03お戯れ 「抹茶スイーツと〇〇」
宇治抹茶を使用したお菓子が数多く生み出されている“茶右衛門”。
値段は少々お高目ではあるが、それに見合うだけの、価値ある味で固定客が多く付いている。近くにある老舗和菓子店と比べ、まだまだ新店舗感は拭い切れないがしかし、その味を求めて訪れる客は多い。
創業当初から通う客の代表として挙げられるのが、凪原柳静と、もう一人、双葉菊である。
互いに抹茶好きであり、個人で店に訪れていたのだが、何度か顔を合わせるうちに菊の方から声をかけたのをきっかけに、今ではメールのやり取りや、一緒に出掛けるまでに仲良くなった。
そして新たに、常連となった人物がいる。
宇佐木侑李。耳付きパーカーを身に付け、ハーフパンツを履いている少女。流石に店内ではフードは脱ぎ、半分藍色、半分金という髪型を堂々と見せびらかしている。正直、見た目からすれば少々ヤンチャ系少女に勘違いされそうだが、列記としたスイーツ好きのスイーツ少女である事には変わりない。
ケーキバイキングで約五センチの正方形ケーキを四十個食らう、スイーツに関しては胃袋無限大のスイーツの化け物、侑李は、今日もスイーツが陳列されたショーウィンドウに食らいついていた。
「侑李ちゃん、今日もありがとうね。今日は何にする?」
店を訪れると必ずいる店員のおばさんが声を掛けて来る。
いつも会社帰りの夕方にしか来られない侑李だが、それでも、平日に多い時では五日連続で通う時もあるくらい贔屓にしている。午後七時閉店の茶右衛門。閉店近い時間のため、客は少なく、よくこうしておばさんと話をしているおかげで、今ではすっかり仲良しだ。
「うーんとぉ~、今日は新商品の抹茶ババロアとぉ、抹茶チーズスフレっていうのは決まってるんだけどねぇ~・・・」
「じゃあ抹茶どら焼きっていうのはどう?まだ食べた事ないんじゃない?」
「え、抹茶どら焼きっていうのがあるの?初耳だよぉ~?!」
「あれはこの中には置いてないから。ほら、そこの詰め合わせコーナーの所に、ばら売りのがあるよ」
おばさんが人差し指で侑李の後ろのコーナーを差す。生ものスイーツ以外の様々なお菓子が、ギフト用に袋詰めされ、可愛いリボンやシールでラッピングされている。その隣に、ばら売りにされているお菓子が種類別に籠に入れられていた。
「ほんとだぁ~!僕いっつもそっちしか見ていなかったよぉ~!へぇ~、抹茶クッキーにサブレ、あっ、マドレーヌもあるぅ~!」
灯台下暗しだった!と言いながらテンション上げ上げの侑李。今にもパーカーの尻尾が引き千切れんばかりに振り出しそうだ。ちなみに今日は、タイミング良く犬パーカーである。
様々なお菓子を手に取りながら吟味していると突如、声を掛けられた。
「おや、こんな所で会うとは、貴方もよくここへ来るのですか?」
「え?」
「こんばんは、侑李」
「あ、柳静さん!どこのイケメンが声を掛けて来たのかと思ったよぉ~!ナンパ?」
「貴方とはっきり認識した上での声がけを、ナンパと言われたのは初めてです」
「あはは~。あ、ついでだからちょっとナンパ風に声かけて見て欲しいなぁ~」
「はい?」
「お願いしますぅ~」
侑李に声をかけたのは柳静だった。基本的に開店直後か、遅くても十五時前には来店する柳静が夕方に現れる事は滅多にないのだが、今日はたまたま訪れたらしい。
相変わらずの着物姿にくせっ毛のあるクリーム色の髪を靡かせて、これまた相変わらず腕組みをしていた。
そんな柳静に平気で無茶な振りをする侑李は、中々の勇者である。
「何故そのような事を」
「お願い、柳静さん」
「・・・・・・はぁ。・・・・・・ヘイ彼女、今暇~?ちょっと今から俺とさくっとお茶しに行かね?大丈夫大丈夫、何にもしないよ。あっでも、可愛い君が着いて来てくれたら・・・・、最後良い事が起こるかも、ね」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「柳静さんのナンパへのイメージが、チャラ男とホストの混合だという事が分かりました」
「何か言う事は?」
「ありがとうございました、そしてごめんなさいです」
ついでにいうと、今の台詞を無表情でしかも抑揚のない声で言われたので、もし実際声を掛けられたとしたら、相当の恐怖だろうな、と侑李は思った。そして黙っておくことにした。
「話を戻しますが良いですか?」
「はい、どうぞ。もう十分です」
