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鬼 -逸話集-  作者: 江戸まさひろ
悪夢の章
11/13

-悪 夢-

 新エピソードです。短いですが、どうぞ。

 その男は、必死に逃げていた。

 必死に逃げていたはずだが、彼の足取りは重い。

 全力を出しているつもりなのに、まるで水の中に全身が浸かっているかのようで、走るどころか、歩く程度にしかスピードが出てくれない。


 それは身に覚えのある感覚だった。

 過去にも幾度となく、経験してきた感覚だ。


(そうだ……。

 これは夢だ……!)


 男はその事実に思い当たったが、だからといって、逃げることをやめる訳にはいかなかった。

 たとえこれが夢であったとしても、彼が感じている恐怖は本物であり、それだけ彼を追ってくる存在の姿は恐ろしかったのだ。


 男の背後から迫るのは、身の丈が3mはあろうかというほどの巨人であった。

 その筋肉質の巨体だけでも凄まじい威圧感を発していたが、それ以上に恐ろしいのは、異形の姿である。


 まるで皮をはいで肉が剥き出しになっているかのように赤い皮膚は、それだけでも生理的嫌悪感を催した。

 その上、口に並ぶ牙と、額に生えた大きな角が確認できる。

 明らかに人間ではない存在──鬼。

 しかもそんな鬼の相貌は、般若(はんにゃ)の面を思わせるほど怒りに歪んでいるように見えた。


 故に男は、自身に対する明確な害意を感じずにはいられなかったのだ。

 

 だから男は必死に逃げ続ける。

 仮に夢だとしても──本当に死ぬようなことがなかったとしても、全身を爪や牙で引き裂かれるような死に様など、経験しない方がいいに決まっている。

 恐ろしいものは、どうしても恐ろしいのだ。


 だが無慈悲にも、鬼は男ほど緩慢な動きではなかった。

 鬼はあっさりと男の前に回り込んで、立ち塞がる。


「あ……あ……!」


 男はそこで逃走を諦めた。

 そもそも、恐怖で身体が動かなかった。

 ただ、一刻も早く、この悪夢から覚めることを祈るばかりだ。


 ところが、そう都合よく目は覚めてくれない。

 だからこれが、夢ではなく現実なのではないかという疑念が、どうしても捨てきれない。

 それが更なる恐怖を呼び込む。


 自分は本当にこの鬼によって、食い殺されてしまうのではないか、と──。


 しかし、鬼は男に襲いかかる素振りを見せなかった。

 少なくとも今はまだ──。

 そして、意外な選択を男へと突きつける。


『貴様の子を差し出せ……』


「……は?」


 鬼は酷く濁って聞き取りにくい発声だったが、確かに人間の言葉を発した。

 男は思わぬ鬼の提案に、つい呆然としてしまう。

 そこで再び鬼は問いかける。


『貴様の子を差し出せ……と、言っている。

 さすれば我は、ここより立ち去ろう』


 鬼は取り引きを持ちかけてきた。

 いや、男が抵抗できないこの状況下では、対等な取り引きなどありえない。

 これは命令にも等しい。

 それだけに、男は鬼の要求に応えるしか道は無いのかもしれない。

 

「な……俺の子を?」


 男は混乱した。

 彼にはまだ、子供がいなかったからだ。

 そもそも結婚すらしていない。


 しかし、存在もしない子供と引き換えにして命が助かるのならば、それは安すぎる代償だと言える。

 だが──、


(将来、俺に子が生まれたら……ということなのか?)


 昔話でそのような話があった──と、男は思い出す。

 それは絵本だったか、テレビアニメだったか……。

 ともかくそのような昔話の中では、取引をした親は大抵の場合それを後悔して、子の引き渡しを拒む……という展開になっていたように思う。


 そしてその昔話の結末には、色々なバリエーションがあったはずだが、悲しい結末になることも少なくなかった。

 それに、これは男だけの問題ではなくなる。

 彼にはまだ妻はいないが、将来の妻を悲しませることにもなるだろう。


 だから男は逡巡した。

 この状況で将来のことを考えることができた男は、聡明だと言えるのかもしれない。

 あるいは、未だに夢であると、心の何処かで高を括っていたのか。

 しかし、鬼はいつまでも待ってくれない。


『さあ……どうする?』


 鬼はいよいよ男を喰い殺さんとばかりに、圧力を強めてくる。

 だが、これは夢だ。

 夢ならば、実際に命を奪われることは無いのだから、鬼の言葉に従う必要は無い。


 しかし同時に、夢ならば子を差し出したとしても、何も問題は無いはずだ。

 この鬼の恐怖から逃れられるのならば、楽な選択を選んでも構わないのではないか。


「お……俺は……俺は……」


 だが、上手く答えが出ない。

 恐怖による気の動転もあるのだろう。

 あるいは、人間として捨ててはいけない何かが、彼の内でせめぎ合っているのかもしれない。

 

 いずれにしても、男は答えを出せないまま、ただただ時間が過ぎていく。

 そんな彼の耳には、早鐘を打つような心臓の音と、荒くなった呼吸音が、反響するかのように大きく鳴り響いていた。

 それが彼の選択を急かしているかのようで、男は更に追い詰められていった。


「俺は……子供を……っ!」

 毎日更新して3日で終わる予定です。

 また、『斬竜剣』の第2章もすぐに始める予定なので、そちらもよろしくお願いします。

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