ラハムの森その1
エルフ達が支配下に入った翌日から要達は早速行動を開始していた。まずエルフ達を何人か城に呼び出しお試しメイドとして働いて貰っている。料理はやはりベルゼブブの方が美味しかったので、主に城の掃除を任せている。そして、要が呼び出した悪魔達を数匹集落に送り出し、護衛兼森の捜索を行わせている。さらに城に居た小悪魔とレッサーデビル約百匹を総動員し森を広範囲に渡り調査させて、今日で五日目になる。何せ広大な森なのでまだまだ全体の細かな把握は終わっていないが、悪魔達の情報とエルフやドライアドの知識と合わせて大雑把ながら主要な魔物や亜人の把握は出来ていた。その間、要はエルフ達との支配者としての顔合わせや、戦闘訓練などを行なっていた。人間の姿の状態でもそこそこに動けるようにはなったが、やはり悪魔の姿に比べると足元にも及ばない。当分戦闘は"魔王モード"に任せることになりそうだ。
時刻は13時45分。午前の軽い訓練を終え、汗を流した後要達は皆んなで昼食を取っている。和やかな食事を終え、テーブルを片付けた後"第一回 家族会議"が始まった。命名はもちろん主人であり父親的な存在の要だ。今日は議長も兼ねている。そして議題はラハムの森制圧についてである。
「それじゃあ会議を始めます。司会進行はベルゼブブでよろしく。意見のある人は手をあげて下さい。それじゃあとはベルゼブブ任せたぞ。」
いつも通りベルゼブブに託した要は食後のタバコに火をつけている。
「畏まりました。では、ラハムの森に関しての情報をまとめた物をお配りします。皆さんそれを見ながら話を聞いてくださね。」
小悪魔達が要達にベルゼブブがまとめた資料を配って回る。その資料には大まかな森の地理や、めぼしい種族などの情報が綺麗にまとめられていた。
「まずラハムの森には大きく分けて四つのエリアが有りました。
森中央に樹海、東に平地、北に草原、西に湖といった具合です。
格エリアに異なる魔物、亜人が生息していました。」
皆真剣にベルゼブブの話を聞いているようだった。最年少リヴィアもうんうんと頷いている。
「次にめぼしい種族ですが、樹海にとオークが約百から百五十ほど確認されました。恐らくエルフ達を襲った者たちと同種かと。
次に平地にはオーガ七十、ゴブリンが百五十程で家の様な物が建造されていたそうなので、ある程度の知能があると予想されます。
湖は七キロほどの大きさで、この場所には亜人の存在は確認出来ず、ケルピーやグレンデルなどの魔物に大きな魚影を確認しました。魚影の状態は不明ですが、湖の主と思われます。最後に草原ですが、ここにはミノタウロスが六十から百程発見しました。しかし、この草原にはコカトリスが数匹確認されておりそちらの魔物の方が厄介かと思われます。現在判明しているめぼしい魔物は以上です。その他格エリアに多種多様な魔物も確認されています。」
ベルゼブブは続ける
「私たちがそれぞれ格エリアを制圧しに向かっても良いかと思いましたが、せっかくなので皆で一箇所毎に制圧していこうと思います。なにか意見はありますか?」
手を挙げたのはアスモデウスだ。
「私たちならそのぐらい一人でも問題ないんじゃないの?」
「そーそー、そっちの方が早くない?」
とマモンが続いた。
「私もそう思います。しかし、各エリアの魔物達の正確な強さは分かっていません。エルフ達以上というのは分かるのですが。一応念のため皆で向かおうと思います。それに、」
「それに?」
「私たちの晴れ姿、皆要様に見ていただきたいでしょう?」
「はっ!たしかに!」
「だね!」
「それは素晴らしい。」
「あるじに、見てほしい。」
各員が鷹揚に頷き、要のほうをじっと見つめた。
「要様、どうでしょうか?」
(みんな可愛いなぁ。これが運動会を見に行く父親の気持ちかな?)
