森の民との出会い
絢爛豪華な一室、そこには大凡人では発することの出来ないオーラを放つ四人が寛いでいた。といっても寛いでいるのは見るからに高級そうなソファに座ってコーヒーを啜っている男と人形のような少女なのだが。
「宜しければこちらの菓子もご賞味ください。」
そう言って慣れた手つきでクッキーを差し出す男は執事服の様なものを見事に着こなす美青年だ。
「これは?」
コーヒーを啜る手を止め美青年の差し出した菓子を手に取る男こそ、この絢爛豪華な部屋の主人である安門 要である。
「僭越ながら私が作らせて頂きました。
お口に合うと宜しいのですが。」
そう言った美青年こそ要の側近であり、執事でもある悪魔"ベルゼブブ"だ。
「流石だなベルゼブブ。うまいぞ。」
「有難うございます。」
「あるじさま、わたしも食べたい。」
そう言いながら要の膝の上で幸せそうに座っているのは、美しい銀髪の少女であるリヴィアだ。
「そうかそうか、好きなだけ食べるといい。」
満面の笑みで要はリヴィアの頭を撫でた。それを羨ましそうに眺めているのが、白の軍服に身を包む凛とした美女のアスモデウスだ。頑なに椅子に座らない彼女曰く、しもべは常に立って控えるものらしい。因みにだが、ベルゼブブは執事たるもの主人の横に立って控えるものとの事だった。
要としては落ち着かないので座って欲しいのだが、無理してまで座らせようという気は今のところない。
要がこの世界"エーリュシオン"に転移してから早四日が経過していた。
初日の"親睦会"を終えてから皆んなとだいぶ距離が近づいた気が要はしていた。
親睦会を終えた後、皆で一通り城の中を見て回った、城は予想よりもかなり巨大で大浴場や、キッチン、衣服どれも超が付くような高級品であった。それにまる一年は持ちそうな大量の食料も保管されていてかなり余裕がある状態だった。何よりタバコが置いてあったことに感謝した。
その後召喚した悪魔達の報告で周囲にはすぐに対処が必要な魔物や亜人、人間の存在は確認できなかったらしく、とりあえずの安全は確認できた。しかし4キロほど先に巨大な森の様なものを確認したとのことだった。一応ベルゼブブに城を覆うように結界を張らせて置いたからまず問題は起きないだろう。
その後眷属達のスキルや能力の確認を行った。その際にマモンとアスモデウスが軽く喧嘩になったがさして問題にはならなかった。一応要自身も普段の状態でスキルの発動を確認した。"魔王モード"になればまず間違いなく戦闘も可能なのだが、あまりあの姿には頼りたくないという要の精神的な問題がありベルゼブブに戦闘の訓練も受けている。
(補足だが、“魔王モード"で呼び方は確定した。)戦力の補充と訓練もかねて毎日"悪魔召喚"は行なっている。悪魔達は日々偵察や掃除、料理などの家事も行なっている。
今日はマモンとベルフェゴールが小悪魔達では確認できなかったより遠方に見えた森林周辺の探索に出ている。
初めは上位悪魔に行かようとも考えたが、活発なマモンがわくわくした顔で見つめてきたのでマモンに頼んだ。
ベルフェゴールを補佐につけたので戦力的にはまず問題もないだろう。万が一危険と判断した際は逃げるように言っておいた。そんな理由もありいま城にいるのはこの四人なのだ。
(マモンとベルフェゴールの報告次第だけれどそろそろこちらの世界の情報を手に入れたいな。この周辺に意思疎通ができる存在にいるといいんだが。)
「あるじさま、あーん。」
その声に要は思考から戻ってくる。
見れば膝の上のリヴィアが要に向けてクッキーを差し出していた。
(な、なんて可愛いんだ!!こんなの逆らえるわけがないじゃないか!)
「あーん。」とリヴィアの手からクッキーを受け取るとゆっくりと噛み締める様に咀嚼する。
「ありがとう。美味しいよリヴィア。」
(ベルゼブブとアスモデウスが見てるから恥ずかしいが、リヴィアの可愛さには勝てなかった。これが父性ってやつなんだろうなぁ。)
前の世界では子供どころか、嫁どころか、彼女どころか、女友達も居なかった要には遠い夢のような話だったがこの世界にて父性を感じていた。
要がそんなふうにふけっていると
「あるじさま、今日もかっこういい。
いけめん。」
リヴィアの攻撃はまだ終わっていなかった。
(ぐはっ、、このままではかわいさでやられてしまう、、だが、嬉しい!!)