「侑李もよくこの店に来るのですか?」
「うん!前、お茶会の時に祥兄に連れて来て貰ってから気に入っちゃって。値段が値段だから平日に数回来るだけで買うのも二個までなんだけど」
社会人であってもお小遣いは限られている。買うのは二個までという制限付きにしているのもそのためらしい。ご褒美デーとして三個の時もあるようだ。
「そうでしたか。私もよく抹茶スイーツを頂くために来店しますが、こうして会うのは初めてですね。仲間が出来て嬉しいです」
「そういえば会った事ないねぇ~。僕はいつもこのくらいの時間にしか来られないからぁ~」
「私はいつも午前中か、遅くても十五時ですね。ところで、それは購入するのですか?」
柳静は侑李の手の中の物を指差す。抹茶餡が入ったどら焼きだった。
「あ、うーん、迷ってる。今日はご褒美デーとして三個までは買えるんだけどねぇ~。食べたいものが沢山あって・・・選択は重要なんだよぉ~。おばちゃんの勧めで、今見てたところなんだぁ~」
「なるほど」
「侑李ちゃんの食べてないものを勧めたんだけど、余計迷わせちゃったかね」
「ううん!ここはおいしいものが沢山あるから目移りしちゃって・・・・。新商品や何回でも食べたいものとかもね!もう本当、宝の山なんだよぉ~。迷うのも楽しみの一つだから、気にしないでぇ~。むしろ、オススメしてくれてありがとうぅ~」
「そうかい?それなら良かったわ。それより、柳静さんはどうしましょう」
侑李の買い物を眺めている柳静に、おばさんは声を掛けた。凪原家の人間という事で、世間体を考えて気を遣った話し方ではあるが、二人きりの時は侑李の際と同じのように気軽に話しかけてくれる。
そうでした、と柳静は自分も客だという事を思い出し、ショーウィンドウ前へと移動し、商品名を口にする。そして、手慣れた様子でさっと会計を済ませ、商品を受け取った。
その間にも、侑李は悩んでいた。
「侑李」
「なーにぃ~?」
と返事をして振り返った侑李の前に、すっと小さな抹茶色の箱と、抹茶色の袋が差し出された。小首を傾げながらも、差し出されたものをいつまでも受け取らずに棒立ちするわけにもいかず、侑李は素直に受け取った。
「差し上げます」
「え、何これ。えっ、えー‼お、お菓子の詰め合わせセット!!?」
流石に箱の中身までは見れないが、箱の上に乗っている袋だけならと侑李は覗き込んだ。それは歓喜というよりも、驚愕の方での叫びだった。
何故、柳静が自分にこれをくれたのだろう、と。
「箱の方には抹茶ババロアと抹茶チーズスフレが入っています。どちらも美味しいですのでどうぞ、ご賞味下さい」
「ちょ、え、何で?あ、お金いくらだった?」
「言ったでしょう。差し上げますと。それは私からのプレゼントです。何故という質問には、私のお気に入りのお店に侑李が来てくれている事への喜び。年上が年下にいい格好をしたい、という事にしておいて下さい。それに、今日はご褒美デー、なのでしょう?」
「いいの?」
「はい。そのどら焼きと一緒に入っているマフィンも美味ですから。・・・・・一押しです」
「あ、ありがとう!柳静さん!」
「違いますね」
「え?」
ありがとう、という言葉を却下されてしまった。何が違ったのだろうか。そもそも、お礼を却下される事があるとは思いもしなかった。最早語尾を伸ばす事も忘れ、普通に会話をしている侑李。きちんとする所はきちんとするタイプのようだ。
とりあえず何が違ったのかを考えなければ、と思った矢先、別の人物からあっさりと答えをもらえた。
「多分、祥君を呼ぶ時と同じように呼んで欲しいんじゃないかい?」
「え?祥兄と同じように?」
「え・・・あの、何故喜美子さんがそれを・・・・」
「祥君から聞いたんですよ。羨ましがってるって」
「祥・・・。侑李、いえ、やはり何でもないです」
店のおばさん=喜美子さんにバレていた事で急に羞恥心が芽生え、顔を真っ赤にする柳静。早く店を出ようと動かしたその足を止めたのは、侑李が掴んだ手だった。がっしりと左手を掴まれたことに、滅多に表情を崩さない柳静が顔を赤らめたまま一瞬驚いた表情も見せた。
そんなレアな表情を見られた侑李は、満面な笑みで言う。最大級の感謝の言葉を。
「買ってくれてありがとう。大好きだよ、柳兄!」
「・・・・・・・・・・今日は私にとってもご褒美デーですね」
その言葉に、柳静は普段見せない笑顔で返したのだった。