「うん。皆んなで格エリアに向かおうか。
頑張るところを見せてもらうよ!」
「「ありがとうございます!!」」
「まず向かうエリアだけど、エルフ達を襲ったと思われるオークの生息地、森中央の樹海にしようと思う。いいかな?」
「了解致しました。」
「じゃ、今日はこの辺で解散!各自ゆっくりと休む様に。」
「「はっ!」」
* * * *
翌日、要達は森中央の樹海へと出発した。要、リヴィア、ベルゼブブ、アスモデウスの4名はドラゴンフライの背に乗り、マモンとベルフェゴールは自身の羽での移動を開始した。
要達の住む城から樹海までは直線距離にして約25キロメートル、15分ほどで目的の場所に到着した。
そこは、ラハムの森の中でも一際大きな木々が生茂っており、陽の光を我先に浴びるといわんばかりに、天に向かって伸びた大樹は上層でつたや枝が絡み合い一帯を覆っていた。そのため陽の光が遮られ、辺りは薄暗く、湿気を多く含んだ地面には苔のような植物がビッシリと生えていた。要達が降り立った場所は湿り気を帯びた地面が踏み固められたように硬く、日頃から大型の魔物の往来を想像させた。
前の世界では終ぞ見ることの無かった光景に要は感動を覚えた。目の前の光景は現代の社会では大凡見られないもので、例えるならばテレビで見たような白亜紀やジュラ紀のそれを彷彿とさせた。元々自然にそこまで関心があった訳では無いが、息を飲むとはこういう事なのだろうか。
「これは・・・すごいな。空気が濃い気がする。」
周りの悪魔達は特に興味を示した様子は見られなかったが、見惚れる要に見惚れるとでもいうべきか、周囲の光景よりも要を見ているようだった。
「要様、眷属達が数100メートル程前方でオークを発見致しました。」
ベルゼブブの言葉で要は現実に引き戻された。もう少しこの大自然に見惚れていたかった気もするが目的は別にある。
「分かった。じゃ、そっちに向かおうか。皆んな一応戦闘の準備はしておいてくれ。」
「「了解しました!」」
同様に硬い湿り気のある道らしきものを十数分進むと樹海には相応しく無いような、開けた場所に出た。そこには巨大な石をくり抜いた形にも見える大きな洞窟が見えた。そこには三体の魔物が倒れた木を椅子代わりにして腰を下していた。
深緑色の肌を持つその魔物達は、獣の皮で拵えた腰布を身につけ、豚と人を混ぜたような醜悪な顔には大きな口がついており、口元からは2本の牙が生えていた。傍らには鹿に似た魔物と岩で作られた棍棒が置いてある。
「オークですね。どうしますか?」
要のわきから顔を覗かせたマモンがやっちゃいますか!?と言わんばかりに目をギラギラとさせていた。しかし、要が待てと言う前にオーク達の目の前に飛び出したものが居た。
「おい、お前達!」
白の軍服を纏い刀を携えた美女にオーク達の注目は集まった
「私は偉大なる悪魔の王である要様に使える者だ!要様はお前達に服従の機会を与えられた、命が惜しければ大人しく従うがいい!」
オーク達は顔お見合わせ一斉に笑い出す。
「オマエ、オレたちに食われる。後ろのヤツらもそのあとでくってやる!」
そう言い放つと中央の一体が巨大な棍棒をアスモデウスに振り下ろした。
「言葉の意味も分からぬ豚どもめ。」
アスモデウスは腰の刀を抜いた。
ー 一閃 ー棍棒ごとオークの首を切り飛ばした。鮮血が飛び散る中、残りの二体も雄叫びをあげながら棍棒を振り上げた。しかし、振り下ろす間もなく二つの首も胴から離れた。
一瞬にして三体のオークを切り伏せたアスモデウスが刀をしまうと同時にくるりと要の方を向いた。
「要様!無礼な豚どもを切り伏せました!」
返り血を浴びた顔に満面の笑みを浮かべる様子は悪魔らしいものだった。
「えっと・・良くやったな。格好良かった・・ぞ?」
肉塊と成り果てたオークを見ながらとりあえず彼女を褒めた。
「アスモデウスずるいー。」
「一匹は残して欲しかったですね。」
「ふふっ。一番槍は私のものです!」
要は軽く首を傾げる様子を見せた。
(オークは知能が低いのか?会話が出来そうな種族じゃ無さそうだ。念のため悪魔化しておくかぁ。)
「へ、変身。」
ボソリと呟くと男は影に包まれ、威風堂々な異形が現れた。突如重々しいオーラを纏った姿へと変化した主人に慌てたように跪く悪魔達。自らの主人がどのような姿をしていようが、その者たちの忠誠は変わらない。どちらの姿も等しく偉大である。しかし、主人はあまり目の前の姿にはならなかった。それは自分たちを家族と呼ぶ、優しい主人の気遣いであるとベルゼブブたちは考えていた。
