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鬼 -逸話集-  作者: 江戸まさひろ
────の章
2/13

-婆ちゃんの言い付け-

 老婆は語る。

 (よわい)90を超えようかというほどの高齢でありながら、その声はしっかりとしていた。

 ただその内容は、耄碌(もうろく)したと思われても仕方がないほど、信じがたい物であった。

 

「鬼を前にして、オラは頭が真っ白になってしまってなぁ。

 もう逃げるとかそんなことさえ思いつかないほど魂消(たまげ)てしまったんじゃ。

 

 今となってはもう、『怖い』という気持ちがあったのかさえよく憶えておらん。

 ただ鬼の前で立ち尽くしていることしかできなかった……」

 

「で、いつの間にか鬼は何処かへ消えていたんだよね?」

 

 老婆の話を遮ったのは、まだ小さな男の子だった。

 数えで十になるその子の名は、太浪(たろう)という。

 

 そんな太浪の態度からは、何処か老婆を侮蔑(ぶべつ)するかの如き空気が(にじ)み出ていた。

 それもその筈、老婆が語るこの鬼の話は、彼が物心ついた頃から何度も何度も、しつこく言い聞かされ続けた物だからだ。


 こう何度も聞かされると、さすがに飽き飽きして嫌気が差してくる。

 そもそも鬼に出くわしたなんて話は、昔話ならまだしも、自身の体験談として語られると、逆に信憑性が薄くなる。


 実際太浪は、このような鬼の話を他の大人達から聞いたことが無い。

 つまり、他の誰も経験したことが無いということだ。

 それなのにこの老婆だけが経験しているというのは、なんだか信じにくかったのだ。

 

 いや、これは太浪がそう感じたというだけではなく、他の大人達の態度が伝染したというのが、正しいのかもしれない。

 大人達だって、誰も老婆の話なんか相手にしていないのだ。

 誰もが信じない──そんな状況だから、老婆もムキになって何度も話すのだろうか。

 

 いずれにしても、太浪はこの老婆が苦手であった。

 太浪にとっては祖母の従姉妹にあたるらしいが、身寄りの無かった彼女は、現在彼の家で世話になっている。

 昔から鬼の話をしていた所為で周囲から変人扱いされていた彼女は、嫁の貰い手も無いまま現在に至っており、村人の間でも腫れ物に触るかのような扱いとなっていた。

 

 だから太浪にとっての老婆は、家族ではあるが、何処か他人のような存在でもあった。

 しかし、老婆はそんな太浪の態度に気付かないのか、それとももう慣れっこなのかは定かではないが、動じた様子もなく話を続けた。

 

「そうじゃ、鬼はいつの間にか消えておった。

 そこでようやく、物凄い恐怖感が湧いてきて、まだ晴れきっていない霧の中を死にものぐるいで逃げた。

 もう、何処をどう走ったのかも分からんが、崖から落ちるでもなく無事に家へと辿り着いたのは、奇跡みたいなものじゃなぁ……」

 

 と、老婆は両の掌を摺り合わせて、念仏を唱えるかのような仕草をした。

 太浪はそれを冷ややかな眼差しで見ていた。

 元々本当かどうか分からない話なのに、奇跡を信じ、神仏に感謝する老婆の姿は胡散臭く感じるのだ。

 

「だから夜には出歩くな……って言うんでしょ? 

 分かっているって」

 

 太浪は老婆の言葉をなおざりに聞き流して立ち上がり、部屋から出る為にふすまへと手をかけた。

 

「じゃあ、遊びに行ってくるよ、婆ちゃん」

 

「……気ぃ付けてなぁ」

 

 太浪がいなくなり、その場に取り残された老婆は、酷く寂しげな表情で大きく嘆息した。

 

「もう寿命も残り少ないというに……案外つまらない人生だったねぇ……」

 

 老婆の人生は、鬼と出会ったその日に狂い、狂ったまま終わろうとしていた。

 それが彼女には不満でならなかった。

 

 不満で不満で不満で……。

 いっそ最初からやり直せない物かと、老婆は強く想うのだった。

既に完結済みの、『神殺しの聖者』もよろしくお願いします。

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