷のあちこちで聞けるってことは、そんな約束、あってなかったようなものだったのだろうとは思いますが」

 

 ロジーナの話は淡々と続く。

 

 ある日屋敷に彼女の兄である友人が怒鳴り込んできた。妹が妊娠している、相手はお前かと胸ぐらを掴んで詰め寄る友人に父は何かの間違いだと答えた。穢れなき天使が孕む筈などないではないか、そう言う父に友人は『なるほど』と頷き『よし、次を当たろう』と不可解な言葉を残して立ち去った。まぁ不可解だと感じたのは父だけで使用人達は『あ〜、そう……』と納得したらしいが。


 兄が相手と思しき人物を次々と当たったのだから当然ではあったのだが彼女が妊娠しているとの噂は忽ち広まった。始めは馬鹿馬鹿しいと聞き流していた父も度々噂を耳にするようになると次第に疑心暗鬼に囚われるようになった。

 

 不安を酒で誤魔化す夜が続いたある夜、いつもより深酒をした父は酔った勢いで間違いを起こした。とはいえ間違いという認識だったのはまたしても父だけだったのだが。


 母の懐妊を知り父は言葉を失ったという。父の悲願は叶わなかった。涙ながらに離婚できなくなったと告げると彼女は微笑んで潔く身を引くと告げたそうだ。そして彼女は父の前から姿を消した。父は哀しみのあまり食事もままならずすっかり窶れてしまった。だからロジーナの記憶の中に美男子の父はいない。ひょろひょろと痩せて顔色が悪く常に不機嫌な父しかロジーナは知らないのだ。


 「という理由により父は不幸になり、私は生まれる前から父に憎まれておりました」

 「…………」


 シャファルアリーンベルドとレイは唖然とし暫く何の言葉も出て来なかった。


 「君はそんな理由で憎まれて、不満には思わなかったのか?」

 「不満……ですか?……実際父は不幸だ不幸だと口癖のように申しておりましたし、その度にお前のせいだ、お前さえ生まれなければとも言っておりましたので……私の存在が父を不幸にしてしまったのだなと」


 シャファルアリーンベルドは腕を組み考え込んだ。小さなお池で育ったアヒル。その意味が朧気ながら見えてきた気がする。


 「父親についての事情は判った。でも母親からもと言っていたね?それはどうしてだ?」

 「はい、母も私によって不幸になったのです」


 ロジーナは再び淡々と語り出した。




 父に想い人がいると知りながら結婚した母は、その後も自分を見向きもせず穢れなき天使に夢中になっている父の態度に傷付きながらもじっと耐えていた。実家からは戻るようにと何度も説得されたががんとして応じずやがて両親に会うことすら拒否するようになった。


 五回目の結婚記念日を目前にして懐妊していると知った母は高笑いを上げたという。一方最愛の女性と別れ悲しみのあまり窶れていくばかりの父は身重の母を気遣う事などなく、ただ己の不幸を嘆くばかりであった。

 

 母が産気づいたと知らされた父は逃げるように領地に向かった。そしてロジーナが生まれて一月過ぎてから漸く渋々といった体で戻って来た。


 「女とはなぁ。せめて男なら跡取りにできたものをこれでは何の役にも立たないじゃないか!本当にお前は愚鈍な人間だ。どうして女など生んだんだ」

 

 ベッドの脇で見下ろしながら冷たい声でそう詰る父に母は何も言い返さなかった。


 「あなたが男の子だったなら良かった。生まれて来たのがあなただったなんて。どうしてあなたは女の子なの?」


 母は難産で産後の肥立ちも悪かった。医師からは恐らく二度と懐妊する事自体望めないだろうと言われていた母は自分の部屋に閉じこもり、ロジーナが九つの時に亡くなるまで滅多に部屋を出ることはなかった。


 時折フラリと姿を見せては美しい顔を歪め「あなたじゃ無ければ良かったのに」と呟く。「男の子なら良かった」と涙を流し、「どうしてあなただったの?」と言われ、そして何故か決まって抱きしめられる。ひとしきり涙を流すと「もうあなたの顔は見たくないわ」と言い残し部屋に戻って行くが、幼かったロジーナはその後ろ姿に寂しさではなく開放された安堵感を抱いていた。




 「ふっ、ふっ、ふぁっあぁぁ……」


 突然上がった泣き声はロジーナのものでは無い。顔をくしゃくしゃにして泣いていたのはレイだった。


 「か、可哀想に。なんて身勝手な両親だ。もう、酒でも飲まなきゃやってられませんよ。ね、そうでしょう?」


 レイはグスングスンと鼻を啜りながらブランデーの入ったボトルとグラスを持って来るとロジーナに尋ねた。


 「ロジーナ様、お酒を飲んだことは?」


 ロジーナが首を振ると今度は杏酒の入ったボトルを手にして戻って来た。


 「これなら甘くて口当たりが良いですから飲みやすいですよ。一口味見してみて下さい」


 ほんの少しだけ杏酒を注いだグラスを手渡され、ロジーナは恐る恐る口をつけ……その腫れた目を可能な範囲で見開いた。


 「美味しい……」

 「なんだ、イケる口みたいじゃないですか!それならどうぞ召し上がれ」


 トポトポとグラスに注ぎ足すレイをシャファルアリーンベルドは慌てて止めた。


 「初めてなのにそんなに飲ませて大丈夫か?紅茶にひと垂らしとか、そんな感じが良いんじゃ……」

 「何言うんです。我々が酒を飲むのにロジーナ様だけ紅茶?味見して美味しいって仰っているのに可哀想に。シャファルアリーンベルド様までイジメてどうするんです?」

 「いや、そうではなくて心配して……」

 「まったくもう、心配性の口煩いママじゃあるまいし。ロジーナ様は18ですよ。飲ませてあげても良いでしょうよ。無理矢理勧めているんじゃないんだし。ねぇロジーナ様、飲んでみたいですよね〜?」


 ロジーナは黙ってグラスの中身を見つめ考え込んだ。


 「飲みたいか飲みたくないかと聞かれれば、どちらでも良いと言うのが正直なところなのですがどうしましょうか?」

 「なら飲みましょう!で、もちろん嫌になったらやめれば良いんですよ、ねっ。それで良いですね、シャファルアリーンベルド様」

 「それならまぁ……」


 こうして気乗りのしないシャファルアリーンベルドは適当に丸め込まれ、ロジーナは初めてのお酒にチャレンジする事になった。


 


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