ヤマトの仕事
「それではヤマトさん、行ってきますね!」
「期待して待ってて」
「また後でね~」
「うん、三人とも気を付けて」
町の正門の前で、ヤマトは朗らかな表情で手を振り、クエストへ出発するラミィたち三人を見送る。
「さてと……」
ここからが資金管理係であるヤマトの仕事だ。
パーティーメンバーがクエストへ行ってる間に、消耗するであろうアイテムの調達や市場で割安な素材を仕入れるために奔走する。
また、ヤマトはそれに加えて、金融市場での取引や投資先の情報収集をしたりもする。
まるで雑用のようで、ソウルヒートのメンバーたちもそういう風にしか見ていなかったが、ハンターパーティが活動を続けていく上で、非常に重要な役割を持っているのだと、ヤマトはよく理解していた。
「おい、あれ……」
「トリニティスイーツの?」
「ああ、なんでも彼女たちがここまで急成長したのは、あいつの活躍があるからだって話だぜ」
「なるほど、元ソウルヒートというのは伊達じゃないってわけね」
ヤマトがハンター御用達の武器屋や素材屋を行き来していると、よくひそひそとささやかれる。
トリニティスイーツが短期間でハンターランクを上げていることもあり、実際には戦っていないヤマトの存在もそれなりに認知されているようだ。
ライダやスノウが向けてくるような嫌悪感は感じないので、あまり悪い気はしない。
「……ん?」
通りに出たとき、視線のようなものを感じた。
好奇の視線を向けてくる通行人ではなく、じっくりとヤマトを見定めるかのような強い意志を秘めた視線だ。
しかし周囲を見回してもその正体は分からない。
「まぁいいか……」
彼はその手の能力はからっきしなので、あきらめて一度宿へ戻った。
その後、買い出した品を自室へ置くと金庫番を訪れる。
「――今月の返済分です」
「確かに受けたまわりました」
ヤマトからウォル通貨を受け取った老紳士は、にこやかに頷く。
白髪をオールバックにした初老の男の名は『ロンド』。
ヤマトの融資担当で、ソウルヒート時代からの長い付き合いだ。
「そういえばヤマト様は、パーティーを移転したと噂に聞きましたが、最近の調子はどうですか?」
「移転と言えば聞こえはいいですがね……まぁ上々ですよ」
「さすがですね。この程度の金利、あなたの手腕ならあってないようなものですな」
「そんなおおげさな」
ヤマトは苦笑する。
実は数ヵ月前、高騰した資源の売却で得た利益をこの金庫番へ持ち込み、資金力を担保にして同額の融資を引き出していたのだ。
つまり、現金として扱える金額は二倍となり、トリニティスイーツの活動の資金効率も二倍になる。
月々の返済はあるものの、ヤマトにとっては大した問題ではない。
この手法はソウルヒート時代でもよく行っており、パーティの資金を上手く運用してメンバーの戦いに支障が出ないように投資や先物取引で運用してきた。
パーティーを成長させるには、それだけ膨大な資金が必要なのだ。
「ところで、テラ通貨のほうはどうですか?」
「さすがにお耳が早い。ヤマト様の予想通り、ノートス政府は金利の引き上げを発表しましたよ」
「……さすがキュウ子」
ヤマトは小さく呟くと、肩に乗っている桃色の毛色をしたメス鳥の頭をなでた。
彼女がこの情報を持ち帰ってくれたのだ。
キュウ子は、気持ち良さそうに目を細め、「ヤマトさぁん」と甘えた声で鳴く。
ノートスといえば、発展途上国で通貨の価格変動が大きいことで有名だ。
最近、ノートスでのインフレが加速しているという情報を、友達の小鳥であるキュウ子から聞いたヤマトは、インフレ抑制のために政策金利が引き上げられるだろうと予想し、大量のウォル通貨をノートスの通貨であるテラ通貨に両替していたのだ。
「お見事。テラ通貨の価格は短期間でかなり上がりましたよ。ウォル通貨へ両替しますか?」
「そうですね、お願いします。一時的なインフレ抑制も長くは続かないでしょうから」
「かしこまりました」
ロンドはメモを書き、若い店員を呼ぶとそれを渡し、両替を指示した。
用件は済んだからと立ち去ろうとするヤマトだったが、急に「あっ」と声を上げ、ロンドへ問う。
「なにかいい案件はありますか?」
「いえ……最近こちらへ舞い込んでくる融資の依頼は、どの店や商会も信用がなさすぎます」
「そうですか……それじゃまた」
「はい。本日もありがとうございました」
ヤマトは残念そうに肩を落とすと店を出た。
この店はそれなりに大きい金庫番なので、よく店や商会から金を貸してほしいと融資の依頼が来る。
その中で、金庫番としては融資の審査が通過できないものでも、リスクに見合うリターンが得られそうな案件は、ヤマトに紹介してくれたりもしていた。
とはいえ、これも担当との誠実な取引で長年つちかった信用のおかげだが。
店を出てすぐに、ヤマトは足を止めた。
目の前に現れたのは、焦げ茶色のローブをまとった長い黒髪の美女。
「あなたはソウルヒートの……」
「マヤよ」
「僕はヤマトと言います」
「もちろん知っているわ。この間は、うちのメンバーが失礼なことを言ってごめんなさい」
「いいよ別に。気にしてないし」
「ふふっ、見た目通り優しいのね」
「そ、そんなことは……」
突然ほめられ、ヤマトは照れくさそうに頬をかく。
こんな美人にほめられれば悪い気はしない。
しかしマヤは、真剣な表情でたずねてきた
「あなたはいったい何者なの?」
「ただの雑用係……って言ったらみんなに失礼か。トリニティスイーツの資金管理担当だよ」
「やっぱり、あなたの力なのね」
「そういえば、マヤさんはソウルヒートの資金管理もやってるんだよね? 調子はどう? マキシリオンやスノウたちと上手くやってる?」
「……いいえ、さんざんよ。最初はいいところに来たと期待していたけれど、金使いが荒すぎるわ」
「あはは、相変わらずだなぁ」
ヤマトは苦笑する。
しかしそこに邪気はない。
「ねぇ、ソウルヒートが今の状態まで成長したのって、あなたのおかげなのでしょう?」
「買いかぶりすぎだよ。僕はただ、みんながお金に困らないよう、好き勝手させてもらってただけさ」
ヤマトが大したことないというように答えると、マヤは視線を落とし寂しそうな表情を浮かべた。
「そう……私も運がなかったようね。もっと早くにあなたと出会えていれば……」
「ん? どうしたの、マヤさん?」
「いいえ、なんでもないわ。またね、ヤマトさん」
彼女はそう言って去って行く。
ヤマトはその哀愁ただよう背中になんだか胸をしめつけられるような感情を覚えた。
ただ純粋に、助けたいという気持ちだ。
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