-昔語り-
このエピソードは毎日投稿して、10話ほどで完結する予定です。
ちなみに章タイトルは、この時点ではネタバレになるので、最終話で明らかにします。
あれはまだ、穢戸の幕府が健在だった頃──禿川の世が終わるなんて想像もできなかった時代……。
その頃のオラは、まだ怖い物知らずの若い娘っこだったなぁ。
そんなオラはある日、隣村へ行っておったんじゃ。
もう何十年も昔の話だから、何の用事だったのかは忘れてしまったが、たまたま帰りが遅くなってしまってなぁ。
その所為でもう暗くなってしまった山道を通って、家路を急いでおった……。
今にして思えば、隣村に泊まって朝を待てばよかったんじゃろうが、さっきも言った通り、オラは怖い物知らずじゃったし、この辺は熊や山賊が出るという話もあんまり聞かんかったしのう……。
なによりも何度も通った道じゃ。
夜道でも迷わぬ自信はあった。
実際、何度も夜に通ったこともあったし、迷うはずはないと高を括っておったんじゃ。
じゃが、その晩に限って濃い霧が出てしまい、前も後ろも見えなくなってしまった。
それはもう、伸ばした手の指先が見えぬほどで、オラは一歩も進めなくなってしまったんじゃ。
ほとほと困った。
さすがにオラも野宿は嫌じゃったし……。
いや、あの濃い霧では、寝床を探すこともできん。
ほんに、ほとほと困っておった。
オラが立ち尽くしたまま半時が過ぎた頃じゃったか、気が付くとオラ以外の息の音が聞こえた。
それは尋常な人の息ではなく、荒々しく獣のようなものじゃった。
いや、息だけではなく、酷く獣臭いのも伝わってくる。
それが熊か、猪かは霧の所為で全く分からなかったが、オラのすぐ側に何かがいることだけは間違いなかった。
これには絶望するしかなかっなぁ……。
ただの娘には、人を襲う気になった獣から逃れる力は無い。
相手が気まぐれで見逃してくれるのを、期待するしかなかった。
ところがじゃ、相手はオラを襲う訳でも、見逃す訳でもなく、ずーっと側におった。
ずーっと、ずーっと、もうどのくらい時間が経ったのかも分からん。
じゃが、死が目前に迫っていたオラには、10年も年を取った気分じゃったよ。
しかし、それは永遠には続かなかった。
何故かって? 霧が晴れてきたからさぁ。
そこでオラはようやく気付いたんじゃ。
薄くなった霧の向こうに──オラの真っ正面のすぐ手が届く場所に、何か巨大な物が蹲っていることに。
オラにはそれが壁に見えた。
いや、すぐにそれが、あの息と獣臭さの出所だとに気が付いた。
あやつがオラに、息を吹きかけてきたのでな。
まるでオラを値踏みするかのように覗き込んで来たのは、大きな生き物じゃった。
しかし熊でも猪でもない。
それどころか、あんな大きな生き物の話なんて聞いたことが無い。
しかも、あやつは人のような姿をしておった。
ただし、耳まで裂けた口には牙が並び、おでこからは角が生えている。
それはまさに……まさに昔話に出てくる、鬼の姿そのものじゃった……。
方言っぽい物もありますが、特に地域は限定していないので、あくまで老人言葉の一環ということでお願いします。
というか、作品の自由度を上げる為に、日本とよく似た歴史をたどったパラレルワールドという設定を採用しています。冒頭の「穢戸の幕府」とかいうのはそういう事です。これは別のエピソードでも共通した物となる予定です。