「あ、ありがとうリヴィア。でもおれは決してイケメンではないんだよ。」
(前の世界じゃ怖がられるか、いつのまにか避けられてたしなぁ、、)
しかし、リヴィアは引き下がらない。
「あるじさま、かっこいい、絶対。
アスモデウスもそう思ってる。」
そう言ってリヴィアはアスモデウスの方を見る。
突然の質問にアスモデウスは見るからに慌てていた。
「え、わ、私ですか?」
「こらこらリヴィア、あまりアスモデウスを困らせてはダメだよ。」
(アスモデウスのような美人に正面きって嫌な顔を去れたら立ち直れないかもしれない。)
「そ、そんなことはありません!
要様は、その、とてもみ、魅力的だと思います!」
一息に言い切ったアスモデウスの顔は真っ赤になっていた。
「あ、ありがとう。アスモデウスも今日も美人だな。もちろんリヴィアもね。」
頭を撫でられたリヴィアは嬉しそうに笑みを浮かべている。一方アスモデウスは、
「わ、私をび、美人と!それはもはやけ、結婚するしかないじゃ・・・」
などと理解不能なことを口走っていた。少し引き気味にアスモデウスを見ていた要にベルゼブブが声をかけた。
「要様、マモンからの連絡が届きました。どうやら意思疎通が可能な種族を発見したようです。どうされますか?」
森へ向かっているマモンとベルフェゴールの二人から連絡が来たようだ。これは要と眷属達の間で使える念話のようなもので、距離の制限はなく、六人の間では
人物の指定も可能な便利な能力である。
要はシンプルに"念話"と呼んでいる。
今回の場合は直接主人である要に念話を送るのは失礼に当たるというマモンの気遣いだろう。
「おお、それは良い報告だな。二人も無事そうで良かったよ。それはなんの種族なんだ?接触するに当たり危険はなさそうか合わせて聞いてみてくれ。」
「畏まりました。ふむふむ、了解した。
二人は要様の命が出るまで待機を。」
「ベルゼブブなんだって?」
「はい、ハイエルフとドライアドとの事でした。あの森でエルフ三十〜五十人、ドライアド十〜二十程で集落を形成しているようです。接触するに当たり即戦闘に入る可能性は低いとのことでした。現在は集落周辺で控えているそうなのでそのまま待機の命を出させて頂きました。」
ベルゼブブの報告を聞き要は内心興奮していた。実のところこの世界に来てから
まだ禄に外にも出ていないため、少々退屈しているのが正直なところだった。
(エルフとドライアドって異世界の定番じゃないか!どちらとも美女と相場が決まっているし、これは、是非とも見にいかねば、)
「要様が出向くこともないでしょうし、
マモンとベルフェゴールでは交渉に少々不安が残ります。私が出向いてこちらに出向かせようと思うのですが、どうでしょうか?」
「いや、ベルゼブブ。おれも一緒に行こう。外の世界に興味があるしな。マモンにおれ達が向かうことをエルフとドライアドに伝えるよう言ってくれ。」
「畏まりました。では、私の眷属を準備させますので少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」
「ぁあ、いいぞ。準備が出来たら呼んでくれ。」
ベルゼブブが準備のため部屋から出ていくとアスモデウスとリヴィアが同時に口を開いた。
「要様!私もお連れください!御身をお守りするのが私の役目ですので!」
「あるじさま、わたしも一緒に行きたい。」
二人とも目から本気を感じられる。
(二人ともかぁ、この城が小悪魔とレッサーデーモンだけになるが、ベルゼブブの結界もあるし大丈夫かな?なにより二人を置いていくのも申し訳ないしな)
「分かった。せっかくだし皆んなで出向くか!」
「ありがとうございます!」
「あるじさま、優しい。」
二人とも目をキラキラと輝かせて喜んでいる。すると部屋をノックする音が聞こえた、ベルゼブブが戻ってきたのだろう。
「入っていいぞー。」
「失礼します。要様、眷属の準備が整い、出立の準備が完了致しました。」
「お疲れ様。そうだベルゼブブ、二人も連れて行こうと思うんだが城の守りは問題ないか?」
「問題御座いません。念のためもう一度強めに結界を張っておきます。」
