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鬼 -逸話集-  作者: 江戸まさひろ
────の章
3/13

-薄暮の霧-

「あっ、来た!」

 

「遅いよ~!」

 

 村外れの野原に集まっていた子供達は、遅れて来た太浪に対し、軽く非難の声を上げた。

 彼の所為で遊ぶ時間を削られたからだ。

 しかし、

 

「悪い、婆ちゃんにつかまってさ」

 

 その答えに皆は、「ああ……」と、何かを察してそれ以上の追求をやめた。

 太浪の家の特殊な事情は、子供達の間でも共通の認識となっている。

 

 そんな太浪の家は農家であった。

 いや、この村のほとんどの家が農業を営んでいる。

 本来ならば、家業の手伝いに忙殺されしまい、子供達が遊んでいられるような暇は無い。

 

 農業は子供達にとっても、大変な仕事であった。

 しかし、安易に投げ出す訳にはいかない、重要な役割でもある。

 無論時代が進めば、子供へ労働を強いることは虐待だとする考え方も台頭しては来るが、それは裕福な社会で生きる恵まれた人々だからこその、傲慢な考え方だとも言える。


 家が、村が、ひいては国が──その所属する社会そのものが貧しい場合、労働は生きていく上で必要不可欠な手段であった。

 それをやめてしまえばすぐに飢えてしまい、身体(からだ)を売るか、他者から奪うなどしなければ、生きてはいけなくなるのだ。

 

 だから子供を労働から開放したいのならば、まずは彼らが所属する社会そのものを豊かにするように支援していかなければ、根本的な解決にはならない。

 だが、そんな一国を運営するに等しい労力と資金を、誰が好き好んで提供しようと思うだろうか。


 そんな者は、皆無ではないが圧倒的に足りていない。

 個人個人の支援だけでは焼け石に水なのだ。

 それが故に、この世から貧困は消えないのである。

 

 いずれにせよ、子供達も家計を支える柱の1つであり、彼らにもその責任と義務がある。

 彼らも立派な社会の一員であるということだ。

 ただ、今は殆どの作物の収穫を終え、薪割りや保存食の仕込み等の冬支度もある程度済んでいる時期でもあった。


 本格的に雪が降り始めれば、今度は除雪や冬期間の生活の糧となる工芸品制作などの内職の作業を手伝わなければならなかったが、今は一時の休息の時間だと言える。

 

 そこで子供達は、日頃の鬱憤をここぞとばかりに吹き飛ばそうと集まった。

 数は太浪も含めて7人。

 これはこの村において、太浪と同年代の子供のほぼ全員である。


 もう少し年長の者となると、都会へ丁稚奉公に出る者も多いので、この村ではあまり姿が見られなかった。

 だからこの集団の中では、太浪が最年長の者として、ガキ大将的な立場になっている。

 

 子供達は野山を駆け回り、時として独楽などの道具を用いるなどして大いに遊んだ。

 ただし、「鬼ごっこ」などの「鬼」と名の付く遊びは、太浪が不機嫌になるので、それらは禁止だというのが、子供達の間で暗黙の了解になっている。

 それでも大自然という広い遊び場の中では、遊びの手段は無限にあるが。

 

 だが、時には限りがあり、落日を迎える頃になると、誰からともなく家路につくこととなる。

 迷信や昔話が信じられていた時代、夜の闇は子供達にとって恐怖の対象でしかないからだ。

 そんな未知に満ち溢れた暗闇に畏れをなし、足早に去る子供達の後ろ姿を、太浪は最後まで残って見送った。

 

 家にあの老婆がいると思うと、なんとなく家の方に足が向かないのだ。

 それに老婆の話を否定している手前、太浪には夜の闇や鬼が怖いという態度を人前で出すことはできない。


 だから太浪は、薄闇(うすやみ)が迫りつつある中でも最後まで残り、平然を装うことによって、小さな虚栄心を満たすのである。

 

 だが、いつまでも帰らない……という訳にはいかない。

 あまりにも帰宅が遅くなれば、両親からこっぴどく叱られることになりかねないし、そもそも太浪の家は比較的山の中にある為、暗い夜道になってしまえば道に迷いかねない。

 

 そうなってしまう前に、太浪は渋々と家路につく。

 しかし、その時には既に手遅れとなっていた。

 

「あれ……?」

 

 太浪は歩みを止める。

 その行く手を霧が阻んでいたからだ。

 あの老婆の話にあったように、薄闇の中でもなお白く、底無しに深い霧であった。

 

「嘘……」

 

 困惑する太浪は、程無くして深い霧の海の中に沈んだ。

昨日、本作がホラージャンルの日刊ランキングで、37位に入っていたようです。マジか!?……マジか。

競合相手が少ないジャンルとはいえ、こういう事もあるんだなぁ……。しかし、今日はまたランク外になってしまったようなので、またランクインできるように頑張ります。

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