反面、雄々しい悪魔の姿を見せることは"王"としての威光を示す為であると考え、ベルゼブブを含めた五人の悪魔は家族ではなく、臣下としての礼を尽くすべきという共通の認識を持っていた。当の要にはそんな考えは無いのだが。
「さて、そこの洞窟がオーク共の住処だと嬉しいのだがな。しかし、中に入るのは気が進まないな。」
要は跪く眷属達を見回した。
「マモン、お前のスキルでおびき出せるか?」
「は!威力を抑えれば出来ると思います!」
普段とは違い落ち着いた様子のマモンが答える。
「ではお前に任せる。反応がない場合は洞窟に突入する。」
「「御意!」」
早速マモンは洞窟の入り口まで進み、翼を広げ大きくはためかせた。
「"呪い(カース)シリーズ"不穏な風レベル1発動!」
はためかせた翼から黒のエフェクトを纏った風が吹いた。この風は一定の範囲に及び、恐怖や混乱、敵意といった感情に作用する。その効果は最大5まであるレベルに応じて強まる。余談だが、以前エルフ達の集落で要が悪魔化した際森に多大な影響を与えたが、それは要のスキル"魔帝の威圧"を発動してしまった為である。
マモンがスキルを発動すると、効果を発揮したのか洞窟内がざわつき始めた。
少し経つとぞろぞろと棍棒や剣を持った巨体の集団が現れた。
一体一体が3メートルほどの巨体が百体以上、洞窟内は想像よりも遥かに広いのだろう。その集団の中でも一際大きな身体を持つオークが要達の前に立った。
「オレはこの樹海を統べる王ダ!オマエたちは何者だ!!」
「お前が王か・・・。言葉は話せるようだから、一応警告はしてやるが私はこれよりこの森を支配する。服従するなら命は助けるが、どうするかね?」
「ハッハッハッ!オマエのような小さきモノが支配するだと!?オマエはオレ様直々に喰ってヤル!」
場にピリピリとした空気が流れる。
「殺して良いですか?要様。」
刀に手を伸ばすアスモデウスを手で制する。
「そうか、力の差も分からぬ愚物だったか。お前の処遇は決まった。しかし、これだけの数を殺してしまうのは少し勿体ないな。」
「何ブツブツといってやがる!死ネ!」
振り下ろされた巨大な棍棒を要は片手で止める。
「せっかちだな、死にたがりめ。ー燃えろ。」
突如オークの巨体は炎に包まれた。
血のような赤に闇のような黒を混ぜたような炎は、禍々しくも美しいものだった。
「ギァアアアア!!」
絶叫と共にその場に転がり苦しむが、炎は弱まる様子は無く、棍棒もオークもドロドロに溶けるように燃えていた。
絶叫が聞こえなくなった時そこには焼けた肉の匂いと巨体の燃えかすが残るだけだった。
「巨体なだけあって、良く燃えたな。
お前達はどうする?こいつのように森の肥やしになるか?」
オーク達は怯えて声が出せないようだった。すると、集団の中から一回り小さい身体の青色の肌をした魔物が現れ、小刻みに震える身体を必死に抑えるようにして跪いた。
「発言することをお許しいただきたい。
悪魔の王よ。」
要はそのオークを一瞥する。
「許そう。お前は他のオークとは違うようだな?変異種か?」
「ありがとうございます。仰るとおり私はオークの変異種で御座います。他の者より力は劣りますが、いくつか魔法が使えます。」
「ふむ、なるほど。それでお前はどうするのかな?」
「は!強き者に従うのが魔物の掟。ならば我ら一同貴方様に従いたく思います。
どうか先程の無礼を許していただきたく。」
部族でそれなりの地位を持つ者の発言だからなのか、それとも要に抱く恐れからなのか。意を唱えるものは居なかった。
「良いだろう。お前は他のオークよりも頭が良さそうだ。これからはお前がこの部族をまとめよ。良いな?」
「ありがとうございます!しかと、承りました。王の慈悲に深い感謝を。」
「では、後日詳しい旨を伝える。それまでは今まで通りに生きよ。ただし、他種族への無闇な攻撃や侵略行為は厳禁だ。」
了承の意を示すようにオーク達は頭を下げた。
「ベルゼブブ。このまま北の草原に向かうぞ。問題はあるか?」
「何一つございません。」
「うむ。では皆出るぞ。ぁあ、それとお前達の活躍の場を奪って済まなかったな。」
仮面のような顔で表情は分かりにくいが、どこが嬉しげに苦笑したように見えた。