「そうしてくれ。じゃ皆出発するとするか。」
「「了解しました!」」
ベルゼブブの用意した眷属は三体の巨大な蝿の化け物であった。紫色の身体に四つの大きな羽にはドクロのような模様が描かれている。この巨大な蝿は"ドラゴンフライ"と呼ばれる魔物である。
話すことは出来ないが、言葉を理解できる程度には知能が高く、なにより上位悪魔にも匹敵する戦闘力を誇る。四キロ程先の森まで五分も掛からずに着くだろう。ドラゴンフライの背には座り心地の良さそうな椅子が準備されており、快適に移動できるようになっていた。
三体のドラゴンフライにそれぞれベルゼブブとアスモデウスが、残りの一体に要がリヴィアを抱える様にして乗り込む。
(さてさて、楽しみだなぁ。友好的に話せたらいいな。)
そんな要も願いは森についてすぐ砕けることになるのだが、この時の要に知る余地はない。
「なに、これ・・」
要は絶句した。目の前に広がる光景が理解できなかったためである。横にいるマモンは目を輝かせて要に褒めて欲しそうにアピールしている。
時は少し遡り、要が森に到着した頃に戻る。
予想通り五分も掛からず森に到着した要達は束の間の空の旅を楽しんだ。
ドラゴンフライに待機の命令を下していると、森の中からマモンとベルフェゴールが現れた。恐らくベルゼブブが到着を予想して念話にて連絡をしていたんだろう。二人は要の前に跪くと待ちわびたと言わんばかりに羽をバサバサと揺らしたマモンが報告をした。
「要様お待たせして申し訳ありません!
そして此方まで来ていただき感激です!」
ベルフェゴールはうんうんと頷いているようだ。
「ぁあマモンお疲れさま。立っていいよベルフェゴールもね。おれも森の様子が気になったから折角だし皆んなできたよ。エルフ達には上手く接触できたかい?」
「はい!少しアクシデントがありましたがそのおかげもあり無事接触することが出来ました!エルフとドライアド達は集落に待たせております!」
元気いっぱいに報告するマモンにほっこりしながら、アクシデントという言葉が引っ掛かった。だが、無事に接触できたと言っていることだし。と深く聞くことはしなかった。
「そうかそれは良かった。じゃそこまで案内してもらおうか。」
「畏まりました!此方で御座います!」
マモンに連れられ要達はエルフ達の集落へと移動する。
森を歩いて10分程だろうか、舗装された道が現れ少し開けた場所に出た。
「要様ここで御座います!」
満面の笑みで手を引いてくれるマモンが微笑ましく要もつい笑顔になってしまう。しかし、広場の光景を見た要は絶句することになる。
要の眼前に広がるのは、百を超える魔物達の死体の山だった。エルフ達の家らしいものには血しぶきが付着しており、あたりには血独特の鉄の匂いが充満していた。そして死体に囲まれるように平伏す者たちが約二百。連絡にあったエルフとドライアドだろう。そんな光景に一瞬軽くトリップしてしまった要だったが、すぐさま冷静さを取り戻す。百を超える死体を見ても大した動揺はない。
(マモンの言ってたアクシデントってこれかぁ。エルフ達は怯えてるみたいだけどまぁ、無事みたいだし?)
チラリと横目でマモンを見るとやはり、キラキラとした目を要に向けていた。
(ダメだ、こんな部屋を散らかした後に上手にできたでしょ?みたいな犬の様な目で見られては、、おれには怒れない!とりあえず何があったか聞かねば!)
「なぁ、マモン、これは何があったんだい?」
「はい!要様からのご指示を頂いたときにオークの群勢が現れまして、エルフ達を襲いはじめましたのでベルフェゴールと相談し、エルフを保護することにいたしました!」
「な、なるほど。え、偉いぞ!マモン!ベルフェゴール!」
(おれがエルフに会いにいくって言ったからきっと守ってくれたんだろう。
エルフをオークから守る=オークの殲滅になったんだろうなぁ。)
マモンもベルフェゴールも心底嬉しそうな顔をして、二人でハイタッチをしていた。
要はベルゼブブに念話を飛ばす。
"ベルゼブブ、応答せよ。"
"はい。要様。"
"これ、どうしたらいいと思う?"
