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鬼 -逸話集-  作者: 江戸まさひろ
────の章
5/13

-遠い家路-

 太浪は走る。

 恐怖から、焦燥から、不安から、あらゆる感情から逃れるかのように、全てをかなぐり捨てて、一心不乱に走り続ける。

 ──走り続けた。




 どれくらい時が過ぎたのか、どこをどう走ったのか、無我夢中だった太浪には、最早それを知る術が無い。

 ただ、彼はいつの間にか立ち止まっていた。

 疲労でもう走れなくなっていたのだ。

 

 そんな太浪は、張り裂けそうなほどに早鐘を打つ心臓と、荒い呼吸、そして動転しきっていた心を、ゆっくりと時間をかけて落ち着けようと努めた。

 そして唐突に先程までの体験を思い出し、怖々(こわごわ)と周囲を見回す。


 しかし、幸いにも何かが追ってくる気配は無かった。

 また、あれだけ濃かった霧も、既に見当たらない。

 

「よ……よかった……」

 

 次に自身の身体を確認してみる。

 奇跡的に、致命的な怪我を負った様子は無い。

 

 無論、今の太浪は興奮状態にある。

 その所為で痛みを感じていないだけの可能性も高く、小さな傷は無数にあるだろう。

 山の中を走ってきたのだから、木の枝などに引っかけたり、転倒したりしていない筈がないのだ。


 ただ、現時点では動けなくなるほどの怪我は無い──それだけは確かだった。

 

「ここ……どこだろ……」

 

 しかしその一方で、見覚えのある風景も無い。

 それも当然だろう。

 太浪のような幼い子供が、このような夜の暗い森の中に放り出された経験など皆無だ。

 たとえ知っている風景の中にいたとしても、別物に見えていたはずだ。

 

 そしてなによりも道が無い。

 これではどちらへ進めば家に帰り着けるのか、それすらも分からなかった。

 ここは1ヵ所に留まって、誰かの助けを、朝を待った方が賢明である。

 夜の山の中を歩き回るのは、走り回るよりはマシだとはいえ、やはり危険であることには変わりないのだから。

 

 それでも太浪は、家を求めて彷徨(さまよ)い歩くことを選んだ。

 鬼という化け物が徘徊しているかもしれないこんな山の中で──夜の暗闇の中で、一人孤独に過ごすなんてことは、太浪にはとても耐えられそうになかった。

 再びあの霧の中に迷い込む前に、なんとしても人里に辿り着かなければならない──そんな想いで、頭が一杯だったのだ。

 

 だから太浪はあてもなく歩き出した。

 暗闇の中に危険が無いか、再び何かが追ってこないか、それを慎重に確かめながらゆっくりと、だか着実に森の中を進む。

 

 その間、太浪の心の中を占めた最も大きな物は、やはり鬼のことであった。

 鬼に対する恐怖は勿論だが、老婆の話が事実だったのかもしれないという衝撃も大きい。

 今すぐに詫びたいと思うほどではないが、今まで老婆の話を軽んじていたことに対する罪悪感も多少はある。

 

 それに両親達はどうしているのだろうか──そんな太浪の不安も当然であった。

 今頃はいつまでも帰らぬ太浪のことを心配して、村人に協力を呼び掛けて捜索をしているかもしれない。


 そんな大事になってしまっていたら、彼はどんな顔をして人前に出ればいいのか分からなかった。

 しかしそれでも、今は一刻も早く家に辿り着き、そして安心したい。

 その為にも太浪は、一心不乱に家を目指すのであった。


 方角も定かではない暗闇の中を、ただひたすらに──。

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