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鬼 -逸話集-  作者: 江戸まさひろ
────の章
7/13

-記憶の奥底に-

 太浪は老婆が居るはずの部屋を目指して進んだ。

 暗闇の中をすり足で、慎重に、慎重に──。

 

 そしてその部屋に近付くと、蝋燭(ろうそく)の物らしき弱々しい光が、(ふすま)の隙間から漏れ出ているのが見えて来る。

 久しぶりに見る光に、太浪は一瞬安堵した。


 だが、照らし出された自らの足が、そしてその足が辿ってきた跡が、赤く汚れていることに気付き、体を硬直させる。

 

「ヒッ!? 血っ!?」

 

 先程太浪が踏みつけたのは、やはり何者かの死体だった。

 それが人か、はたまた動物の物なのかはまだ分からないが、普通に考えれば家の中に動物の死体が落ちているはずもない。

 彼にとって最悪の事態が起こっているのは、ほぼ確定的だった。

 

「婆ちゃん!? 婆ちゃんっ!?」

 

 動転した太浪は、まだ生存しているはずの老婆がいるであろう部屋へと飛び込んだ。

 最早今の彼に頼れる大人は、もう彼女しか残されていないのだ。

 

 しかし太浪は、再び体を硬直させる。

 薄暗い部屋の中央にポツンと正座する老婆の顔──それを確認した瞬間、彼は大きな違和感を覚えた。

 老婆の顔からは表情が抜け落ち、まるで人間らしさを感じさせなかったのだ。

 

「ば……婆ちゃん……?」

 

 言いしれぬ不安感に戸惑う太浪。

 しかし、老婆は(ほう)けた調子で、

 

「太浪かい? オラぁ思い出したことがあるんだぁ。

 遠い遠い昔のことだぁ」

 

 ──と、今のこの状況には似つかわしくない昔話を、語り始めようとしていた。

 

「ば、婆ちゃん! 

 今そんな話をしている場合じゃ──」


 太浪が今聞きたいのは、昔話などではない。

 この家で一体何が起こってしまったのかということと、家族の安否だ。

 

 だが、老婆の様子は明らかにおかしい。

 あるいは何か衝撃的な体験をして、正気を失ってしまったのではないか。

 それが事実ならば、もう話を聞くどころではない。

 しかし──、

 

「それはなぁ、鬼の話の続きだぁ……」


「え……!?」

 

 老婆の口から、この状況を生み出したと思われる存在の名が出た。

 獣が民家に侵入してまでして人を襲うことは、そうそうあるものではない。

 ならば太浪が霧の中で経験したことが、この事態に直結していると考えるのは、さほどおかしな話ではなかった。

 

 だから太浪は、老婆を問い質すことを一旦止めて、その話の続きを大人しく聞くことにする。


「お……鬼がどうしたの?」

 

 もしかしたらあの霧の中にいた鬼が、どういう訳かこの家まで辿り着き、家族を襲ったのではないか──太浪はそんな最悪の想像を確信に変えつつあった。

 ただ、そのことが老婆の昔話と直接関係があるのかどうか、それはまだ分からない。

 本来ならば、昔話はただの昔話に過ぎないからだ。


 それでも今は、老婆の話を聞くことでしか、この状況を動かす術はなかった。

 

「その昔、一匹の鬼がいたんだぁ。

 鬼はとても長生きで、だから酷く退屈していた……。

 

 そこである時鬼は、人間に目を付けた。

 鬼にとって人間は、殺して食うだけの獲物に過ぎなかったのだけどな、その人間を暇潰しに飼ってみよう……と、鬼は考えたのさぁ。

 

 でもなぁ……捕まえた人間は、餌に獣の生肉を与えても食わないし、ひたすら泣き暮らして最後には衰弱死するか、頭がおかしくなって暴れ回り、手が付けられなくなったから……と、鬼に殺されしまうか……。

 とにかくまともに飼うことなんて、できなかったんだぁ……」

 

 老婆の奇怪な話は続く。

 しかし太浪には、その話が今この状況と何の関係があるのか、全く分からなかった。

 それに老婆は、まるで自身が直接見聞きしてきたかの如く、まるで鬼の立場から語っているかのように見える。

 それは一体何故なのか──太浪の脳裏には様々な疑問が浮かんでは消えていくが、老婆の異様な雰囲気に呑まれて、声をかけることができなかった。

 

「やがて鬼は、人間は人間の世界の中でしか生きられないことを理解したんだぁ。

 だから鬼は別の視点から、人間を観察することを思い付いたのさぁ……」

 

 老婆の語る物語は、いよいよ佳境を迎えようとしている。

 それは太浪にとって、

 

「つまり、鬼自身が人間の生活の中に潜り込んでみる……ってなぁ」

 

 ──絶望的な、真実の物語であった。

バックアップ作業は想定よりも1時間はやく終わった。

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