"状況から見ても、エルフ達を守ったようですし。マモンにしては頑張ったのではないかと。ただ、エルフ達が二人に怯えてるようですし、いきなり我らの王のお声を聞かせる訳にもいきません。私が交渉しても宜しいでしょうか?"
"そうだな。頼んだベルゼブブ。"
"畏まりました。"
ベルゼブブは一歩前にでるとよく通る声で話し始めた。
「エルフとドライアドの諸君。はじめまして。私の名はベルゼブブ、君たちをオークから救った二人の同僚である。二人が君たちを救って分かるように我々は危害を加える気はない。
そしてこちらにおわすのは我らが王である、安門 要様である。我らの王は対話を望まれている。この集落の代表者である者よ、要様との対話をする誉れをありがたく頂戴しなさい。要様を待たせるような愚行は控えるように。」
(ベルゼブブ、ハードル上げすぎだろぉ!!これは今のおれじゃ対応出来ないかもしれない、、久しぶりに"魔王モード"に頼るしかないかもなぁ。)
いい終えると集落の代表者なのか、美しいエルフの女が震えながら二歩ほど前に出て、跪き口を開いた。
「い、偉大なる悪魔の王 アモン様
我らの集落をお救いいただき誠にありがとうございます。私はこの集落の長を務めるハイエルフの"シルフ"と申します。」
(すごい美人じゃん!できることならこのまま話したいが、しかし、今おれの後ろにはレヴィアがいる!しかもマモンやアスモデウスも期待の目で見てくるし、これは覚悟を決めるしかないな。)
「変身・・・」
ボソリと呟くと、要が闇に包まれた。
そして現れたのは威風堂々の覇気を身に纏った異形の姿だった。
瞬間ー。森が騒ついた。翼を持つ者は逃げるように空に飛び立ち、足を持つものは脱兎の如く逃げ去り、穴を掘れるものは死の恐怖から隠れるように必死に穴を掘った。それは知性を持たぬ生き物としての生存本能によるものなのだろうか。当の本人である要はそんなことを知る由もないのだが、、では、知性を持つ亜人であるハイエルフとドライアド達はどうなるのかーあまりの恐怖による気絶であった。
かろうじて意識を保っているのは二種族の中でも力を持っているのであろう数人であった。そんなもの達を意に介さず要は話を始めた。
「多くのものが意識を失ってしまったようだ。危害を加えるつもりはなかったのだが、これが私の本来の姿なのでね。
長たる君の意識があってほっとしているよ。シルフ、といったかな?」
思いのほか優しげな声だったが、それが逆に恐ろしかった。
シルフは心底恐ろしかった。オークを殲滅した二人も恐ろしかったが、目の前の異形に比べれば子供の戯れのように思えた。
「は、はい、シルフでございます。」
震えながらシルフは答えた。
「そんなに怯えないで欲しい。
私は君たちと対話をしに来たのだ。ふむ
しかし、この状況では落ち着いて話すことは難しそうだな。後日、改めて使いのものを送る。その後私の城まで来てもらいたい。歓迎しよう。構わないかな?」
「か、畏まりました!御御足を運んで頂きましたのに申し訳ありません!
喜んでお邪魔させて頂きます!」
要は満足したように頷く。
「それは良かった。ではまた後日城で会うとしよう。それまで息災でな。
ベルゼブブよ、私は一足先に城は戻る後は任せたぞ?」
後ろでいつの間にか跪いていたベルゼブブにそう告げる。
「畏まりました。このベルゼブブしかと承りました。要様はご安心してお戻り下さいませ。」
「アスモデウスとリヴィアは私が共に連れ帰ろう。マモンとベルフェゴールはベルゼブブの補佐としてこの場に残れ。
各員理解したな?」
「「はっ!御意のままに!」」
五人の声が重なった。
「では、アスモデウスとリヴィアは私の元まで。また城でなベルゼブブ。」
「はっ!」
そう言い終えると要は二人と共に姿を消した。
要がその場から消えた後、ベルゼブブ、マモン、ベルフェゴールは偉大な力の余韻に浸っていた。普段の優しい要ももちろん皆慕っている。
しかし、創生されたある日の玉座の間以来、要があの姿になる事は無かった。
それは自分達が信頼されてる証とも取れる誇らしいことだが、自らの主人がその偉大なる力の一部を放っただけで森は騒めき、目の前の者共は平伏すことすら許されない。自分達に向けられたものではないと知りながらもベルゼブブも恐れを抱かずには居られなかった。だが、誇らしい。只々誇らしかった。あのお方が我々の主人だと、王だとこの世界の皆に伝えたい。
そんな感激とも恐怖とも取れる複雑な感情は異形の念となって要に向けられる。
「やはり要様は素晴らしいな。」
ぽつりと溢したベルゼブブのその言葉にマモンもベルフェゴールも無言で賛同する。
「さて、要様から仰せ使ったお仕事を果たさねば。」
ベルゼブブ達が城に戻ったのはそれから少し経った頃だった。
一足先に城に戻った要はリビングに居た。アスモデウスが淹れてくれたコーヒーを啜りながら、自分を労うようにタバコに火をつけていた。
「ふぅー。」もくもくと煙が部屋に立ち昇る。その様子を眺めていたアスモデウスは直立不動の姿勢で涙を流していた。
(やはり、要様は尊い!!最高の主だ!
あれほどまでの力を持ちながら、眼前で意識を失った無礼なエルフ共にも寛大な御心で許してさしあげた。そして私たちには常にお優しいお姿を見せてくださる!これ程までに偉大な王が他に居るだろか!否!居るわけがない!要様こそ至高!要様こそ至上!今のたばこを吸うお姿もなんと凛々しいことか、、)
そんな事を考えているとは知らない要は涙を流すアスモデウスを見て不安を募らせた。
(泣くほど怖かったのかなぁーー。
少し張り切り過ぎたかもな、、リヴィアも着いて早々寝てしまったし。もっとあの姿に慣れないとな、、。エルフなんて殆ど気絶してたしな、、)
リヴィアは城に帰って早々に要の膝上ですやすやと眠っていた。その顔は非常に満足そうだった。
「はぁーーー。」
(はっ!要様がため息を!?まさか私に不備が!?)
「アスモデウス、その、泣くほど怖かったか?」
突然の問いかけにアスモデウスは思わず声が上ずってしまった。
「は、はい!?その要様が怖いなどということはあり得ません!ただ、要様が余りに尊く、、これは感激の涙でございます!!」
そういい終えたアスモデウスは誇らしげだった。
「そ、そうなのか?尊いてのはよく分からないが怖く無いなら安心したよ。」
要は微笑んでそう言った。
(はぁぁぁあ!要様すき!)
アスモデウスの興奮が頂点に達そうとしたとき、リビングの扉をノックする音が聞こえた。
要の指示を受けアスモデウスが扉を開ける。
「要様、ベルゼブブ、マモン、ベルフェゴール只今戻りました。」
跪く三人に立つように伝えてから要が労いの言葉を掛ける。
「三人ともお疲れさま。その後問題は無かったか?」
「は!エルフ達には二日後の正午に迎えを出す旨を伝えて参りました。オーク共の死体は私共で処理して参りました。」
「そうかありがとう。今日はもう各自自由に休んでくれ。おれは暫くリビングにいる予定だから、皆も遠慮せずに居てくれても構わない。」
「それではお言葉に甘えまして、我らもご一緒させて頂きます。」
「そうか、なら人数分の飲み物と何か摘めるものを用意してくれ。ベルゼブブもアスモデウスも今日は座ってもらうぞ?」
「畏まりました。では茶会の準備をして参ります。」
そうして、悪魔勢揃いの和やかな午後が始まった。
ハイエルフとドアライド達はベルゼブブが去り暫くたった現在も身体の震えを止めることは出来なかった。気絶していた同胞達も大半が無事目を覚ましたが、同じ様に震えていた。皆が皆、要が姿を変えたあの瞬間、死を覚悟した。余りにもリアルな死の予感。
ハイエルフもドアライドも長くこの森で生きている。魔物と争うことなんて日常茶飯事だし、人間達とも何度か戦ったこともある。もちろん命の危険を感じたのも一度や二度では無い。森の狩人としての誇りを持っていた。しかし、
圧倒的な強者、力の前では今までの死闘などただのお遊びのように感じる。
誇りも何も要らない、ただ生き延びたいと思った。気づけば皆が示し合わせたように震える両手を合わせ跪いていた。
それは自身が信じる"何か"に祈るようでもあり、懺悔のようでもあり、死の宣告を受けた死刑囚のようでもあった。